2020年

  • トップ
  • >
  • 研究活動
  • >
  • 主要研究成果
  • >
  • 2020年
  • >
  • 串岡 純一、海渡 貴司 ≪整形外科学≫ 骨形成タンパク質の新たな制御機構を解明 ~より安全・効率的な骨再生治療へ向けて~

串岡 純一、海渡 貴司 ≪整形外科学≫ 骨形成タンパク質の新たな制御機構を解明 ~より安全・効率的な骨再生治療へ向けて~

2020年12月15日
掲載誌  Bone Research

図1: Smurf2欠損状態では、骨形成タンパク質(BMP)経路が亢進して骨形成関連遺伝子の発現が上昇する
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 骨形成促進薬として臨床応用されている骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Proteins: BMP)1Smadユビキチン化制御因子2Smurf2)により骨誘導能を抑制されていることを明らかにした。
  • 骨再生を誘導するには高濃度のBMPが必要であるため、投与箇所の炎症反応や目的としていない箇所にも骨が出来てしまう異所性骨化などの副作用が報告されており、適用拡大の妨げとなっていた。
  • Smurf2によるBMPの制御機構を解明したことにより、低用量のBMPで安全かつ効率的に骨形成が制御できるような骨再生治療への応用が期待される。

概要

大阪大学医学部附属病院の串岡純一医員、大阪大学大学院医学系研究科の海渡貴司講師(整形外科学)らの研究グループは、愛媛大学大学院医学系研究科今村健志教授らと共同研究で、骨形成タンパク質(BMP)の新たな制御機構を明らかにしました。

BMPは優れた骨誘導能を持ち、既に欧米では骨形成促進薬として脊椎固定術や難治性骨折に対して臨床応用され、優れた骨再生・骨癒合促進作用が報告されています。しかし、良好な骨再生を得るための高濃度のBMP使用によって、投与箇所の炎症反応や目的としていない箇所にも骨が出来てしまう異所性骨化などの副作用も報告されています。

安全に使用するため、低用量のBMPでシグナルを効率的に伝える方法が模索されており、そのためには、BMP経路がどのようにコントロールされているのかを明らかにする必要がありました。

骨形成を誘導する主要なシグナル伝達経路として、BMPを介したシグナル経路と、トランスフォーミング増殖因子-β(Transforming Growth Factor-β:TGF-β)2を介した2つの経路が知られています。今回、研究グループは、TGF-βを介した骨形成シグナル伝達経路で機能していると考えられていた、Smadユビキチン化制御因子2Smurf2:スマーフ2)のBMP経路における役割を解析しました。その結果、BMPのシグナル伝達がSmurf2により抑制されていることを明らかにしました(図1)。

Smurf2によるBMPの負の制御機構を明らかにした今回の成果により、BMPをより安全・効率的に制御し、難治性骨折・脊椎固定術・巨大骨欠損を伴う骨腫瘍等への骨再生治療への応用が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Bone Research」に、1123日に公開されました。

 

    研究の背景

    骨の石灰化にかかわる骨芽細胞の分化を誘導するシグナル伝達経路として、TGF-βを介した経路と骨形成タンパク質(BMP)の経路が知られています。TGF-β及びBMPはそれぞれの受容体に結合すると、細胞内でSmad3というタンパク質を介してシグナル伝達を行い、骨形成関連遺伝子発現を誘導します。シグナル伝達が過剰になると、細胞内に過剰発現したタンパク質はユビキチン化4により分解を受けて過剰なシグナル伝達が抑制されます。これまでSmadユビキチン化制御因子2Smurf2)はSmadのサブタイプであるSmad2/3をユビキチン化することによりTGF-β経路を制御すると考えられていましたが、BMPの制御における役割については解明されていませんでした。

    本研究の成果

    研究グループはSmurf2欠損状態でBMPを用いて骨形成を誘導することにより、Smurf2BMPの制御について検討しました。Smurf2欠損マウスに骨形成タンパク質(BMP)を含侵したコラーゲンスポンジを背部に移植して異所性骨を誘導すると、Smurf2欠損状態では異所性骨量が大きく、骨形成速度が速くなることを解明しました。また、Smurf2欠損状態では骨芽細胞数が増加しており、移植コラーゲンスポンジの内部まで骨形成が認められました(図2)。これはSmurf2BMPの作用を抑制していることを示します。

    同様にSmurf2欠損細胞にBMPを添加培養すると骨分化能が亢進しました。さらにSmurf2Smad1/5をユビキチン化しており、Smurf2欠損細胞にBMPを添加培養するとBMPの細胞内シグナル伝達を司るリン酸化Smad1/5/8発現が上昇していました。逆にSmad1/5/8を阻害するとBMPを添加培養したSmurf2欠損細胞の骨分化能は低下しました。

    以上により、Smurf2BMPの細胞内Smad経路を負に制御することによりBMPによる骨誘導能を負に制御することが明らかになりました。

    図2: Smurf2欠損状態では骨形成タンパク(BMP)誘導異所性骨量が大きく、内部まで骨形成が認められた
    クリックで拡大表示します

    本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

    本研究成果により、Smurf2によるBMPの負の制御機構を明らかにしたことで、骨形成タンパク質(BMP)の効果をより安全・効率的に制御することが期待されます。それによりBMPを臨床使用する際に問題となっている投与箇所の炎症反応や目的外の箇所に骨が出来る異所性骨化などの副作用を抑制し、難治性骨折・脊椎固定術・巨大骨欠損を伴う骨腫瘍等へのより安全な骨再生治療への応用が期待されます。

      研究者のコメント

      (海渡 講師 整形外科学) 

      BMPは欧米では骨再生に臨床使用されていますが、ヒトでは骨形成に高用量が必要であるため、それに伴う炎症反応に関連した合併症が幅広い適用拡大を妨げています。本研究成果により、BMPシグナルを適切に制御することにより、低用量のBMPによる効率的な骨再生治療法の確立につながる可能性が示されました。外傷や脊椎疾患など骨再生治療を受けられる幅広い患者さんの治療に貢献することが期待されます。

      用語説明

      ※1  骨形成タンパク質 (Bone Morphogenetic Proteins: BMP)
      TGF-βスーパーファミリーに属する分泌型シグナル伝達分子。もともと軟骨組織や骨形成の制御因子として発見され、胚形成や組織・器官の形態形成において様々な働きを持つ。

      ※2 トランスフォーミング増殖因子-β(Transforming Growth Factor-β:TGF-β)
      TGF-βスーパーファミリーの構成因子。TGF-βスーパーファミリーは、大きく分けてTGF-βファミリー、アクチビンファミリー、BMPファミリーの3つの異なるサブファミリーに分類される。細胞増殖、細胞分化、組織発生、炎症・免疫、癌化などの幅広い領域において重要な役割をもつ。

      ※3  Smad
      TGF-βスーパーファミリーにおける細胞内シグナル伝達分子。特異的なシグナルを伝えるR-Smadreceptor-regulated Smad)、共通に用いられR-Smadと複合体を作るCo-Smadcommon-mediator Smad)、シグナル伝達Smadに抑制的に作用するinhibitory SmadI-Smad)の3種類が報告されている。R-SmadはさらにTGF-β経路に関わるSmad2/3BMP経路に関わるSmad1/5/82つに大別される。

      ※4  ユビキチン化
      タンパク質修飾の一種で、ユビキチンリガーゼなどの働きによりユビキチンタンパク質が基質タンパク質に付加される。ポリユビキチン修飾されたタンパク質はプロテアソームにより認識されタンパク質分解を受ける。近年ユビキチン修飾がタンパク質分解以外にも様々な生命現象に関わることが明らかとなってきている。

      特記事項

      本研究成果は、2020年1123日に英国科学誌「Bone Research」(オンライン)に掲載されました。

      【タイトル】 “A novel negative regulatory mechanism of Smurf2 in BMP/Smad signaling in bone

      【著者名】Junichi Kushioka1, Takashi Kaito1, Rintaro Okada1, Hiroyuki Ishiguro1, Zeynep Bal1, Joe Kodama1, Ryota Chijimatsu2, Melanie Pye3, Masahiro Narimatsu3, Jeffrey L. Wrana3, Yasumichi Inoue4, Hiroko Ninomiya5, Shin Yamamoto6, Takashi Saitou5, 7, Hideki Yoshikawa1 and Takeshi Imamura5, 7 責任著者)

      【所属】
      1. 大阪大学 大学院医学系研究科 整形外科学
      2. 東京大学 大学院医学系研究科 軟骨・骨再生医療寄付講座
      3. マウントサイナイ病院(アメリカ)Centre for Systems Biology, Lunenfeld-Tanenbaum Research Institute,
      4. 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 細胞情報学
      5. 愛媛大学 大学院医学系研究科 分子病態医学
      6. 愛媛大学 大学院医学系研究科 消化器・内分泌・代謝内科学
      7. 愛媛大学 医学部附属病院 先端医療創生センター

      本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究の一環として行われました。