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村松 里衣子、山下 俊英≪分子神経科学≫ 傷ついた神経回路を修復させる仕組みを解明 ~指定難病、多発性硬化症の治療標的分子を同定~

図1 傷ついた脳脊髄の神経回路は、膵臓が分泌する FGF21によって修復される 。 クリックで拡大表示します

2017年8月18日発表
掲載誌 「The Journal of Clinical Investigation」

研究成果のポイント

  • 膵臓から分泌されるホルモン様物質FGF21が、脳や脊髄の神経回路を修復させることを発見。
  • 脳脊髄の外部にある臓器から分泌される物質(タンパク質)が、脳や脊髄の神経回路修復に与える影響は、これまで明らかになっていなかった。
  • FGF21による神経回路の修復促進が、多発性硬化症などの髄鞘の傷害が見られる疾患に対する治療につながると期待。

概要

大阪大学 大学院医学系研究科の村松里衣子准教授(分子神経科学、免疫学フロンティア研究センター兼任)、山下俊英教授(分子神経科学、免疫学フロンティア研究センターおよび生命機能研究科兼任)らの研究グループは、膵臓から産生されるホルモン様物質が脳や脊髄の神経回路を修復することを明らかにしました(図1)。

様々な脳脊髄疾患では脳や脊髄の神経回路が傷つきますが、傷ついた神経回路はしばしば自然に修復します。神経回路の修復に関するこれまでの研究では、脳や脊髄の中の環境が重要と考えられており、脳脊髄の外部にある臓器から分泌される物質が神経回路の修復に与える影響は解明されていませんでした。

今回、研究グループは、膵臓から分泌されるFGF211と呼ばれるホルモン様物質が脳や脊髄の神経回路を形成する髄鞘2の構造を修復させることを発見しました。髄鞘の傷害は、指定難病の多発性硬化症3などで認められる特徴的な病変であり、症状の発症や悪化との関連が指摘されています。本研究成果から、FGF21による神経回路の修復促進が、多発性硬化症の治療につながる可能性が考えられます。

本研究成果は、米国医学誌「The Journal of Clinical Investigation」に、2017822日に公開されました。

研究の背景

脳脊髄の血管の構造は特殊で、血管の中の物質が脳脊髄の細胞に届きにくくできています。そのため、脳脊髄の神経回路の修復研究では、脳脊髄の内部に存在する物質に注目が集まっていました。一方、様々な脳脊髄疾患において脳脊髄の血管の構造に異常が生じた結果、体全体を巡る血液が脳脊髄の中へ漏れ込むことが知られていました。しかし、漏れ込んだ血液やその中に含まれている物質が脳脊髄の神経回路に与える作用は、明らかになっていませんでした。

本研究の成果

研究グループは、マウスを用いた実験から、髄鞘の修復を促す物質が血液の中に含まれていること、またその修復する働きを持つ物質はFGF21と呼ばれるホルモン様物質FGF21であり、特に膵臓から分泌されるものであることを突き止めました。FGF21を自ら作り出すことができないマウス(FGF21欠損マウス) と正常マウスを比較すると、術後14日で足を踏み外す割合が12%違うなど、症状の改善が抑制されていました(図2)。また、髄鞘が傷ついたマウスにFGF21を投与すると、髄鞘がよく修復するようになりました。髄鞘が修復するためには、オリゴデンドロサイト前駆細胞4が増殖する必要があります。そこで研究グループは、多発性硬化症患者の脳のオリゴデンドロサイト前駆細胞を調べたところ、それらの細胞にはFGF21受容体(FGF21と結合してその作用を細胞内に伝えるタンパク質)が発現していることを見いだしました。さらに培養細胞を用いた実験から、FGF21がヒトのオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促すことを明らかにしました(図3)。

図2 FGF21欠損マウスでは、神経回路に傷害を受けた後、髄鞘の修復が正常マウス(コントロール)と比べて阻害されていた髄鞘の修復と関連する後肢機能の改善について調べたところ、FGF21欠損マウスではその改善も抑制されていた 。 クリックで拡大表示します

図3 FGF21が、ヒト培養オリゴデンドロサイト前駆細胞 の増殖を促進させた 。 クリックで拡大表示します

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、脳脊髄の外部にある臓器から分泌されるFGF21が脳脊髄の神経回路の修復を促すことがわかりました。今後、その分子が脳脊髄の様々な細胞や機能にいかに作用するか、研究の発展が期待されます。FGF21に関しては、多発性硬化症など、髄鞘の傷害が見られる疾患に対する治療薬の開発につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2017年821日(月)16時(米国東部時間)〔8月22日(火)5時(日本時間)〕に米国医学誌「The Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に掲載されます。

タイトル

“Peripherally-derived FGF21 promotes remyelination in the central nervous system”

著者

Mariko Kuroda1, Rieko Muramatsu1,2,3, Noriko Maedera1, Yoshihisa Koyama1, Machika Hamaguchi1, Harutoshi Fujimura4, Mari Yoshida5, Morichika Konishi6, Nobuyuki Itoh7, Hideki Mochizuki8, Toshihide Yamashita1,3,9(†責任著者)

1 大阪大学 大学院医学系研究科 分子神経科学
2 科学技術振興機構(JST) 戦略的研究推進事業さきがけ
3 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター
4 国立病院機構刀根山病院
5 愛知医科大学 加齢医学研究所
6 神戸薬科大学
7 京都大学 大学院薬学系研究科
8大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学
9 大阪大学 大学院生命機能研究科

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業さきがけ、科学研究費補助金基盤研究(B)、科学研究費補助金基盤研究(S)の一環として行われました。また、大阪大学男女協働推進センターが実施する研究支援員制度の支援により行われました。

用語説明

※1 FGF21
線維芽細胞増殖因子(Fibroblast growth factor, FGF) 21は、FGF19, 23とともにホルモン様の挙動をするタンパク質として注目されている。

※2 髄鞘
脳の白質を構成しており、脳脊髄の様々な疾患で髄鞘の脱落が観察される。様々な脳脊髄疾患で髄鞘が脱落するが、髄鞘が脱落した部位が担う神経機能が障害され、疾患の症状と関連すると考えられている。

※3 多発性硬化症
難病指定されている希少疾患。何らかの免疫系の異常により脳脊髄の髄鞘が傷害されると指摘されている。傷ついた髄鞘を修復させる治療薬は、現時点ではない。

※4 オリゴデンドロサイト前駆細胞
髄鞘の修復は、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖から開始する。ヒトでも、生涯にわたって脳脊髄にオリゴデンドロサイト前駆細胞が存在し、増殖能を保持すると知られている。