消化器外科学Ⅱ
- 消化器がん集学的治療におけるグレリンによる包括的支持療法の開発
- 進行食道がんに対する集学的治療による新規戦略の開発
- がん特異抗原NY-ESO-1を用いた、がんワクチン療法の開発
- 内視鏡外科治療を用いた低侵襲治療の開発
- 術中蛍光ナビゲーション診断を用いた、より良い手術の開発(ICG、5-ALA)

安全で多彩な効能効果を有する、消化管に対する革新的医薬品「グレリンペプチド製剤」の研究展開
成長ホルモン分泌刺激作用を有する,28個のアミノ酸から構成されるペプチドホルモン(図1)が、1999年にラットの『胃』から単離されました。“グレリンGhrelin”と名付けられたこのホルモンは、脊椎動物一般に存在し、進化の過程で失われることなくアミノ酸配列が保存され続けてきた重要な消化管ホルモンです。成長ホルモンを分泌させるだけではなく、食欲を上昇させる作用、体重増加作用(同化作用)、胃酸分泌・胃排出能亢進作用、心拍出量増加作用、腎保護作用、抗炎症作用など多様な生理活性を有しています。
図1 グレリンペプチド(左)および胃粘膜におけるグレリン細胞(免疫染色画像)(右)
ヒトでは、体内グレリンのおよそ90%が胃から分泌されているため、胃がんに対する胃全摘術を受けた患者さんでは、グレリン濃度は術後約10%程度まで低下し、回復しません。胃が無くなると、物理的に食べる量が減少するだけではなく、グレリンが欠乏することによって食欲も体重も減少するわけです。そこで、われわれは世界で初めて、胃がん胃全摘術後の患者さんに対して、合成グレリン製剤を投与する臨床試験を行い、その有用性を検討しました。その結果、グレリンを投与された患者さんは有意に食事摂取量、体重、食欲が上昇しておりました[1]。さらに、われわれは、1.食道がん術後の食欲・体重減少、2.抗がん剤による食欲低下・嘔気・腎機能低下の副作用、3.侵襲度が大きい食道がん手術による全身性炎症反応、高サイトカイン血症、などに対して、合成グレリン製剤投与のランダム化比較試験を行い、いずれの試験においてもグレリン生理作用による有用性を証明し、世界に先駆けて報告しております [2-5]。食道がん手術を受けられる患者さんにグレリン製剤を投与することで、炎症反応が抑制されただけでなく、重症炎症に伴う肺合併症(肺炎・無気肺)も抑制されました(図2)。この結果を受け、グレリン製剤の薬事承認を目指して、治験薬グレリン(OSK-0028)を製造し、平成29年より食道がん周術期の炎症反応・肺合併症抑制を効能効果と設定した医師主導治験を開始しております。
図2 グレリン投与による食道がん術後炎症反応の抑制(左)
および食道がん術後における胸部レントゲン画像(肺合併症あり・なし)(右)
グレリンはもともと生体内ホルモンであることから、その投与による副作用はほとんどみられません。多様な効能効果を有し副作用を認めないグレリン製剤は、様々な疾患・領域で応用可能な有望な薬剤であり、われわれが行う医師主導治験をきっかけに、早く患者さんのもとへ本薬剤が届けられることが期待されます。
【文献】
1. Adachi et al. Gastroenterology 138 (4), 1312-1320, 2010.
2. Yamamoto et al. Surgery 148 (1), 31-38, 2010.
3. Hiura et al. Cancer 118(19):4785-94, 2012.
4. Yanagimoto et al. Br J Cancer 114(12):1318-25, 2016.
5. Takata et al. Ann Surg 262(2):230-6, 2015.