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萩 隆臣、牧野 知紀、土岐 祐一郎 ≪消化器外科学≫、森井 英一 ≪病態病理学≫ 転移リンパ節が予後を決める! ~食道がん抗がん剤治療の新たな病理効果判定法を確立~

2020年07月28日
掲載誌 Annals of Surgery

図1. 食道がん転移リンパ節における新たな病理学的な治療効果判定
(A-H) 代表的な食道がん転移リンパ節4例の病理画像(左:弱拡大、右:強拡大)。治療前の腫瘍部分(黒枠)および化学療法後の残存した腫瘍部分(赤枠)。 (I)症例ごとの病理学的な治療効果判定の算出方法。すべての転移リンパ節において治療前腫瘍面積の合計に対する残存腫瘍面積の合計の割合で化学療法の治療効果を算出。
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研究成果のポイント

  • 手術で切除した食道がん転移リンパ節において術前の抗がん剤投与の治療効果を病理学的に評価する方法を確立した。
  • この転移リンパ節の病理学的治療効果と予後との関連性を明らかにし、従来の原発巣※1での治療効果判定と比較して、術後の成績をより正確に反映することを見出した。
  • 食道がんにおける術後予後をより正確に予測することで、オーダーメイド治療が可能となり、治療成績の向上につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の萩隆臣医員、牧野知紀助教、土岐祐一郎教授(消化器外科学)、森井英一教授(病態病理学)らの研究グループは、手術で切除した食道がん転移リンパ節において術前の抗がん剤治療(術前化学療法2)の治療効果を病理学的に判定する方法を確立し、それが術後の再発や予後を従来よりも正確に予測することを明らかにしました。

食道がんは高率でリンパ節転移を伴い、転移リンパ節の個数が術後の再発・予後における重要なリスク因子になります。そこで今回、牧野知紀助教らの研究グループは、通常用いられる原発巣に加え、転移リンパ節に着目し、術前化学療法の治療効果を病理学的に判定する方法を確立しました(図1)。同一患者さんで転移リンパ節ごとに異なる治療効果を総合して病理学的に判定し、原発巣よりも転移リンパ節における判定の方が術後の再発・予後の正確な指標となることを示しました。

本研究成果により、個々の食道がん患者さんに適した術後のオーダーメイド治療が可能となり、食道がん全体の治療成績の向上につながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Annals of Surgery」に、2020年722日に公開されました。

 

    研究の背景

    進行した食道がんではとくにリンパ節への転移を高率で伴い、一般的に抗がん剤治療を行った後に手術を行います。しかしながら、同じ手術を施行しても、術前抗がん剤の治療効果が大きい症例は良好な術後の予後が得られることが分かっています。そのため、正確な治療効果の判定が重要になってきます。日常診療における術前治療の病理学的な効果判定は、通常、原発巣を対象としており、治療前の腫瘍面積に対する治療後に残った腫瘍面積の割合で評価されます。この評価では残存した腫瘍の割合が小さいほどGradeが高く、すなわち化学療法の効果が大きかったことを表します。また、このGrade分類が術後の再発や予後の重要な指標になることが分かっています。一方、食道がんでは原発巣の進展以上にリンパ節転移の程度がより強く予後を反映することが知られているため、転移リンパ節における治療効果判定の方が(原発巣の判定より)正確に予後を反映するのではという仮説を立てました。

     

    本研究の成果

    今回、術前に抗がん剤治療を行い、根治手術を施行した胸部食道がん371例のうち、治療前にリンパ節転移を疑う所見を認めなかった52例を除外した計319例を対象に、抗がん剤治療の治療効果を病理学的に判定しました。主病巣の病理学的治療効果判定として、残った腫瘍の割合別に4段階のGradeで分類し(Grade I: 50%>Grade II: 10-50%Grade III: <10%Grade IV: 0%)Grade IIIを非奏効群、IIIIVを奏効群としました(1A-H)。一方で、リンパ節は原発巣と異なり、同一症例で転移が複数に及んだ際にリンパ節によって異なる治療効果を示す場合など一定の治療効果判定基準を定めることが難しいといった問題点があります。実際に、約6割の症例では同一症例で各転移リンパ節における治療効果は同一でしたが、それ以外の症例ではリンパ節間で治療効果が異なるという結果でした。そこで、各症例における全ての転移リンパ節の治療前の腫瘍面積と治療後の残存腫瘍面積を足し合わせることで前述の4段階に分類し、“総合grade”として評価するという独自の効果判定基準を樹立しました(1 I)。その結果、転移リンパ節の治療効果判定は奏効群153(48.0)、非奏効群166(52.0%)と判定されました。なお、191(59.9%)の症例で原発巣と転移リンパ節における病理学的治療効果が異なっていました。

    予後に関する検討では、転移リンパ節の治療効果判定gradeによって段階的に成績が異なり(図2A)、また奏効群は非奏効群と比較して生存率が明らかに良いことがわかりました。また、原発巣とリンパ節の病理学的な治療効果による予後曲線を比較すると、転移リンパ節の治療効果判定の方がより顕著に生存率を反映していました(図2B,C)。生存期間における多変量解析3ではリンパ節の病理学的治療効果判定が独立した予後因子でしたが、原発巣の判定は予後因子にはなりませんでした。また術後の再発形式に関する検討では、原発巣・リンパ節ともに非奏効群では奏効群と比較してリンパ行性再発4や血行性再発(肺、肝臓、骨など)5の頻度がそれぞれ高く、その傾向は原発巣よりもリンパ節における治療効果判定で顕著でした。

    これらのことから、転移リンパ節における病理学的な治療効果を判定することは、術前化学療法後に手術を施行した食道がんの術後予後予測や再発予測において優れていることが示されました。

    図2. 食道がん術前化学療法症例における治療効果別の術後無再発生存期間
    (A) リンパ節の総合Grade別の予後:リンパ節の総合Grade別の予後曲線。縦軸は無再発生存率、横軸は術後経過(月数)を表す。黄線は治療前にリンパ節転移を疑う所見を認めなかった52例。 (B) 原発巣の治療効果判定と予後:原発巣の化学療法における奏効群において非奏効群と比べて術後の予後が良好である。縦軸は無再発生存率、横軸は術後経過(月数)を表す。 (C) リンパ節の治療効果判定と予後:リンパ節の化学療法における奏効群において非奏効群と比べて術後の予後が良好である。縦軸は無再発生存率、横軸は術後経過(月数)を表す。黄線は治療前にリンパ節転移を疑う所見を認めなかった52例。
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    本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

    本研究での知見により、食道がん手術で切除した転移リンパ節において術前化学療法の病理学的な治療効果が乏しいと判定されたケースでは、たとえ原発巣の治療効果が良好であったとしても再発のリスクが高いため、より強力な術後補助療法を行うなどオーダーメイド治療の確立に大きく貢献し、最終的に食道がん全体の治療成績の改善につながるものと期待されます。

    研究者のコメント

    <牧野  助教> 
    日常診療では、癌の種類によらず術前治療の病理学的な治療効果判定には原発巣が用いられます。われわれは食道癌で高率に伴い、また全身の微小転移とより相関とされる転移リンパ節に着目し、すべての転移リンパ節巣において病理学的に治療効果判定を行うことで、より正確に再発や予後を予測できることを見出しました。今後は、この転移リンパ節の病理学的治療効果判定に応じたオーダーメイド治療が可能となり、それが最終的に食道がん治療成績の向上につながることが期待されます。われわれの先行研究として術前CT画像を用いた転移リンパ節における術前化学療法の治療効果が予後と強く相関すると報告(Urakawa S, Makino T, et al. Ann Surg. 2019 Jul 3. doi: 10.1097/SLA.0000000000003445.)しましたが、その結果を今回は病理学的に裏付ける内容となりました。

    用語説明

    ※1 原発巣
    最初にがん(腫瘍)が発生した病変のこと。食道癌であれば食道内にできた腫瘍(病変)のことを食道癌の原発巣という。

    ※2 術前化学療法
    手術の前に抗がん剤治療を行うこと。腫瘍を小さくしてかつ微小転移を撲滅することでより長期の生存が得られることが分かっており現在進行食道がんにおいての標準治療となっている。

    ※3 多変量解析
    複数の変数に関するデータをもとに、これらの変数間の相互関連を分析する統計的技法の総称。

    ※4 リンパ行性再発
    がん細胞が原発巣からリンパ液の流れにのって、リンパ節に移動しそこで増殖・再発すること。

    ※5血行性再発
    がん細胞が原発巣から血管に入り込み、臓器や器官に移動し、そこで増殖・再発すること。

     

    特記事項

    本研究成果は、2020年722日(水)に米国科学誌「Annals of Surgery」(オンライン)に掲載されました。

    【タイトル】 “Pathological Regression of Lymph Nodes Better Predicts Long-Term Survival in Esophageal Cancer Patients Undergoing Neoadjuvant Chemotherapy Followed by Surgery”

    【著者名】 Takaomi Hagi1, Tomoki Makino1†, Makoto Yamasaki1, Kotaro Yamashita1, Koji Tanaka1, Takuro Saito1, Tsuyoshi Takahashi1, Yukinori Kurokawa1, Masaaki Motoori2, Yutaka Kimura3, Kiyokazu Nakajima1, Eiichi Morii4, Hidetoshi Eguchi1, Yuichiro Doki1.

    【所属】
    1.  大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
    2.  大阪急性期・総合医療センター 消化器外科
    3.  近畿大学 医学部・大学院医学研究科 外科学(上部消化管部門)
    4.  大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学

    †同等貢献&責任著者