小川 和彦、立川 章太郎≪放射線治療学≫
石井 秀始≪疾患データサイエンス学≫ 膵腫瘍の新たな発症機構を解明
~膵腺房細胞がんではRNAメチル化酵素METTL3が鍵~
2026年8月6日
掲載誌 Signal Transduction and Targeted Therapy(STTT)
図1. METTL3を介した膵腺房細胞がんの進展メカニズム
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研究成果のポイント
- 膵腺房細胞がんにおいて、RNAメチル化※1酵素METTL3(メチル基転移酵素様タンパク質3)※2が腫瘍の発生・進展を駆動する新たな分子機構であることを発見
- 膵腺房細胞がんは希少がんであり分子機構の解明が遅れていたうえ、RNAメチル化の腫瘍微小環境を含めた全体像の解析は技術的に困難だったが、トランスジェニックマウスモデルとシングルセル解析を組み合わせることで解明が可能に
- RNAメチル化酵素METTL3を標的とした新規治療法の開発や、難治性膵がんに対する創薬への応用に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の小川和彦教授、立川章太郎助教、石井秀始特任教授(常勤)らの研究グループは、膵腺房細胞がんにおいて、RNAメチル化酵素METTL3が腫瘍の発生・進展を駆動する中心的因子であることを明らかにしました。さらに、METTL3によるRNAメチル化が、がん細胞の増殖制御だけでなく、周囲の線維芽細胞との相互作用※3を介して腫瘍の悪性化を促進することを解明しました。なお、本研究は、北里大学、産業技術総合研究所、デンマークコペンハーゲン大学、および複数の民間企業(H.U.グループ中央研究所、いであ株式会社、ユニーテック株式会社等)との産学際的な共同研究として実施されました。
これまで膵腺房細胞がんは、希少がんであることから分子メカニズムの解明が遅れており、特にRNA修飾※4がどのように腫瘍形成に関与するかについては明らかになっていませんでした。
今回、研究グループは、トランスジェニックマウスモデルとシングルセル解析を組み合わせた統合的アプローチを用いることにより、METTL3がPRSS1(セリンプロテアーゼ1)※5を介した細胞間シグナルを活性化し、腫瘍微小環境と連動してがんの進展を促進する仕組みを解明しました。
これにより、RNAメチル化酵素METTL3を標的とした新規治療法の開発や、難治性膵がんに対する創薬への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年8月6日(木)15時(日本時間)に英国Nature Portfolio傘下の国際学術誌「Signal Transduction and Targeted Therapy(STTT)」(オンライン)に掲載される予定です。
研究者のコメント
<共同研究講座疾患データサイエンス学 石井秀始特任教授(常勤)のコメント>
通常の膵がんはKRAS遺伝子変異が主役であり、その強い影響の陰に隠れ他の重要なメカニズムはよく分かっていませんでした。今回、KRAS変異を持たない比較的稀な『膵腺房細胞がん(ACC)』に注目することで、RNA修飾というがんを駆動するもう一つの重要な仕組みをつまびらかにすることに成功しました。この発見が、難治性膵がんに対する画期的な治療薬開発の突破口になることを期待しています。
研究の背景
これまで、膵腺房細胞がんは、希少かつ予後不良の膵がんの一種であることが知られていました。また、遺伝子変異やシグナル経路に関する研究※6は進められてきたものの、RNA修飾を含むエピトランスクリプトームの観点からの解析には技術的・体系的な課題がありました。さらに、腫瘍細胞と周囲の線維芽細胞などから構成される腫瘍微小環境との相互作用や、それを統合的に理解することも困難とされていました。そのため、膵腺房細胞がんの発症・進展を支える分子基盤の全体像は未解明のままでした。
研究の内容
研究グループでは、トランスジェニックマウスモデル、RNAメチル化解析(MeRIP-seq)、およびシングルセルRNAシーケンス解析を組み合わせた統合的手法により、METTL3が膵腺房細胞がんの発生・進展を制御する分子機構を解明しました。これは、METTL3によるRNAメチル化が細胞周期関連遺伝子の発現を制御するとともに、PRSS1を介した腫瘍細胞と線維芽細胞間のシグナル伝達を活性化し、腫瘍増殖を促進することを示すものです。
さらに、METTL3の遺伝学的欠損および阻害剤(STM2457)の投与により腫瘍細胞にアポトーシスを誘導できることを確認し、METTL3を標的とした治療戦略の有効性を実証しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、膵腺房細胞がんをはじめとする難治性がんに対して、RNAメチル化酵素METTL3を標的とした新たな治療法の開発が期待されます。さらに、これまで遺伝子変異中心に進められてきたがん研究に対し、RNA修飾(エピトランスクリプトーム)という新たな治療概念を提示するものであり、創薬研究の方向性を大きく拡張する可能性があります。また、腫瘍細胞と周囲の微小環境との相互作用を制御する分子基盤の理解が進むことで、より精密ながん診断や個別化医療への応用、さらには他のがん種や炎症性疾患への展開も期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年8月6日(木)15時(日本時間)に英国Nature Portfolio傘下の国際学術誌「Signal Transduction and Targeted Therapy(STTT)」(オンライン)に掲載される予定です。
【タイトル】
“RNA Methyltransferase 3 Drives Pancreatic Acinar Cell Carcinoma Growth and Is a Therapeutic Target”
【著者名】
Shotaro Tatekawa,1,2,# Tomoaki Hara,1,# Sikun Meng,1,# Tetsuya Sato,3,12,# Takahiro Arai,1,4 Keisuke Tamari,2 Yasuko Arao,1 Yoshiko Tsuji,1 Masamitsu Konno,1,5 Ken Ofusa,1,6 Koji Kitamura,7 Sarah Rennie,8 Motoharu Inui,9 Daisuke Taguchi,9 Hirofumi Akita,9 Daisuke Motooka,10 Yoshiki Murakumo,11 Hidenori Inohara,7 Yuichiro Doki,9 Hidetoshi Eguchi,9 Kazuhiko Ogawa,2 Hideshi Ishii,1,*
1.Department of Medical Data Science, Center of Medical Innovation and Translational Research (CoMIT), The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Osaka, Japan.
2.Department of Radiation Oncology, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Osaka, Japan.
3.H.U. Group Research Institute G.K., Akiruno, Tokyo, Japan.
4.Unitech Co., Ltd., Kashiwa, Chiba, Japan.
5.Biological Data Science Research Group, Cellular and Molecular Biotechnology Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Koto, Tokyo, Japan.
6.Prophoenix Division, Food and Life-Science Laboratory, IDEA Consultants, Inc., Osaka, Osaka, Japan.
7.Department of Otorhinolaryngology-Head and Neck Surgery, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Japan.
8.Section for Computational and RNA Biology, Department of Biology, University of Copenhagen, Copenhagen, Denmark.
9.Department of Gastroenterological Surgery, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Osaka, Japan.
10.Genome Information Research Center, Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
11.Department of Pathology, Kitasato University School of Medicine, Sagamihara, Kanagawa, Japan.
12.Department of Laboratory Sciences, Graduate School of Health Sciences, Gunma University, Maebashi, Gunma, Japan.
*Lead Contact: Hideshi Ishii, MD, PhD, MBA.
#Those authors contributed equally to this work.
DOI:8月6日(木)15時掲載予定のため未確定
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成金(科研費)等による研究の一環として行われ、北里大学病理学教室 村雲芳樹教授らの協力を得て行われました。
用語説明
※1 RNAメチル化
RNA分子にメチル基(CH₃)が付加される化学修飾の一種で、代表的なものにN6-メチルアデノシン(m⁶A)がある。RNAの安定性や翻訳効率、分解などを制御し、遺伝子発現を調節する重要な仕組みとして近年注目されている。がんにおいては、細胞増殖や分化、ストレス応答などに関与することが報告されている。
※2 METTL3(メチル基転移酵素様タンパク質3)
RNAのN6-メチルアデノシン(m⁶A)修飾を触媒する主要な酵素(メチル基転移酵素)。mRNAの安定性・翻訳効率・スプライシングを制御し、細胞増殖・分化・がん化に関与する。METTL3の過剰発現はさまざまながん種で報告されており、METTL3選択的阻害剤(STM2457など)による治療戦略の開発が進められている。
※3 線維芽細胞との相互作用
がん細胞が周囲の線維芽細胞(がん関連線維芽細胞:CAF)と相互にシグナルをやり取りし、腫瘍の増殖や浸潤、治療抵抗性を促進する現象。腫瘍微小環境の形成において重要な役割を果たし、近年ではがん治療の新たな標的として注目されている。
※4 RNA修飾
転写後のRNA分子に対して生じる化学的な変化の総称。DNAの塩基配列を変えずに遺伝子の働き(RNAの安定性や翻訳効率など)を調節する仕組みであり、「エピトランスクリプトーム」とも呼ばれる。がん細胞の発生や悪性化において、遺伝子変異とは異なる新たな発がんメカニズムとして近年大きな注目を集めている。
※5 PRSS1(セリンプロテアーゼ1)
膵臓などで産生されるタンパク質分解酵素(本来は消化酵素の一種)である。本研究では、がん細胞内でMETTL3の働きによって発現・分泌が異常に促されたPRSS1が、周囲の線維芽細胞を直接刺激し、腫瘍の増殖や治療抵抗性を高める悪性化シグナルの起点として働くことが特定された。
※6 シグナル経路に関する研究
細胞内外で伝達される情報(シグナル)が、どのような分子経路を通じて細胞の増殖や分化、死などを制御するかを解析する研究分野。がんでは、MAPK経路やTGF-β経路などの異常な活性化が知られており、分子標的治療の基盤となっている。
※図1:Tatekawa, S. et al., Signal Transduction and Targeted Therapy (2026) より改変
(原著図:Created in BioRender. Ishii, H. (2025) https://BioRender.com/1ipa6jo)
【近日開催予定のセミナー】
イベント名:日本分子生物学会
URL:https://www.aeplan.co.jp/bmb2026/
【 SDGs目標】
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【参考URL】
石井秀始 特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fcdd81a7260c9252.html
小川和彦教授(放射線治療学)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/735bbc5ade1d37b4.html
