2021年

高松 漂太、仲谷 健史、熊ノ郷 淳 ≪呼吸器・免疫内科学≫  免疫細胞の移動メカニズムを解明

2021年6月7日
掲載誌 Nature Communications

 

図1: Ragulator複合体によるアクトミオシン運動制御機序
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 体の中を隈なく動き回る免疫細胞は、細胞が伸長と収縮を繰り返す運動(アクトミオシン運動1)によって移動するが、この運動がどのように制御されているのか、その詳細なメカニズムは不明であった
  • リソソーム2に存在し、栄養感知や代謝制御を行うRagulator複合体3が、細胞移動の際、細胞の後方でアクトミオシン運動を制御する機序を解明し、Ragulator複合体が存在しないと細胞が前へ進めず、獲得免疫系の誘導が障害されることを明らかにした
  • Ragulator複合体によるアクトミオシン運動制御機序に関わる分子を標的とした薬剤の開発により、自己免疫疾患に対する新規治療への応用や、ワクチンや抗腫瘍免疫応答の効率の改善に繋がるものと期待される

概要

大阪大学 大学院医学系研究科の高松漂太 助教、仲谷健史 大学院生(研究当時、現招聘教員)、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、免疫応答の根幹をなす、免疫細胞が移動する仕組みの一端を明らかにしました。

免疫細胞は、感染症などから体を守るため、体内を隈なく動き回り、ウイルスや細菌など異物の侵入に備えています。免疫細胞が移動する際は、細胞の前方が伸長し、細胞の後方が収縮する、アクトミオシン運動により移動していることが知られていました。また、リソソーム膜上でRagulator 複合体を形成して、栄養感知に関与するLamtor1が細胞の動きにも関与することが報告されていました。しかし、免疫細胞が移動する際に、どのようにアクトミオシン運動が制御されているのか、そこにLamtor1がどのように関与するのか、そのメカニズムについては解明されていませんでした。

研究グループは、末梢組織で抗原を捕まえてリンパ組織に運び獲得免疫の誘導に重要な役割を担う樹状細胞4に着目し、樹状細胞特異的にLamtor1遺伝子を欠損させたマウスを用いて、免疫細胞の移動にLamtor1がどのように関与しているのかを解析しました。その結果、Lamtor1が欠損した樹状細胞では、アクトミオシン運動が障害されて、細胞が前へ進めず、その結果、獲得免疫系の誘導が障害されることを見出しました。さらに、Lamtor1を含むRagulator複合体によるアクトミオシン運動の制御機序を明らかにしました(図1)。

免疫細胞の移動は、感染応答、自己免疫疾患、ワクチンや抗腫瘍免疫などの抗原特異的免疫応答の根幹をなし、免疫細胞の運動を制御することは、免疫や炎症の制御に非常に重要です。今後、Ragulator複合体によるアクトミオシン運動制御機序に関わる分子を標的とした薬剤の開発により、自己免疫疾患の治療、ワクチン効率の改善、抗腫瘍免疫の誘導などへの応用が期待されます。

本研究成果は、Nature Communications誌に、67日に公開されました。

研究の背景

免疫細胞は、体の中を隈なく動き回り、細菌やウイルスなどの病原体の侵入に備え、体内を監視しています。移動の際、細胞の遊走を誘導するサイトカインであるケモカインに反応して細胞の前方が伸長し、ミオシンにより細胞の後方が収縮する、アクトミオシン運動を繰り返して移動していることが知られていました。しかし、どのようにアクトミオシン運動が制御されているのか、そのメカニズムについては解明されていませんでした。また、リソソーム膜上でRagulator 複合体を形成して、栄養感知に関与するLamtor1が細胞の動きにも関与することが報告されていましたが、アクトミオシン運動にどのように関与しているのかは不明でした。

免疫細胞の中でも、樹状細胞は、非常に運動性に富んだ細胞で、通常、皮膚や粘膜で待機しており、病原体が侵入すると活性化され、リンパ節や脾臓に遊走して抗原提示を行います。樹状細胞による抗原提示により、抗原特異的な免疫反応である獲得免疫系が誘導されます。研究グループは、樹状細胞に着目し、Lamtor1の樹状細胞における機能について、樹状細胞特異的にLamtor1遺伝子を欠損させたマウスを作成して検討しました。

 

本研究の成果

樹状細胞特異的にLamtor1遺伝子を欠損させたマウスを作成し、解析したところ、樹状細胞特異的Lamtor1欠損マウスは、末梢組織からリンパ節へ移動する樹状細胞の数が減少し、獲得免疫系の誘導が顕著に低下していました(図2)。さらに、生体内での樹状細胞移動を再現した実験系で樹状細胞の動きを観察すると、Lamtor1欠損樹状細胞は、細胞の後方のアクトミオシン運動障害により、細胞が前へ進めないことが分かりました。

Lamtor1がどのようにアクトミオシン運動を制御するのか、そのメカニズムについて更に検討を行なった結果、樹状細胞の移動に、リソソーム膜状でRagulator複合体と結合し、栄養センシングに関与するmTORC1の活性化は関係がなく、Ragulator複合体が、ミオシン活性を負に制御するミオシン軽鎖脱リン酸化酵素複合体(MCLP: myosin light chain phosphatase※5をアクチンに係留するMPRIPMPRIPmyosin phosphatase Rho-interacting protein)という分子と会合することが重要であることが分かりました。そのメカニズムとして、Ragulator複合体がMPRIPと会合すると、MPRIPMLCPを構成するMYPT1という分子との結合が阻害され、MCLPによるミオシン軽鎖(MLC)の脱リン酸化作用が働かなくなり、その結果、MLCのリン酸化が亢進して(つまりブレーキが外れて)アクトミオシン運動が起こり、細胞の移動が可能となることが分かりました(図1)。

図2:樹状細胞特異的Lamtor1欠損マウスは樹状細胞の移動の障害により獲得免疫応答が低下していた 樹状細胞特異的にLamtor1遺伝子を欠損させたマウスでは、所属リンパ節に遊走する樹状細胞の数が減少していた
その結果、抗原特異的な免疫応答が障害され、接触性皮膚炎が誘導されなかった。(WT: 野生型、KO: Lamtor遺伝子欠損型)
クリックで拡大表示します

 

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、免疫細胞の移動のメカニズムが明らかとなり、今後、Ragulator複合体による細胞移動制御機構を標的とした薬剤の開発につながることが期待されます。そのような薬剤は、自己免疫疾患における免疫や炎症の制御、ウイルス感染症などのワクチン医療における免疫獲得効率の改善、がん治療における抗腫瘍免疫の誘導などへ応用されることが期待されます。

研究者からのコメント

(高松 助教) 
免疫細胞の移動は、感染応答、自己免疫疾患、ワクチンや抗腫瘍免疫などの抗原特異的免疫応答の根幹をなし、免疫細胞の運動を制御することは、免疫や炎症の制御に非常に重要です。Ragulator複合体を介した細胞移動制御機構は、樹状細胞のみならず好中球などの細胞でも重要な役割をしており、Ragulator複合体とMPRIPの相互作用を標的とした薬剤を開発できれば、免疫細胞が関与する多くの疾患で有効な治療法となる可能性があります。現在、そのような薬剤のスクリーニングも進めており、将来そのような治療法を実現できるよう、今後とも研究を進めていきたいと思っております。

用語説明

※1 アクトミオシン運動
ミオシン軽鎖(MLC)と重鎖(MHC)からなるミオシンIIが対称に2量体を形成し、アクチン上を近接方向に動くことにより収縮力が生じる。MLCのリン酸化によりアクトミオシンは活性化され、MLCのリン酸化はMLCキナーゼ(MLCK)によるリン酸化とMLCPによる脱リン酸化のバランスにより制御されている。

※2 リソソーム
貪食した細菌の殺菌や、老廃物や異物の分解を行う細胞内小器官の一つである。近年、アミノ酸や脂質などの栄養センサーとしての役割も明らかにされ、代謝にも関与することが明らかにされてきている。

※3 Ragulator複合体
リソソーム膜上に存在し、Lamtor2 (p14), Lamtor3 (MP10), Lamtor4 (p10), Lamtor5 (HBXIP)をLamtor1 (p18)が包むように複合体を形成する。栄養センサーであるmTORC1複合体と結合してリソソーム膜上にmTORC1を繋留し、栄養センシングに関与する。また、リソソームの細胞内局在や細胞接着などにも関係していることが示唆されている。 

※4 樹状細胞
樹状細胞はリンパ球に抗原を提示し抗原特異的なリンパ球を活性化する代表的な抗原提示細胞で、末梢組織で抗原を捕捉して、リンパ節や脾臓に遊走して抗原提示を行う非常に運動性に富んだ細胞である。

※5 ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素複合体(MCLP: myosin light chain phosphatase)
MLCを脱リン酸化する複合体で、酵素活性を有するPP1d、M20MYPT1からなる。アクチンと結合するMPRIPMYPT1と結合してMLCPをアクチン上に繫留し、時空間的なアクトミオシン活性の制御に関与する。

特記事項

本研究成果は、2021年67日(月)午後6時(日本時間)に「Nature Communications誌」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “The lysosomal Ragulator complex plays an essential role in leukocyte trafficking by activating myosin II”
【著者名】 仲谷健史1,2,*, 辻本考平1,2,3,*, 朴正薫3,4,*, 徐立恒1,2,3, 木村哲也5, 葉山義友1,6, 小中八郎1,2,3, 森田貴義1,2, 加藤保宏1,2, 西出真之1,2, 小山正平1,2,3, 名田茂之5, 岡田雅人5, 高松漂太1,2,3,#, 熊ノ郷淳1,2,7, #

*共同筆頭著者、#共同責任著者

 

【所属】

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  2. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 感染病態分野
  3. 国立研究開発法人科学技術振興機構CREST
  4. 大阪警察病院
  5. 大阪大学 微生物病研究所 発癌制御分野
  6. 公立学校共済組合近畿中央病院
  7. 大阪大学 先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門

なお、本研究は、JST-CREST 「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」研究推進事業、AMED-CREST「慢性炎症研究事業」、AMED「次世代がん医療創生研究事業」、基盤研究S研究の一環として実施され、大阪大学微生物病研究所岡田雅人教授と名田茂之准教授の協力を得て行われました。