西出 真之、水野 裕美子、熊ノ郷 淳≪呼吸器・免疫内科学≫
松下 浩明、西村 桂、楢﨑 雅司≪先端免疫臨床応用学≫ 好中球の暴走を制御せよ!~難病血管炎の腎臓障害、その「はじまり」を可視化~
2026年10月19日
掲載誌 Journal of Experimental Medicine
図:傷ついた腎臓の細胞の周りに好中球が集まる「病気のはじまりの場」
傷ついた腎臓の細胞(黄)の周囲に好中球(ピンク)が集まっている様子。研究グループは、このような細胞の集まりを「好中球―上皮細胞ニッチ」と名付け、腎障害が広がる起点の一つと考えた。
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研究成果のポイント
- 指定難病「ANCA関連血管炎」では近年、治療選択肢が広がる一方、より有効で安全な治療への期待も高く、病気の仕組みそのものを制御する新たな治療法が求められている。
- 今回、ANCA関連血管炎患者の腎臓を、空間トランスクリプトーム解析で解析することで免疫細胞が集まり始めている「病気のはじまりの場」を発見。
- 傷ついた腎臓の細胞が、周囲に助けを呼ぶ信号を出し、引き寄せられた好中球などの免疫細胞が集まることで、炎症が広がっていく仕組みを明らかに。
- ヒトの血管炎による腎障害を再現する独自のマウスモデルの開発にも成功し、好中球が暴走する仕組みに着目し、Fcガンマ受容体の刺激が入りにくくするよう工夫した抗体を用いることで、マウスの腎障害を抑えることに成功。
- 難病血管炎の「病気のはじまり」を狙って食い止める、新たな治療法につながる可能性に期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の西出真之講師(呼吸器・免疫内科学)、松下浩明研究員(先端免疫臨床応用学共同研究講座)、水野裕美子特任助教(常勤)(呼吸器・免疫内科学)、西村桂研究員、楢﨑雅司特任教授(常勤)(先端免疫臨床応用学共同研究講座)、熊ノ郷淳総長らの研究グループは、厚生労働省の指定難病であるANCA(アンカ/抗好中球細胞質抗体)関連血管炎※1に伴う腎障害が、腎臓のどこで始まり、どのように進行するのかを明らかにしました。
ANCA関連血管炎では、自己抗体によって好中球が過剰に活性化し、腎臓の糸球体※2などを傷つけることが知られています。しかし、腎臓のどこで炎症が始まり、周囲の細胞を巻き込みながら腎障害が進んでいくのかは、十分に分かっていませんでした。
今回、研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科 腎臓内科学講座、泌尿器科学講座との共同研究体制で、新たに診断され、まだ治療を受けていないMPO※3-ANCA陽性MPA患者8人と健常腎提供者4人の腎組織を、細胞一つひとつの位置と働きを調べる空間トランスクリプトーム解析※4で詳しく解析しました。その結果、通常の病理検査ではまだ正常に見える糸球体の周囲でも、すでに尿細管の細胞が傷つき、好中球やリンパ球が集まり始めていることを発見しました。傷ついた尿細管細胞は免疫細胞を呼び寄せる物質を作り、好中球と隣り合う「好中球―上皮細胞ニッチ※5」を形成していました。そして、病気が進むと炎症は糸球体の中へ広がり、さらに線維化に関わる細胞が増えていくことも分かりました。
さらに、患者の血清中の自己抗体を詳しく調べると、MPOの複数の場所を認識する自己抗体を持つ患者では、病気の活動性が高い傾向がみられました。この結果を踏まえ、研究グループは、MPOの異なる場所を認識する3種類の抗体を作製して組み合わせ、マウスに投与しました。その結果、ヒトのANCA関連腎炎によく似た重い腎炎をマウスで再現することに成功しました。このマウスの腎臓でも、患者さんとよく似た「好中球―上皮細胞ニッチ」が確認されました。
また、MPOには結合する一方で、好中球Fcガンマ受容体※6を強く刺激しないよう設計した「片腕型」抗MPO抗体※7を用いると、好中球の活性化とマウスの腎障害を抑えることができました。これは、免疫全体を広く抑えるのではなく、自己抗体による好中球の「暴走」を狙って抑える新たな治療法につながる可能性を示す成果です。
本研究成果は、科学誌「Journal of Experimental Medicine」に10月19日(月)23時(日本時間)に公開されます。
研究者のコメント
<西出真之講師(呼吸器・免疫内科学)のコメント>
患者さんの腎生検組織はごく小さな標本ですが、1細胞ごとの情報と位置を保ったまま解析することで、病態の順序を推測することができました。さらに今回、独自の動物モデルを樹立し、マウスの腎臓でも同じ現象を確認できました。今回の成果を、血管炎患者さんの腎臓が不可逆的に傷む前に病態を止める治療につなげたいと考えています。
研究の背景
ANCA関連血管炎は、自己抗体であるANCAによって好中球が過剰に活性化し、全身の細い血管に炎症を起こす指定難病です。代表的な病型である顕微鏡的多発血管炎(MPA)では、特に腎臓が障害されやすく、短期間で腎機能が低下することがあります。
近年、ANCA関連血管炎の治療選択肢は広がっていますが、より有効で安全な治療への期待も高まっています。こうした中、免疫全体を広く抑えるのではなく、病気を引き起こす仕組みをより選択的に制御する新たな治療法が求められています。
MPAでは、好中球に含まれるMPOというタンパク質に対する自己抗体「MPO-ANCA」が病気に関わることが知られています。しかし、自己抗体がどのように腎臓の中で炎症を始め、どのように重い腎障害へ進んでいくのかは十分に分かっていませんでした。そこで本研究では、患者さんの腎組織を細胞一つひとつの位置まで調べる空間解析と、独自の動物モデルを組み合わせて、病気の「はじまり」を調べました。
研究の内容
1.患者さんの腎臓を「細胞地図」にして、病気のはじまりを発見
治療前のMPA患者8人と健常腎提供者4人の腎組織を、空間トランスクリプトーム解析によって調べました。約41万個の細胞を解析した結果、患者さんの腎臓では、傷ついた尿細管細胞や好中球、リンパ球などの免疫細胞が特定の場所に集まっていることが分かりました。さらに詳しく調べると、通常の病理検査ではまだ正常に見える糸球体の周囲でも、すでに尿細管細胞の傷害と免疫細胞の集積が始まっていました。 病変が進むにつれて炎症が糸球体内部へ広がり、最終的に線維化に関わる細胞が増加する流れも明らかになりました。
2.傷ついた腎臓の細胞が、免疫細胞を呼び寄せていた
傷ついた尿細管細胞では、CXCL6やCXCL16など、免疫細胞を呼び寄せる物質が増えていました。その周囲には、好中球やT細胞、B細胞などが集まっていました。特に好中球は、自己抗体の刺激に反応しやすい特徴を持っていました。 この結果から、傷ついた腎臓の細胞が「呼び水」となって好中球を集め、炎症をさらに強める「好中球―上皮細胞ニッチ」が形成されると考えられました。
3.ヒトの腎炎を再現する独自のマウスモデルを開発
次に患者さんの自己抗体を調べると、MPOの複数の場所を認識する自己抗体を持つ患者さんでは、病気の活動性が高い傾向がみられました。そこで、MPOの異なる場所を認識する複数の抗体を作製してマウスに投与したところ、好中球が強く活性化し、ヒトのANCA関連腎炎によく似た重い糸球体腎炎を再現することに成功しました。さらに、このマウスの腎臓でも、患者さんと同じような「好中球―上皮細胞ニッチ」が確認されました。
4.好中球の「暴走」を抑える新たな治療の考え方
研究グループはさらに、MPOには結合するものの、好中球を強く刺激しないよう工夫した「片腕型」抗体を作製しました。この抗体を用いると、好中球の活性化が抑えられ、マウスの腎障害や糸球体の炎症も軽減しました。自己抗体による好中球の「暴走」だけを狙って抑えることが、新しい治療戦略になる可能性が示されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
これまでANCA関連血管炎による腎炎は、すでに炎症や組織破壊が起こった後の病理像を中心に研究されてきました。本研究では、最新の空間解析によって、病理上はまだ正常に見える段階から、腎臓の細胞と好中球が集まる「病気のはじまりの場」が形成されていることを明らかにしました。さらに、この病態を再現する独自のマウスモデルを開発し、好中球の過剰な活性化を抑えることで腎障害を軽減できることも示しました。今後、腎臓が大きく傷つく前に病気を見つけ、「はじまり」の段階で治療する新しい診断法・治療法の開発につながることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、科学誌「Journal of Experimental Medicine」に10月19日(月)23時(日本時間)に公開されます。
【タイトル】
“Epitope-diverse autoantibodies induce neutrophil–epithelial niches driving kidney injury in ANCA-associated glomerulonephritis”
【著者名】(*:同等貢献)
Masayuki Nishide¹˒²˒³*, Hiroaki Matsushita³˒⁴˒⁵*, Yumiko Mizuno¹˒²˒⁵*, Kei Nishimura³˒⁴˒⁵*, Patrick M Lelliott⁶, Shoji Kawada¹˒²˒³, Takashi Fujii⁴, Shogo Kamikawaji⁴, Tatsuya Nonaka⁴, Daisuke Motooka⁷, Shoichi Metsugi³˒⁴˒⁵, Hiroshi Shimagami¹˒²˒³, Atsuko Tsujii Miyamoto¹˒²˒³, Yasuhiro Kato¹˒²˒³, Kohei Tsujimoto¹˒²˒³, Ryuya Edahiro¹˒⁸˒⁹, Yuya Shirai¹˒⁸, Yuji Yamamoto¹˒⁸, Yujiro Naito¹˒², Hachiro Konaka¹˒², Mayuko Izumi¹˒²˒³˒¹⁰, Maiko Naito¹˒², Yoshimitsu Nakanishi¹˒²˒³˒¹⁰, Tomoko Namba-Hamano¹¹, Kazunori Inoue¹¹, Atsushi Takahashi¹¹, Masayuki Mizui¹¹, Shigeaki Nakazawa¹², Yoichi Kakuta¹², Kenji Funakoshi¹³, Makoto Terada¹³, Machiko Irie⁴, Takuya Torizawa⁴, Ryusuke Omiya⁴˒⁵, Nicolas I Smith⁶˒¹⁰, Yoshitaka Isaka¹¹, Norio Nonomura¹², Yukinori Okada⁸˒⁹˒¹⁰˒¹⁴˒¹⁵˒¹⁶, Kunihiro Hattori⁴˒⁵, Masashi Narazaki¹˒²˒³, Atsushi Kumanogoh¹˒²˒¹⁰˒¹⁶˒¹⁷˒¹⁸
所属
1) Department of Respiratory Medicine and Clinical Immunology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
2) Department of Immunopathology, World Premier International Research Center Initiative (WPI), Immunology Frontier Research Center (IFReC), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
3) Department of Advanced Clinical and Translational Immunology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
4) Research Division, Chugai Pharmaceutical Co., Ltd., Gotemba, Shizuoka, Japan.
5) Joint Research Chair of Innovative Drug Discovery in Immunology, World Premier International Research Center Initiative (WPI), Immunology Frontier Research Center (IFReC), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
6) Biophotonics Laboratory, World Premier International Research Center Initiative (WPI), Immunology Frontier Research Center (IFReC), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
7) NGS Core Facility, Bioinformatics Center, Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
8) Department of Statistical Genetics, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
9) Laboratory for Systems Genetics, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences, Yokohama, Japan.
10) Integrated Frontier Research for Medical Science Division, Institute for Open and Transdisciplinary Research Initiatives (OTRI), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
11) Department of Nephrology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
12) Department of Urology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
13) Itami City Hospital, Itami, Hyogo, Japan.
14) Department of Statistical Immunology, World Premier International Research Center Initiative (WPI), Immunology Frontier Research Center (IFReC), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
15) Department of Genome Informatics, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo, Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan.
16) Japan Agency for Medical Research and Development – Core Research for Evolutional Science and Technology (AMED–CREST), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
17) Center for Infectious Diseases for Education and Research (CiDER), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
18) Center for Advanced Modalities and DDS (CAMaD), The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
DOI:https://doi.org/10.1084/jem.20260506
本研究は、日本学術振興会科研費、宇部学術振興財団、武田科学振興財団、科学技術振興機構(JST)、ムーンショットR&D、日本医療研究開発機構-革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」、日本医療研究開発機構-革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「元気につながる生命現象の解明と制御」の一環として行われました。また、大阪大学マスタープラン実現加速事業、同大学院医学系研究科バイオインフォマティクス・イニシアティブ、学際融合研究推進機構(OTRI)、感染症総合教育研究拠点(CiDER)、先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター(CAMaD)、RIKEN TRIP initiativeなどの支援を受けました。また、本研究内容は中外製薬株式会社との共同研究講座である大阪大学医学系研究科先端免疫臨床応用学共同研究講座との共同研究成果であり、遂行にあたり同社から研究資金の提供を受けています。
用語説明
※1 ANCA(アンカ/抗好中球細胞質抗体)関連血管炎
好中球の細胞内成分に対する自己抗体であるANCAが関わり、全身の細い血管に炎症を起こす自己免疫疾患。顕微鏡的多発血管炎(MPA)はその代表的な病型で、本邦の指定難病。MPAではMPOというタンパク質に対するMPO-ANCAが検出されることが多く、腎臓や肺、末梢神経などに障害を生じる疾患。
※2 糸球体
腎臓の中で血液をろ過し、尿のもとをつくる毛細血管の集まり。ANCA関連血管炎ではこの糸球体に強い炎症が起こり、腎機能低下の原因となる重要な病変部位。
※3 MPO
ミエロペルオキシダーゼの略。好中球の中に多く含まれる酵素で、細菌などを攻撃するための活性酸素の産生に関わるタンパク質。MPAではMPOを標的とする自己抗体「MPO-ANCA」が多く認められ、好中球を過剰に活性化して炎症を引き起こす。
※4 空間トランスクリプトーム解析
組織の中で細胞が「どこにあるか」という位置情報を保ちながら、それぞれの細胞で働く遺伝子を解析する技術。本研究では、腎組織を1細胞レベルで解析し、傷ついた腎臓の細胞と免疫細胞の位置関係を可視化するために用いた手法。
※5 好中球―上皮細胞ニッチ
傷ついた尿細管上皮細胞の周囲に、好中球をはじめとする免疫細胞が集まって形成される局所的な細胞環境。本研究で見いだした、腎臓の細胞と免疫細胞が互いに影響しながら炎症を進める「病気のはじまりの場」。
※6 好中球Fcガンマ受容体
好中球の表面に存在し、Fcと呼ばれる抗体の一部を認識する受容体。複数の抗体によって強く刺激されると、好中球が活性化して活性酸素やNETなどを放出し、周囲の組織を傷つける。
※7 「片腕型」抗MPO抗体
通常の抗体が2つ持つ抗原結合部位を1つにした特殊な抗体。本研究では、MPOへの結合を保ちながら好中球のFcガンマ受容体を強く刺激しないよう設計し、自己抗体による好中球の過剰な活性化を抑えるために用いた抗体。
【参考URL】
西出真之 講師 (呼吸器・免疫内科学)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/6cfaf6f4c063e89c.html
楢﨑雅司 特任教授(常勤) (先端免疫臨床応用学共同研究講座)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/55ca1ee01bb8f983.html
熊ノ郷淳 総長 (呼吸器・免疫内科学)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/cf8a0b39aebc617f.html
本件に関して、2026年10月16日(金)に中之島センターとオンラインにて記者発表を行いました。

西出 真之 講師 記者発表の様子
