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真下 知士、竹田 潤二≪附属動物実験施設、微生物病研究所≫  新しいゲノム編集ツールCRISPR-Cas3を開発~ヒトiPS細胞においてDMD遺伝子の修復に成功~

2019年12月06日
掲載誌 Nature Communucations

図1:CRISPR-Cas3の模式図(左)とEMX1領域に導入された欠失パターン(右)
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研究成果のポイント

  • 真核細胞で利用できる新しいゲノム編集ツールCRISPR-Cas3を開発し、実際にヒトiPS細胞の遺伝子修復に利用できることを確認。
  • CRISPR-Cas3は、世界中で利用されているCRISPR-Cas9とは異なり大きくゲノムを削る特徴を持ち、さらに認識標的配列が長いためオフターゲットへの影響も極めて低いことを明らかにした。
  • 従来よりも安全性の高い新しい日本発ゲノム編集基盤ツールとして、新たな創薬や遺伝子治療などへの利用、農水産物への利用など、さまざまな分野への応用が期待される。

概要

大阪大学医学部附属動物実験施設/東京大学医科学研究所の真下知士教授、大阪大学微生物病研究所の竹田潤二招へい教授、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の堀田秋津講師らの研究チームは、新たに大腸菌由来Type I-E CRISPRシステム(CRISPR-Cas3)を開発し、ヒト細胞でゲノム編集ツールとして利用できることを見い出しました。

CRISPR-Cas9を代表とするゲノム編集ツールは、さまざまなライフサイエンス分野に応用されています。一方でこれまでのゲノム編集技術は、狙っていない場所に変異が入るオフターゲット変異といった安全性への懸念や、知的財産の問題があり、新しいゲノム編集ツールの開発が求められていました。今回開発したCRISPR-Cas3は、狙ったゲノム配列の上流側を大きく削る性質を持ち、オフターゲットへの影響も極めて低いことを明らかにしました。さらに、CRISPR-Cas3を使ってデュシャンヌ型筋ジストロフィー(Duchunne muscular dystryphy: DMD(注1)遺伝子に変異を持つヒトiPS細胞の遺伝子修復にも成功しました。今回開発した日本発の新しいゲノム編集ツールCRISPR-Cas3システムは、従来よりも安全性が高く新たな創薬や遺伝子治療などへの利用、農水産物への利用などさまざまな分野で応用されることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communucations」に12月6日(金)19時に公開されました。

研究の背景

ゲノム情報を操作することができるゲノム編集技術は、遺伝子の機能を理解するだけでなく、農水産業における品種改良や、遺伝子治療、再生医療での新規治療法開発など、幅広い分野における活用が期待されています。代表的なゲノム編集ツールであるCRISPR-Cas9は簡単で効率的にゲノムを操作することができるため、世界中でさまざまな生物や細胞に用いられています。ゲノム編集技術はさまざまな分野に応用されている一方で、標的配列以外のゲノム領域を誤って編集してしまうオフターゲット変異のリスクや、狙うことのできる標的配列の制限といった技術的問題があります。加えて、アメリカ主導で開発されたことによる知的財産の課題があり、日本における医療応用や産業用への利用が制限される懸念があります。こうした状況から、従来のゲノム編集技術とは異なる特徴を持った新しいゲノム編集ツール、特に国産の新規ゲノム編集ツールの開発が強く求められていました。

本研究の成果

本来、CRISPR-Casシステムは細菌、古細菌に存在する獲得性免疫システムと考えられており、細菌に感染するウイルス等のゲノムを切断することで、自らを守っています。CRISPR-Casシステムは、複数タンパク質の複合体でDNAを切断するClass 1と、一つのタンパク質で切断するClass 2に分かれていますが、これまで開発されてきたCRISPR-Cas9Cpf1Cas13などはClass 2に分類されます。一方、Class 1の真核細胞でのゲノム編集技術はこれまで報告されていませんでした。そこで本研究チームは、Class 1に属するType I CRISPRに着目し、ヒト細胞でゲノム編集に利用できないか検討した結果、大腸菌由来のType I-E CRISPR-Cas3がヒト細胞内で変異を導入できることを見出しました。

CRISPR-Cas3によって導入される切断パターンをキャプチャーシーケンスで解析したところ、標的配列の上流側に数百から数万塩基にわたって広範囲に配列が失われる欠失変異が導入されていることがわかりました。この性質はCas9の標的部位に短い変異を導入する性質と大きく異なります。Type I-E CRISPR-Cas3は、27塩基を標的として認識するcrRNA5つの因子から成るCascade複合体がゲノム上の標的配列を認識して、その後Cas3DNA切断を誘導します。このCas3はヘリカーゼ(注2)ドメインを持つことから、二本鎖DNA構造をほどきながら標的配列の上流側で広範囲にわたってDNA切断を起こしたと考えられます。

CRISPR-Cas3のオフターゲットへの影響について、全ゲノムシーケンス解析、また100カ所以上の類似領域のシーケンスを調べたところ、Cas9ではわずかにオフターゲット変異が確認された一方、Cas3ではオフターゲット変異は確認されませんでした。すなわち、CRISPR-Cas3はオフターゲットへの影響がCas9と比較して少なく正確性が高いことが示唆されました。

さらに、CRISPR-Cas3の遺伝子疾患に対する治療応用として、デュシャンヌ型筋ジストロフィー患者由来iPS細胞に利用した結果、エクソンスキッピング(注3)によりDMDタンパク質の発現が改善することを確認できました。

 

図2:CRISPR-Cas3によるDMD患者由来iPS細胞でのエクソンスキッピング治療 
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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

CRISPR-Cas3はゲノムを大きく削ることから遺伝子や外来ウイルスなどを完全に破壊する、もしくは大規模領域をノックイン(注4)することに適していると考えられます。また標的を認識する配列が、Cas920塩基に対してCas327塩基と多く、オフターゲットへの影響の少ない安全なゲノム編集基盤ツールと考えられます。このようにCas9とは全く違った特徴を持つ日本発のゲノム編集ツールを今後さらに改良することで、医療や食品産業など多くの分野で応用できることが期待されます。

用語説明

※(注1)デュシャンヌ型筋ジストロフィー
筋ジストロフィーとは骨格筋の壊死・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称であり、デュシャンヌ型筋ジストロフィーは、ジストロフィンと呼ばれるタンパク質が全くもしくはほとんどないために起こる。ジストロフィンは筋細胞が壊れにくくする役割を持つタンパク質で、ジストロフィンが少ないと筋細胞が壊れ、炎症、線維化が起こり、筋力の低下による運動障害、呼吸筋障害、心筋障害などが引き起こされる。ほとんどの患者さんは20歳前後で死亡する。

ジストロフィン遺伝子はX染色体に存在し、220万塩基の巨大遺伝子で、79のエクソンを持つ。

※(注2)ヘリカーゼ
DNAなどの核酸をほどく酵素の総称。DNAに結合して、ATPGTPなどを加水分解して得られるエネルギーを利用して、決まった方向へ核酸をほどいていく。 

※(注3)エクソンスキッピング
遺伝子の中でタンパク質合成の情報を担う部分をエクソンと呼び、直接タンパク質をコードしていない領域をイントロンと呼ぶ。例えばデュシャンヌ型筋ジストロフィーの患者では、いくつかのエクソンがなくなっていたり、重複していたり、塩基が変異していたりしており、正常なジストロフィンタンパクが作れなくなっている。異常のあるエクソンを読み飛ばしてやる(スキップする)ことで、機能的なジストロフィンタンパクを作らせることで治療する方法。

※(注4)ノックイン
狙ったDNA配列の場所に、特定の配列を導入したり置き換える技術。外来遺伝子の導入や、標的遺伝子の標識化、病気に関連した配列への変換など、様々な目的に利用されており、新しい疾患モデルの作成や遺伝子治療に向けて必要不可欠な技術である。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に126日(金)19時に掲載されました。

【タイトル】 CRISPR-Cas3 induces broad and unidirectional genome editing in human cells DOI : NCOMMS-19-1124908-T
【著者】Hiroyuki Morisaka#, Kazuto Yoshimi#, Yuya Okuzaki#, Peter Gee, Yayoi Kunihiro, Ekasit Sonpho, Huaigeng Xu, Noriko Sasakawa, Yuki Naito, Shinichiro Nakada, Takashi Yamamoto, Shigetoshi Sano, Akitsu Hotta*, Junji Takeda* and Tomoji Mashimo*(#同等貢献、* 責任著者)

DOI:10.1038/s41467-019-13226-x

【所属】
森坂 広行(高知大学医学部附属病院皮膚科 医員)
吉見 一人(東京大学医科学研究所 先進動物ゲノム研究分野 講師)
奥嵜 雄也(京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 臨床応用研究部門 研究員)
堀田 秋津(京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 臨床応用研究部門 講師)
竹田 潤二(大阪大学微生物病研究所 招へい教授)
真下 知士(東京大学医科学研究所 先進動物ゲノム研究分野 教授/大阪大学医学部附属動物実験施設 准教授)

 

本件に関して、吹田キャンパスにて記者発表を行いました。

【報道について】
12月7日毎日新聞(朝刊27面)、産経新聞(夕刊6面)、朝日新聞(朝刊4面)、NHK総合・大阪、読売テレビ にて、報道されました。