2020年

  • トップ
  • >
  • 研究活動
  • >
  • 主要研究成果
  • >
  • 2020年
  • >
  • 森 康治 、河邉有哉 、池田 学 ≪精神医学≫ 神経変性疾患を引き起こす 異常伸長リピートRNAが分解される仕組みが明らかに~前頭側頭葉変性症と筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態解明への確かな一歩~

森 康治 、河邉有哉 、池田 学 ≪精神医学≫ 神経変性疾患を引き起こす 異常伸長リピートRNAが分解される仕組みが明らかに~前頭側頭葉変性症と筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態解明への確かな一歩~

2020年08月27日
掲載誌 The EMBO Journal

図: 患者由来のC9orf72変異細胞で、RNAエクソソームの発現を低下させると、多数のリピートRNA凝集体が確認される(矢印)
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 前頭側頭葉変性症(FTLD)および筋委縮性側索硬化症(ALS)の原因の一つと考えられているC9orf72遺伝子由来の異常伸長リピートRNAは、RNAエクソソームにより分解されることが明らかに。
  • 異常伸長リピートRNAから産生されるリピートタンパク質がRNAエクソソームの活性を押さえ込むため、結果として異常伸長リピートRNAの蓄積が加速する。
  • C9orf72リピート伸長変異に関連する前頭側頭葉変性症・筋萎縮性側索硬化症の病態解明に寄与。

概要

大阪大学 大学院医学系研究科 精神医学の森康治 助教、河邉有哉 医師(当時 博士課程)、池田学 教授らの研究グループは、前頭側頭葉変性症1や筋萎縮性側索硬化症2という難病を引き起こすC9orf72リピート延長変異をもつ患者さんの細胞で、異常に伸長したリピートRNARNAエクソソーム3により分解されていることを明らかにしました。

これまで、C9orf72遺伝子の異常伸長リピート配列は病気の原因となることが知られていましたが、異常伸長リピートRNAが細胞内でどのように分解されているのかは明らかでありませんでした。

今回、森 助教らのグループは疾患モデル細胞での実験により、異常に伸長したC9orf72リピート変異遺伝子の非翻訳領域から作られるリピートRNAが、RNAエクソソームにより分解されていることを明らかにしました。さらに分解を免れた非翻訳領域由来のリピートRNAから生じるジペプチド・リピート・タンパク質※4が、RNAエクソソームの活性を阻害して異常伸長リピートRNAの分解を阻害し、その結果、より多くの異常伸長リピートRNAが細胞内に蓄積してしまうことも明らかになりました。

本研究の結果は、C9orf72リピート伸長変異に関連する前頭側頭葉変性症・筋萎縮性側索硬化症の病態解明に寄与することが期待されます。

本研究成果は、EMBO(欧州分子生物学機構)が出版する「The EMBO Journal」に、824日に公開されました。

 

    研究の背景

    遺伝子において同じ塩基配列が繰り返して続くものをリピート配列と呼びます。異常に伸長したリピートRNA配列は、スプライシング異常を誘導し、細胞核内で毒性を帯びたRNA凝集体 を形成して、しばしば病気の原因となります。今回注目したC9orf72chromosome 9 open reading frame 72)遺伝子の異常伸長リピート配列は前頭側頭葉変性症と筋萎縮性側索硬化症という2つの難病を引き起こします。患者さん由来のC9orf72変異細胞では、異常伸長リピートRNAが蓄積していることがわかっていましたが、細胞内で異常伸長リピートRNAがどのように分解されるかは明らかでありませんでした。

    本研究の成果

    今回、森 助教らの研究グループは、疾患モデル細胞を用いて、C9orf72遺伝子の非タンパク翻訳領域に由来する異常伸長リピートRNARNAエクソソームにより分解されていることを明らかにしました。異常伸長リピートRNAやリピートRNAから、開始コドン非依存性の翻訳(RAN翻訳5)を受けて生じる、ジペプチド・リピート・タンパク質(DPR)は、本遺伝子変異による前頭側頭葉変性症および筋萎縮性側索硬化症の病態に強く関与していると考えられています。

    さらに、研究グループは、ジペプチド・リピート・タンパク質が、RNAエクソソームの活性を阻害して異常伸長リピートRNAの分解を抑制し、その結果、より多くの異常伸長リピートRNAが細胞内に蓄積することも明らかにしました。

    本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

    本研究成果がC9orf72リピート伸長変異に関連する前頭側頭葉変性症・筋萎縮性側索硬化症の病態解明に寄与するところは大きく、シークエンス技術の発展により近年続々と発見されている他のリピート配列関連疾患の病態解明への応用も期待されます。

    また、RNAエクソソームの異常は、橋小脳低形成と呼ばれる稀な新生児期の神経系疾患を引き起こすことが既に知られており、RNA分解系の異常は神経の発達や生存に重要な役割を果たしていると考えられます。

    本研究成果はすぐさま患者さんの診断や治療の役に立つ類のものではありませんが、複雑な疾患の病態を丁寧に明らかにして知見を集積していくことは、正しい治療標的の選定やバイオマーカーの開発の礎となります。

     

    研究者のコメント

    <河邉 有哉(かわべ ゆうや)医師>

    前頭側頭葉変性症(FTLD)と筋萎縮性側索硬化症(ALS)はいずれも治療方法が確立しておらず、さらにFTLDについては背景病理が多彩でその病態は明らかになっていません。C9orf72変異は世界的には家族性FTLD/ALSの中で最も頻度が高く、その病態を明らかにすることは非常に意義があります。今回の成果は基礎的なものですが、病態の根幹を成す重要な因子でもあります。この研究を礎として、今後さらに理解が進んでいくことを期待しています。

     

    用語説明

    1 前頭側頭葉変性症(指定難病127
    前頭側頭型認知症ともよばれる。前頭葉や側頭葉を中心とする神経変性により、人格変化、行動障害、言語障害などが緩徐に進行する神経変性疾患。
    https://www.nanbyou.or.jp/entry/4840

    2 筋萎縮性側索硬化症(指定難病2
    運動ニューロンの障害により手足、喉、舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がやせてしまい力がなくなっていく神経変性疾患。
    https://www.nanbyou.or.jp/entry/52

    3 RNAエクソソーム
    3’-5’エクソヌクレアーゼ活性をもつRNA分解酵素複合体。細胞内RNAの品質管理に関与している。細胞外分泌小胞としてのエクソソームとは異なる。

    4 ジペプチド・リピート・タンパク質DPR; dipeptide repeat protein
    ジペプチドの繰り返しモチーフをもつRAN翻訳産物。C9orf72リピート伸長変異など6塩基リピートのRAN翻訳により産生され、強い細胞毒性をもつと考えられている。森助教らにより2013年に発見された。

    5 RAN翻訳
    リピート関連開始コドン非依存性翻訳(repeat associated non-ATG translation)のこと。通常のタンパク質翻訳開始に必要な開始コドンの非存在下にリピート領域の翻訳が生じ、リピートモチーフをもつタンパク質が産生される。

     

    特記事項

    本研究成果は、2020年82419時(日本時間)にEMBO(欧州分子生物学機構)が出版する国際科学誌「The EMBO Journal」(オンライン)に掲載されました。

    【タイトル】 “The RNA exosome complex degrades expanded hexanucleotide repeat RNA in C9orf72 FTLD/ALS

    【著者名】河邉有哉,  森康治(責任著者), 山下智子, 後藤志帆, 池田学

    【所属】 大阪大学 大学院医学系研究科 精神医学
    https://www.embopress.org/doi/10.15252/embj.2019102700

    本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、武田科学振興財団 先進医薬振興財団 持田記念医学薬学振興財団の支援を受けて行われました。

    参考URL
    http://www2.med.osaka-u.ac.jp/psy/
    https://researchmap.jp/kmori_psy/