2020年

  • トップ
  • >
  • 研究活動
  • >
  • 主要研究成果
  • >
  • 2020年
  • >
  • 鐘 其静、奥野 龍禎、望月 秀樹 ≪神経内科学≫ 細胞内の不良ミトコンドリアを処理する新たな機構を解明 ~遺伝性パーキンソン病の治療法開発に期待~

鐘 其静、奥野 龍禎、望月 秀樹 ≪神経内科学≫ 細胞内の不良ミトコンドリアを処理する新たな機構を解明 ~遺伝性パーキンソン病の治療法開発に期待~

2020年11月30日
掲載誌  Autophagy

図1:ミトコンドリア放出現象
機能不全ミトコンドリアはオートファジーを介したミトコンドリアの選択的分解機構(ミトファジー)によって分解される。遺伝性PDの一部では、ミトファジーに関連するタンパク質の異常により、分解が起きにくいため、このような遺伝性PDでは、細胞外放出によって処理される。
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • パーキンソン病において、機能不全に陥ったミトコンドリア1を処理する新たな機構として、機能不全ミトコンドリアを細胞外へ放出し処理をする、ミトコンドリア放出現象を発見した。
  • 一部の遺伝性パーキンソン病では、細胞の中で機能不全に陥ったミトコンドリアの分解が起きにくいことが知られており、分解を受けずに残ってしまった機能不全ミトコンドリアがどのように処理されているのかは不明であった。
  • ミトコンドリアを介したパーキンソン病発症機構の解明が進み、ミトコンドリア放出現象に関連した新たなバイオマーカーや治療法開発につながることが期待される。

概要

大阪大学 大学院医学系研究科 Chi Jing Choong(チュン チジン)特任研究員、奥野龍禎 助教、望月秀樹 教授(神経内科学)の研究グループは、パーキンソン病(PD)において機能不全に陥ったミトコンドリアを処理する新たな機構として、ミトコンドリア放出現象を見いだしました。

PDは、全身のふるえ(振戦)、動作の遅さ(動作緩慢)、筋肉の硬さが出現する神経疾患です。遺伝性PDの一部では細胞内でミトコンドリアを分解するミトファジー2に関連したタンパク質の異常が報告されており、機能不全に陥ったミトコンドリアの分解が起きにくいことが分かっていました。しかしながら、細胞の中で分解を受けずに神経細胞に残ってしまった機能不全ミトコンドリアがどのように処理されているかは不明でした。

今回、研究グループは品質の悪化したミトコンドリアが細胞外に放出されることにより処理されていることを発見しました(図1)。遺伝性PDの発症に関わるタンパク質の一つであるParkin(パーキン)3は機能不全ミトコンドリアを細胞内で分解する働きがあります。Parkinに異常があり、ミトコンドリアが分解できない患者さんの細胞からはミトコンドリアの放出が顕著に増加しており、また、脳脊髄液ではミトコンドリア関連タンパク質が増加していることを明らかにしました。今回の成果により、PDを始めとする神経変性疾患のミトコンドリアを介した発症機構の理解が進み、それを基にした新たなバイオマーカーや治療法の開発が行われることが期待されます。 

本研究成果は20201120日に、米国の学術雑誌「Autophagy」オンライン版に掲載されました。

    研究の背景

    パーキンソン病(PD)はドパミン神経の変性をきたす進行性の神経難病の一つでアルツハイマー病に次いで2番目に多く、本邦では1520万人の患者が存在していますが、その患者数は増加の一途を辿っています。症状としては、全身のふるえ(振戦)、動作の遅さ(動作緩慢)、筋肉の硬さが出現し、進行性の運動障害に苦しめられます。これは、脳の中脳黒質という部分の神経細胞が作る、神経伝達物質であるドパミンが脳の中で不足することにより引き起こされます。PDの治療については、ドパミンを補充するなどの対症療法は存在しますが、発症を予防したり、進行を抑えることができる根本的な治療法はいまだなく、発症機構の解明が望まれています。

    PDには、非遺伝性のPDと遺伝性のPDがあり、非遺伝性PDの黒質ではミトコンドリア障害が認められる一方で、遺伝性PDの一部ではミトコンドリアを分解するミトファジーに関連したタンパク質の異常が報告されており、ミトコンドリアはPDの病態に深く関わっていることが知られていました。ミトコンドリアは、細胞内のエネルギー産生を担いますが、それ以外にも酸化ストレスやカルシウム調節、細胞死の制御、糖・脂肪酸・アミノ酸の各種代謝にも関連しており、細胞の恒常性維持にとても重要です。機能不全に陥ったミトコンドリアは速やかにミトファジーで分解しないと活性酸素などの増加をきたし細胞障害の原因となってしまいます。Parkinに変異がありミトファジーが起きにくい患者さんでは、機能不全ミトコンドリアが神経細胞内に増えることが予測されますが、分解を受け損ねたミトコンドリアの行方はこれまで不明でした。

    本研究の成果

    本研究グループはまず、培養神経細胞を用いて、ミトコンドリアを蛍光で標識し、ライブイメージングを行いました。その結果、細胞からミトコンドリアが放出されていることを見いだしました(図2)。驚くべきことに放出されたミトコンドリアの多くは膜に覆われずミトコンドリアそのものが放出されていました。このミトコンドリア放出現象はミトコンドリア呼吸鎖の阻害剤や脱共役剤で増加することから、ミトコンドリア障害に伴ってミトコンドリアの品質を保つために起きていることが推定されました。

    通常、品質の悪化したミトコンドリアはミトファジーで分解されます。そこで、ミトファジーを促進するためにParkin遺伝子を細胞に強制発現したところ、ミトコンドリアの放出は減少し、逆に、ミトファジーが起きないようにノックダウンすると、増加しました。また、Parkinだけでなく、ミトファジーの鍵分子であるBNIP3(BCL2/adenovirus E1B 19 kDa protein-interacting protein 3)を強制発現し、ミトファジーを促進したところ、ミトコンドリアの放出は減少することがわかりました。一方で、オートファジーの鍵分子であるATG(Autophagy related gene)の欠損によりミトファジーが起きない細胞ではミトコンドリアの放出が増加していました。このミトコンドリア放出現象はParkin遺伝子に変異のある患者さんの線維芽細胞でも観察されたため、実際にヒトの体内で起きていることが強く示唆されます。また、脳内で起きたミトコンドリア放出現象の程度を患者さんで測定したところ、Parkin遺伝子に変異のある患者さんの脳脊髄液ではミトコンドリア関連タンパク質が顕著に増加していました(図3)。

    以上の結果から、ヒトの脳の細胞内でミトファジーが起きず、細胞内に品質の悪化したミトコンドリアが増えると細胞の外に放出することにより、細胞の環境を保っている可能性が示唆されました。

     

    図2:細胞から放出されたミトコンドリアのイメージング
    (a) 共焦点顕微鏡によるライブイメージング(赤:標識されたミトコンドリア、矢印:放出されたミトコンドリア)
    (b) 電子顕微鏡像(矢印:放出されたミトコンドリア) 。
    マウス大脳皮質神経細胞でTDP-43を減少させると軸索の伸長が障害されたが、その際4種類の異なるリボソームタンパク質(Rp)mRNAを個別に過剰発現させるとそのうちの3種類(*印のあるもの)で有意に軸索の伸長が改善した。
    クリックで拡大表示します

    図3:脳脊髄液中のミトコンドリアタンパク質レベル
    Parkin遺伝子に変異のある患者さん(PARK2)の髄液中でミトコンドリアタンパク質(Tom40)が著増する

    クリックで拡大表示します

    本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

    これまで、PDとミトコンドリアの関連が示唆されていましたが、本研究により、PDと新たなミトコンドリア品質管理メカニズムであるミトコンドリア放出現象との関連が示唆されると共に、その程度を遺伝性PD患者さんで測定することに成功しました。脳脊髄液におけるミトコンドリア成分の変化は早期の非遺伝性PDやアルツハイマー病でも報告されており、今後これらの神経変性疾患におけるミトコンドリア放出現象に基づくバイオマーカーや治療法の開発につながることが期待されます。

    用語説明

    ※1 ミトコンドリア
    酸化的リン酸化を介して生体内の主要なエネルギー産生を行う細胞内小器官。アポトーシスにおいても重要な役割を果たす。

    ※2 ミトファジー
    オートファジーを介した、ミトコンドリアの選択的分解機構。機能不全に陥ったミトコンドリアを速やかに分解・除去し、細胞内の恒常性を保つ。

    ※3  Parkin(パーキン)
    パーキンソン病の約10%を占める遺伝性パーキンソン病の一つに、Parkin遺伝子の変異により発症するPARK2が存在する。Parkinはミトコンドリアのオートファジーによる分解(ミトファジー)で鍵となる役割を果たす。

    特記事項

    本研究成果は、2020年1120日に米国科学誌「Autophagy」(オンライン)に掲載されました。

    【タイトル】Alternative mitochondrial quality control mediated by extracellular release
    【著者名】 Chi-Jing Choong 1, Tatsusada Okuno 1, Kensuke Ikenaka 1, Kousuke Baba 1, Hideki Hayakawa 1, Masato Koike 2, Mutsumi Yokota 2, Junko Doi 1, Keita Kakuda 1, Toshihide Takeuchi 3, Akiko Kuma 4, Shuhei Nakamura 4, Yoshitaka Nagai 3, Seiichi Nagano 1, Tamotsu Yoshimori 4 and Hideki Mochizuki 1

    【所属】
    1. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学
    2. 順天堂大学 医学研究科 神経機能構造学講座 医学部 神経生物学・形態学講座
    3. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経難病認知症探索治療学
    4. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝学

    本研究結果は、日本学術振興会・科学研究費補助金、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)、新学術領域研究・学術研究支援基盤形成 「先端バイオイメージング支援プラットフォーム」(ABiS)、日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)などの支援を受けて行われました。

     

    本件に関して、吹田キャンパスおよびオンラインにて記者発表を行いました。

    【報道について】
    11月30日にテレビ大阪、日刊工業新聞、12月31日毎日新聞(朝刊11面)にて報道されました。