情報統合医学

医学統計学

統計学・数理科学的方法を通じての医学研究への貢献
  • 観察研究における交絡因子調整のための多重頑健推測法
  • バイオマーカー評価のためのメタアナリシス手法
  • 生存時間解析
教授 服部 聡
情報統合医学講座 医学統計学
医学研究においては、被験者の個体差に伴う不確実性を定量化し評価することが不可欠であり、統計的方法が重要な役割を果たしています。本研究室では、医学研究に有用な統計的・数理的方法の開発とその適用を通じて、医学研究へ貢献することを目指しています。

独自の視点からの、観察研究および既存データ有効活用のための統計的方法論研究の展開

バイオマーカーと生存期間などの予後の関連を調べる予後因子研究は、治療標的集団あるいは分子の同定に重要な役割を果たします。少数の施設で小規模に行われる傾向にあり、メタアナリシスが有効であることが期待されますが、カットオフ値が研究でまちまちであることが通常で、メタアナリシスを適用する際の障害となります。Bacattini et al. (2007, Circulation)による急性肺塞栓症例の短期死亡(二値)とトロポニンI、Tの関連のメタアナリシスでは、トロポニンI、Tの低発現に対する高発現の併合オッズ比は、それぞれ4.01 (95%信頼区間:2.23-7.23)、7.95 (3.79-16.65)と報告されましたが、解析の意味するところは明確でありません。カットオフ値に依存しない解析としてROC曲線を推定したところ、ROC曲線下面積(AUC)の差が0.14と推定され(Hattori and Zhou 2016a, Statist Med)、トロポニンTが有意に短期死亡の判別に優れることが示唆されました(図1)。メタアナリシスにおいては、公表バイアスの影響が問題となりますが、ROC解析に対して公表バイアスの大きさを評価する方法は皆無でした。Hattori and Zhou (2017, Statist Med)では、そのための最初の方法を提案しました。図2は、未公表研究の数が増加するにつれて、AUCの差の推定値0.14がどの程度減弱するかを示したもので、両トロポニン間の差を結論づけるには不十分であることが示唆されました。関連する研究として、評価項目が生存時間の場合にメタアナリシスに基づいてROC曲線を推定する方法の研究などを行っています(Hattori and Zhou 2016b, Statist Med:Sadashima et al. 2016, Res Syn Med)。バイオマーカー研究のメタアナリシスの方法論の研究は始まったばかりで、我々の研究は世界的に見ても類似の研究のない個性的なものとなっています。

図1 急性肺塞栓症例の短期死亡に対するトロポニンT,Iの要約ROC曲線:◯は各研究で報告された真陽性率(True Positive Rate)と偽陽性率(False Positive Rate)を表す。

図2 未公表研究の数の増加に伴うAUCの変化:実線は推定値、点線は95%信頼区間を表す。

上述の問題は選択バイアスの一例となっています。観察研究においては交絡が選択バイアスを生じえます。傾向スコアによる交絡因子の影響の調整を、多重頑健推定と呼ばれる新しいパラダイムのもとで行う方法論の研究や(Hattori and Henmi 2014, Biometrics:Nomura and Hattori 2017, Commu Statist Sim & Comp)、癌登録データベース解析における同様の問題に対する方法論の開発も行っています(Komukai and Hattori 2017, Biometrics)。