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長野 清一、望月 秀樹 ≪神経内科学≫ 筋萎縮性側索硬化症(ALS)を引き起こすタンパク質の新機能を発見 ~新たな治療法開発に期待~

2020年08月28日
掲載誌  Acta Neuropathologica

図1:TDP-43の異常沈着に伴うALS/FTLDの病態モデル
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研究成果のポイント

  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS1、前頭側頭葉変性症(FTLD2の原因タンパク質であるTDP-43の新たな機能を発見。
  • 神経細胞の軸索では、TDP-43が細胞内のタンパク質合成装置であるリボソームの機能維持に重要な働きをしていることがわかった。
  • ALSやFTLDの発症機構の解明が進み、新たな治療法開発に繋がることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 長野清一准教授(神経内科学)(元国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第五部 室長)、望月秀樹教授(神経内科学)および国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第五部 荒木敏之部長らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭葉変性症(FTLD)の発症に関わるタンパク質であるTDP-43が神経細胞の軸索局所でのリボソームのタンパク質合成機能を調節していることを明らかにしました。さらに、その軸索での機能の障害がALSFTLDの発症に関連する可能性を見出しました。

ALSおよびFTLDは、それぞれ運動神経、大脳皮質神経の障害により全身の筋力低下や筋肉のやせ(萎縮)、および認知症を起こす神経疾患です。これらの疾患ではいずれもTDP-43と呼ばれるタンパク質が神経細胞内を中心に異常にたまっている(沈着している)ことが分かっていました。しかしながら、TDP-43が神経細胞においてどのように機能しているのか、また、TDP-43の沈着によってどのようにしてALSFTLDが引き起こされるのかは不明でした。

TDP-43は、メッセンジャーRNAmRNA)と結合する性質を持っており、数多くのmRNAと結合し細胞内での成熟や輸送に働くことが示されています。今回、研究グループは、神経細胞の軸索に着目し、TDP-43により軸索へ輸送される重要なmRNAとして、リボソームタンパク質をコードするmRNA(リボソームタンパク質mRNA)を同定しました。TDP-43が、軸索にリボソームタンパク質mRNAを運ぶことで、軸索で作られるリボソームタンパク質の量を保ち、そのことが軸索で種々のタンパク質を合成するために必要なリボソームの数を維持し、神経細胞の形態や機能を保つことに繋がることを明らかにしました(図1)。今回の成果により、ALS、FTLDのより詳細な発症機構の理解が進み、それを基にした新たな治療法の開発が行われることが期待されます。

本研究成果は日本時間2020年8月16日に、英国の学術雑誌「Acta Neuropathologica」オンライン版に掲載されました。

 

    研究の背景

    筋萎縮性側索硬化症(ALS)および前頭側頭葉変性症(FTLD)は現在のところ根本的な治療が困難な神経疾患です。大部分のALS患者さんと半数程度のFTLD患者さんでは神経細胞を中心にTDP-43が核から消失し細胞質に異常に沈着することが報告されています。

    TDP-43はRNA(リボ核酸)結合タンパク質です。RNA結合タンパク質は、RNAに結合してその機能や局在を調節するタンパク質であり、TDP-43は細胞核内の遺伝子からのmRNAの生成や成熟(スプライシング)、成熟したmRNAの細胞質への輸送など、RNAの代謝に関わる色々な機能を持っていることが知られています。

    神経細胞は軸索あるいは樹状突起と呼ばれる突起(神経突起)を持つことが特徴であり、このような神経突起を介して神経細胞どうしがネットワークを形成し互いに情報をやり取りしています。神経突起の形態や機能を維持するためにそこには種々の必要な物質が輸送されていますが、mRNAも神経突起に運ばれてそこでタンパク質を合成するために使われています。一般に、タンパク質は、核の近く・細胞の中心付近で作られることが多いのですが、神経細胞は、長い突起を伸ばす特徴的な形と情報伝達の機能を維持するために、突起の先のほうでもタンパク質を作っています。特に神経突起が新たなネットワークを形成するときや神経突起が損傷を受けた後に再生するときには、軸索内にあるmRNAから即座にタンパク質を合成していち早く対応することが重要となります。mRNAが神経突起に運ばれる際には、RNA結合タンパク質と結合してRNA顆粒と呼ばれる複合体を形成して輸送されることが分かっています。このRNA顆粒の神経突起への輸送が何らかの原因で障害されると神経突起の形態や機能に異常が生じ、ひいては神経細胞全体の機能障害や細胞死が起こることになります。

    本研究グループはTDP-43が神経細胞内で異常に沈着すると正常なRNA顆粒を形成できず、必要なmRNAを神経突起、特に長い神経突起である軸索に輸送することができなくなり、その結果神経細胞の障害を起こしてALSFTLDを発症するのではないかと考え、TDP-43により軸索に運ばれるmRNAの探索を行いました。

    本研究の成果

    本研究グループはまず、培養した神経細胞から軸索部分のみを採取する方法を確立し、その方法を用いてTDP-43を減少させた神経細胞の軸索で減少するmRNAをマイクロアレイ法により探索しました。その結果、いろいろなリボソームタンパク質をコードするmRNAが、有意に減少する遺伝子群として見つかりました。

    リボソームタンパク質は、mRNAからタンパク質を作る(これを「翻訳」といいます)のに必須の細胞内合成装置であるリボソームを構成しているタンパク質であり、リボソームによるタンパク質全体の翻訳効率に大きな影響を与えています。このリボソームタンパク質のmRNAを培養神経細胞を用いて詳しく解析したところ、リボソームタンパク質mRNAは軸索内でTDP-43と同じ場所に顆粒状に存在すること、リボソームタンパク質mRNATDP-43は互いに結合していること、TDP-43の減少によりリボソームタンパク質mRNAを含む顆粒の軸索への輸送が減少することがわかりました。また軸索に輸送されたリボソームタンパク質mRNAは神経細胞への刺激により軸索内でリボソームタンパク質へと翻訳され、リボソームの翻訳機能の維持に重要な役割を果たしていることもわかりました。

    次に培養神経細胞やマウスの脳内の神経細胞でTDP-43を減少させると徐々に軸索の伸長が悪くなってきますが、その際同時にいくつかのリボソームタンパク質mRNAを過剰に発現させたところ、リボソームタンパク質の回復により軸索の伸長が改善することが確認できました(図2)。さらにTDP-43の異常沈着を認めるALS患者さんの脳組織で主に運動神経の軸索が走行している部位を調べたところ、複数のリボソームタンパク質mRNAが減少していることが見いだされました。

    以上よりTDP-43は神経細胞でリボソームタンパク質mRNAを軸索に輸送する働きを持ち、それにより軸索内でリボソームタンパク質を供給してリボソームによる翻訳機能を維持していること、その機能が障害されると軸索での種々のタンパク質の合成がうまくいかず軸索の伸長が阻害されること、このTDP-43によるリボソームタンパク質mRNAの軸索輸送の障害がALSおよびFTLDの発症と関連していると推測されることがわかりました(図1)。

    図2:TDP-43減少神経細胞でみられる軸索伸長障害に対するリボソームタンパク質mRNAの改善効果
    マウス大脳皮質神経細胞でTDP-43を減少させると軸索の伸長が障害されたが、その際4種類の異なるリボソームタンパク質(Rp)mRNAを個別に過剰発現させるとそのうちの3種類(*印のあるもの)で有意に軸索の伸長が改善した。
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    本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

    これまで、TDP-43の異常凝集を伴うALSFTLDの発症原因は不明な点が多くありましたが、本研究によりそれが神経軸索におけるリボソームを介した局所翻訳機能の低下と関連する可能性が示唆されました。今後リボソームタンパク質mRNAの軸索への輸送やそこでのリボソームタンパク質への翻訳、軸索でのリボソームの機能そのものを上昇させるような薬剤の同定により、新たな作用機序に基づくALSおよびFTLDの根本的な治療法の開発が可能となることが期待されます。

     

    用語説明

    ※1  筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic lateral sclerosis)
    運動神経が障害され、体を動かすのに必要な筋肉が徐々に痩せていく神経変性疾患の一つ。

    ※2  前頭側頭葉変性症(FTLD:Frontotemporal lobar degeneration)
    神経細胞の変性や脱落により、人格変化や行動障害、言語障害などの症状を特徴とする、神経変性疾患。

     

    特記事項

    本研究成果は、2020年816日(日本時間)に英国科学誌「Acta Neuropathologica」(オンライン)に掲載されました。

    【タイトル】

    “TDP-43 transports ribosomal protein mRNA to regulate axonal local translation in neuronal axons.”

    【著者名】

    Seiichi Nagano1,2, Junki Jinno2, Rehab F. Abdelhamid2, Yinshi Jin2,3, Megumi Shibata1, Shohei Watanabe1, Sachiko Hirokawa4, Masatoyo Nishizawa5, Kenji Sakimura6, Osamu Onodera5, Hironori Okada7, Takashi Okada8, Yuko Saito9 , Junko Takahashi‑Fujigasaki10, Shigeo Murayama10, Shuji Wakatsuki1, Hideki Mochizuki2 and Toshiyuki Araki1

    【所属】

    1. 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 神経研究所 疾病研究第五部
    2. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学
    3. 吉林大学 中日聯誼病院 神経内科
    4. 新潟大学 脳研究所 分子神経疾患資源解析学
    5. 新潟大学 脳研究所 脳神経内科学
    6. 新潟大学 脳研究所 細胞神経生物学
    7. 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部
    8. 東京大学 医科学研究所 遺伝子細胞治療センター 分子遺伝医学
    9. 国立精神・神経医療研究センター(NCNPNCNP病院
    10. 東京都健康長寿医療センター 高齢者バイオリソースセンター

     

    本研究結果は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究(C)」、日本学術振興会 ・科学研究費補助金「新学術領域研究(学術研究支援基盤形成)」、日本医療研究開発機構「橋渡し研究戦略的推進プログラム 大阪大学拠点 シーズA」「難治性疾患実用化研究事業」、精神・神経科学振興財団および国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費などの支援を受けて行われました。

     

    本件について、オンラインにて記者発表を行いました。

    【報道について】
    本件について、9月2日関西テレビのニュースにて報道されました。