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保仙 直毅、熊ノ郷 淳≪呼吸器・免疫内科学≫ 多発性骨髄腫に対する新規「CAR-T細胞療法」を開発 ~インテグリンβ7の活性型立体構造を標的とした免疫療法~

図1.インテグリンβ7の活性化型立体構造を標的としたMMG49 CAR-T細胞療法
骨髄腫細胞においてはインテグリンβ7が高発現している上に、その多くが常に活性化した状態にある。一方、正常のリンパ球にもインテグリンβ7は発現しているが、ほとんどの場合不活性型構造をとる。活性型構造でのみ露出する部位を標的にしたCAR-T細胞により骨髄腫細胞を特異的に攻撃することが可能である。
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2017年11月7日
掲載誌 Nature Medicine

研究成果のポイント

  • 多発性骨髄腫細胞では恒常的にインテグリンβ7が活性化していることを発見した。
  • インテグリンβ7の活性型立体構造を標的としたCAR-T細胞が骨髄腫特異的細胞傷害を持つことを示した。
  • がんに特異的な「タンパク質の“かたち”」を標的としたがん免疫療法の可能性を示した。

概要

大阪大学 大学院医学系研究科の保仙直毅 准教授(呼吸器・免疫内科学、保健学科 癌幹細胞制御学)、高木淳一 教授(蛋白質研究所 分子創製学)、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、多発性骨髄腫において、活性型の構造を有するインテグリンβ71が特異的に高発現し、がん免疫療法の一つであるCAR-T細胞療法※2の標的になり得ることを発見しました。

多発性骨髄腫は代表的な血液がんの一つで、治療の進歩は著しいものの、未だに治癒は極めて困難です。免疫療法であるCAR-T細胞療法は、極めて強力な新規治療法として注目を集めています。CAR-T細胞療法を開発するためには、がん細胞には発現しているが、正常細胞には発現していない“がん特異的抗原”が必要です。本研究グループは、骨髄腫細胞では正常血液細胞と異なり、インテグリンβ7というタンパク質の多くが常時活性化した状態にあり、活性型構造をとった時にのみに露出する抗原が骨髄腫特異的抗原となり得ることを発見しました。さらに、それを標的としたCAR-T細胞が骨髄腫に対して著明な抗腫瘍効果を持つことを示しました。

これらの発見により、本研究グループは、骨髄腫に対する新しい免疫療法の開発に成功したのみならず、タンパク質自体ががん特異的でなくとも、 タンパク質のがん特異的な“かたち”ががんの治療標的となり得るという新たな概念を提示しました(図1)。

本研究成果は、11月7 日に「Nature Medicine」に公開されました。

研究の背景

多発性骨髄腫は、抗体を産生する細胞である形質細胞※3が腫瘍化した血液がんで、日本における患者数は約18千人と言われています。近年の治療の進歩は著しいものの、未だに治癒は極めて困難であり、新たな治療薬の開発が待ち望まれています。

がん免疫療法として注目されているCAR-T細胞療法は、治癒を目指した治療として有望であると考えられています。CAR T細胞では、がん細胞に特異的な細胞表面抗原を標的とします。リンパ性白血病においてはCD19というタンパク質が標的として用いられ、驚異的な効果が報告されました。当然、同じ血液がんである多発性骨髄腫に対しても同様の治療の開発が望まれますが、そのためには骨髄腫細胞においてのみ発現している標的抗原を見つけることが必要でした。しかし、骨髄腫細胞でのみ働いている遺伝子やタンパク質の探索はすでに世界中で徹底的に行われ、新規治療標的の同定は極めて困難と考えられておりました。

そこで、研究グループは、多発性骨髄腫細胞に結合するモノクローナル抗体※4を多種類作製し、新たな抗原を探すところから研究をスタートしました。

本研究の成果

研究グループは、多発性骨髄腫細胞に結合するモノクローナル抗体10,000クローン以上の中から、骨髄腫細胞には結合するが正常細胞(リンパ球)には結合しない抗体として、MMG49という抗体を同定しました。次に、骨髄腫細胞において、MMG49が結合しているタンパク質がインテグリンβ7であることを明らかにしました。不思議なことに、正常リンパ球にもインテグリンβ7タンパクは発現しているにもかかわらず、MMG49は正常リンパ球には結合しませんでした。

インテグリンというタンパク質は活性化に伴い立体構造が変化することが知られています。そこで、より詳細に解析したところ、MMG49は活性化型立体構造をとったインテグリンβ7のみに結合することがわかりました。さらに、骨髄腫細胞ではインテグリン活性化を惹起しなくても、常にMMG49が多く結合することより、多くのインテグリンβ7が恒常的に活性化の状態にあることを見出しました。つまり、骨髄腫細胞ではインテグリンβ7が多く発現しているのみならず、常に活性型立体構造をとっているために、MMG49は骨髄腫に多く結合するのに対し、他の細胞においてはMMG49の結合はほとんど見られません。そこで、MMG49の抗原認識部位を持つCAR-T細胞を作製しました。マウスを用いた実験において、MMG49由来CAR-T細胞は正常細胞を傷害せずに、骨髄腫細胞のみを特異的に排除することを示しました(図2)。

図2.MMG49 CAR T細胞の著明な抗腫瘍効果
光の強さが腫瘍量を反映している
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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これらの結果は、活性型インテグリンβ7を標的としたMMG49 CAR-T細胞療法が多発性骨髄腫に対する有望な新規免疫療法であることを示しており、現在、医師主導治験(AMED革新的がん医療実用化研究事業)の準備が進められています。

さらに重要なことは、タンパク質自体ががんに特異的でなくても、その立体構造にがん特異的なものがあれば、その“がん特異的立体構造”を標的とした免疫療法が可能であることを示したことにあり、今後、他の多くのがん種において同様の“がん特異的立体構造”が治療標的として同定されることが期待されます。

研究者のコメント

<保仙准教授>

多発性骨髄腫に対する新しい免疫療法を開発しました。現在、準備中の医師主導治験により、それが本当に患者さんに恩恵を与えうるものであるかを明らかにします。また、網羅的解析による治療標的探索では同定し得ない治療標的を同定し、“がんに特異的な立体構造”を標的とすることが可能であることを示せたことにより、今後、様々ながん種において新たな治療標的の探索に役立つのではないかと期待しています。

用語説明

※1 インテグリンβ7
細胞表面の膜に存在し、細胞外の基質や他の細胞との接着のために必要なタンパク質である、インテグリンファミリータンパクの一つ。

※2 CAR-T(カーティー)細胞療法
CAR-T細胞療法はBリンパ性悪性腫瘍に対するその驚くべき効果により、世界中の注目を集めるようになった新しい免疫療法。がんに特異的に結合する抗体の抗原認識部位とCD28およびCD19というT細胞受容体のシグナルを伝える分子の融合体であるCARを患者のT細胞に発現させることにより作製されたCAR-T細胞は、抗体のように特異的かつ強く標的に結合することにより活性化され、強い細胞傷害活性を発揮するだけでなく、どんどん増殖するので、非常に強い抗腫瘍活性を示す(図3)。

図3.CAR T細胞療法の概要 クリックで拡大表示します

※3 形質細胞
血液細胞の一種で、抗体を産生する細胞。Bリンパ球が、細菌やウイルスなどの異物を見つけると形質細胞となり、抗体を産生する。異常な形質細胞(骨髄腫細胞)は、異物を攻撃する能力を持たない抗体をつくる。

※4 モノクローナル抗体
抗原には多数の抗原決定基(エピトープ)があり、通常、免疫した動物から1つの抗原を認識する抗体を集めると、いろいろな抗原決定基を認識する抗体が混ざった状態で集められる(ポリクローナル抗体)。それに対し、特定の抗原決定基だけと結合する抗体の集合体をモノクローナル抗体という。

特記事項

本研究成果は、11月7 日に「Nature Medicine」に公開されました。

【タイトル】“The activated conformation of integrin b7 is a novel multiple myeloma–specific target for CAR T-cell therapy ”

【著者名】 Naoki Hosen1-3*, Yukiko Matsunaga4,20 , Kana Hasegawa1,20, Hiroshi Matsuno5, Yuki Nakamura1, Mio Makita1, Kouki Watanabe1, Mikako Yoshida1, Kei Satoh1, Soyoko Morimoto6, Fumihiro Fujiki7, Hiroko Nakajima7, Jun Nakata6, Sumiyuki Nishida2, Akihiro Tsuboi6, Yoshihiro Oka1-3, Masahiro Manabe8, Hiroyoshi Ichihara9, Yasutaka Aoyama9, Atsuko Mugitani9, Takafumi Nakao10, Masayuki Hino11, Ryosuke Uchibori12, Keiya Ozawa12,13, Yoshihiro Baba14, Seitaro Terakura15, Naoki Wada16, Eiichi Morii16, Junichi Nishimura5, Kiyoshi Takeda3, 17, 19, Yusuke Oji18, Haruo Sugiyama7, Junichi Takagi4, Atsushi Kumanogoh2, 3,19*責任著者)

1大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学, 2大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 感染病態学, 3大阪大学 大学院医学系研究科(保健学科) 癌幹細胞制御学, 4大阪大学蛋白質研究所 分子創製学, 5大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学, 6大阪大学 大学院医学系研究科 癌ワクチン療法学, 7大阪大学 大学院医学系研究科 癌免疫学, 8大阪鉄道病院 血液内科, 9府中病院 血液内科, 10大阪市立総合医療センター 血液内科,11大阪市立大学 大学院医学系研究科 血液腫瘍内科学, 12自治医科大学 免疫遺伝子細胞治療学, 13東京大学医科学研究所, 14九州大学 生体防御医学研究所 分子機能制御学部門, 15名古屋大学 大学院医学系研究科 血液腫瘍内科学,16大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学, 17大阪大学 大学院医学系研究科 免疫制御学, 18大阪大学 大学院医学系研究科(保健学科) 機能診断科学,19AMED-CREST. (20同等貢献)

本研究課題は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラムにおける研究開発課題「がん幹細胞を標的とした抗体療法の開発」(研究開発代表者:保仙 直毅)、および革新的がん医療実用化研究事業の研究開発領域「新規多発性骨髄腫特異的抗原を標的としたCAR T細胞療法の開発」(研究開発代表者:保仙 直毅)の一環として行われました。なお、次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラムは、平成274月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、文部科学省より移管されたものです。      

            

本件に関して、11月 6 日に記者発表を行いました。
発表者: 熊ノ郷 淳 教授(呼吸器・免疫内科学)
     保仙 直毅 准教授(呼吸器・免疫内科学、保健学科 癌幹細胞制御学)           

毎日新聞、朝日新聞、日経新聞、読売新聞、日刊工業、東京新聞、産経新聞(すべて11月7日) に掲載されました。