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田村 猛、小玉 尚宏、竹原 徹郎 ≪消化器内科学≫  慢性膵炎発症に関与する新たなシグナル伝達経路を同定 ~慢性膵炎に対する有効な新規薬剤開発に期待~

2021年5月26日
掲載誌 Journal of Clinical Investigation

 

図1. 慢性膵炎の発症にPI3K/Hippoシグナル伝達経路の制御以上が関与しており、その結果過剰に産生されるCTGFは新たな治療標的になる
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研究成果のポイント

  • 慢性膵炎の発症機序は十分に解明されておらず、有効な治療法は存在しない
  • 慢性膵炎の発症・進展には、2つのシグナル伝達経路1PI3K(ホスファチジル・イノシトール3-キナーゼ)経路2/Hippo経路3の制御異常と、その結果過剰産生される増殖促進因子であるCTGF遺伝子4が関与することを解明
  • CTGFを標的とした慢性膵炎治療の臨床への応用に期待

概要

大阪大学医学部附属病院の田村猛医員(研究当時)、大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学らの研究グループは、慢性膵炎の発症にPI3K経路とHippo経路という2つのシグナル伝達経路の制御異常が関与することを解明し、その結果過剰に産生されるCTGFが慢性膵炎の新たな治療標的になることを発見しました(図1)。

慢性膵炎は膵機能喪失や糖尿病によるQOL低下に加えて、膵がん発症にも繋がる深刻な病気です。また有効な治療法も存在しないため、発症機序の解明や治療標的の探索が重要な課題です。

今回研究グループは、膵がんの発症に関与することが知られているPI3K経路とHippo経路に注目し、それぞれの経路の構成因子であるPTEN遺伝子5SAV1遺伝子6を膵臓内において消化酵素の分泌を担う膵腺房細胞で欠失させたマウスを作成した結果、PI3K/Hippo経路の制御異常により慢性膵炎が自然発症することを見出しました。また、その結果生じた分泌タンパクCTGFの過剰産生を抑制することで、慢性膵炎が改善することを発見しました。さらに、慢性膵炎患者の膵組織においてこれらの分子異常が生じていることを同定しました。本研究により、CTGFの働きを抑える薬剤が慢性膵炎の新たな治療薬となることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Clinical Investigation」に、5月26日に公開されました。

研究の背景

膵臓は、様々な消化酵素を含む膵液を分泌して食べ物を消化するはたらきと、インスリンなどのホルモンを血液中に分泌して血糖値などを調節するはたらきを担う臓器です。慢性膵炎は、膵臓に持続的な炎症が起こることで徐々に膵臓の細胞が破壊され、線維組織に置き換わることで膵臓が萎縮し、正常なはたらきを失っていく疾患です。その結果、消化吸収障害による腹痛・下痢・栄養障害、糖尿病の発症を引き起こすことに加えて、難治性がんの一つである膵がんの発症率が高まることが知られています。

慢性膵炎はアルコールの大量摂取や膵臓の消化酵素に関連する遺伝子変異などによって発症することが知られていますが、一方で特発性と呼ばれる原因が明らかでない患者も多く存在し、有効な治療法も存在しないことから、発症の分子基盤の解明や治療標的の探索が重要な課題です。

膵臓内において、消化酵素の分泌を担う腺房細胞が持続的に破壊されると、腺房導管異形成という過程により腺房細胞は管状の細胞に変化し、この変化を基盤として膵がんが発症することが示唆されています。この発がん過程において様々なシグナル伝達経路の関与が報告されていますが、これらの経路が慢性膵炎の発症にどの様な影響を与えるかはこれまで不明でした。

本研究の成果

本研究グループは、膵がんの発症に関与するシグナル伝達経路が慢性膵炎の発症にも関与していると仮説を立て研究を開始しました。様々な慢性膵炎マウスモデルの検討を行い、PI3K経路とHippo経路の構成因子であるPTEN遺伝子とSAV1遺伝子の発現が慢性膵炎において減弱し、PI3K/Hippo経路の制御異常が生じていることを見出しました。そこで、腺房細胞においてPTEN/SAV1両遺伝子を欠失させたマウスを作成し、PI3K/Hippo経路の制御異常により慢性膵炎が自然発症することを証明しました(図2)。

図2.PI3K/Hippo経路の慢性膵炎における役割 PTEN/SAV1の欠損したマウスは、膵に炎症・繊維化・萎縮を伴う慢性膵炎を自然発症する
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また、膵腺房細胞において、PTEN/SAV1発現低下により分泌蛋白CTGFの過剰産生が生じ、分泌されたCTGFが腺房導管異形成の誘導、マクロファージからの炎症性サイトカイン産生、膵星細胞からの線維化関連因子の産生を促すことで、慢性膵炎発症に寄与していることを明らかにしました。さらにCTGF遺伝子を欠損させることやCTGFに対する中和抗体の治療により慢性膵炎の改善が得られることをマウスモデルで証明しました(図3)。

図3.CTGFを標的とした慢性膵炎治療
(A) PTEN/SAV1欠損マウスで発症する慢性膵炎はCTGFの欠損により改善する
(B) 膵炎誘発性薬剤投与により発症する慢性膵炎はCTGF中和抗体により改善する
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最後に、PI3K/Hippo経路制御異常やCTGF発現亢進が様々なヒト慢性膵炎組織において認められていることを明らかにしました(図4)。

図4.PI3K/Hippo-CTGF経路異常の慢性膵炎患者における臨床的意義
慢性膵炎膵組織では、PTEN/SAV1発現低下、CTGF発現亢進が認められる
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以上より、慢性膵炎発症の新たな分子基盤としてPI3K/Hippo経路制御異常を明らかにし、CTGFが慢性膵炎の新たな治療標的となり得ることを見出しました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により同定されたCTGFの働きを抑える治療薬の臨床応用が進むことで、慢性膵炎患者のQOL改善や膵がん発症抑制に繋がり、生命予後の改善に寄与することが期待されます。

用語説明

※1 シグナル伝達経路
分子間の連鎖的な生化学反応によって細胞内外で生じる情報伝達経路。 

※2 PI3K(ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ)経路
PI3K経路は多くの種で保存された細胞内シグナル伝達経路の一つであり、 成長・生存・増殖・糖代謝・血管新生などに重要な役割を果たすことが知られている。

※3 Hippo経路
Hippo経路は多くの種で保存された細胞内シグナル伝達経路の一つであり、 器官のサイズの制御において重要な役割を果たすことが知られている。 

※4 CTGF遺伝子
結合組織成長因子(Connective Tissue Growth Factor)をコードする遺伝子であり、結合組織の主要な増殖促進因子として知られている。

※5 PTEN遺伝子
PI3K経路を負に制御する脱リン酸化酵素であり、癌抑制遺伝子として知られている。 

※6 SAV1遺伝子
Hippo経路を構成する遺伝子の一つであり、Hippo経路を正に制御している。

特記事項

本研究成果は、2021年526日に米国科学誌「Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Dysregulation of PI3K and Hippo Signaling Pathways Synergistically Induces Chronic Pancreatitis via Ctgf Upregulation

【著者名】 Takeshi Tamura1#, Takahiro Kodama1#, Katsuhiko Sato1, Kazuhiro Murai1, Teppei Yoshioka1, Minoru Shigekawa1, Ryoko Yamada1, Hayato Hikita1, Ryotaro Sakamori1, Hirofumi Akita2, Hidetoshi Eguchi2, Randy L. Johnson3, Hideki Yokoi4, Masashi Mukoyama5, Tomohide Tatsumi1, Tetsuo Takehara1* (#共同筆頭著者、*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
  3. テキサス大学 MDアンダーソンがんセンター がん生物学
  4. 京都大学 大学院医学研究科 腎臓内科学
  5. 熊本大学 大学院生命科学研究部 腎臓内科学

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NASH及び非BC型肝癌の病態解明と治療標的探索」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。