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  • 古宮 健至≪分子神経科学≫
    山下 俊英≪分子神経科学・創薬神経科学≫ 脳梗塞後の脳浮腫を悪化させる新たな仕組みを発見
    ~上衣細胞の繊毛は脳脊髄液の流入を抑える「門番」~

古宮 健至≪分子神経科学≫
山下 俊英≪分子神経科学・創薬神経科学≫ 脳梗塞後の脳浮腫を悪化させる新たな仕組みを発見
~上衣細胞の繊毛は脳脊髄液の流入を抑える「門番」~

2026年10月20日

掲載誌 Cell Press Blue

図1. 概要
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研究成果のポイント

  • 脳梗塞後30分以内に、脳室壁を覆う上衣細胞※1の運動性繊毛※2が急速に消失することを発見。
  • 繊毛の消失により、脳室から周囲の脳組織への脳脊髄液流入 (Transependymal influx※3)が増強し、脳浮腫を悪化させることを解明。
  • 薬剤によって繊毛の再生を促すと、Transependymal influxと脳浮腫が軽減し、脳梗塞病変と運動機能も改善。
  • 上衣細胞の運動性繊毛が、Transependymal influxを制限する“門番”として機能することを示し、新たな脳浮腫治療標的となる可能性を提示。

概要

 脳梗塞では、発症後に水分が脳組織へ貯まる脳浮腫が生じ、重症化すると命に関わることがあります。しかし、脳梗塞直後にどこから水分が脳組織へ流入するのかについて、十分には分かっていませんでした。

 大阪大学大学院医学系研究科の古宮健至 招へい教員(研究当時:分子神経科学 助教、現在:ハーバード大学医学部)、山下俊英 教授(分子神経科学・創薬神経科学/兼:生命機能研究科、免疫学フロンティア研究センター)らの研究グループは、脳梗塞モデルマウスを用いて、脳室から周囲の脳組織への脳脊髄液流入(Transependymal influx)が脳梗塞発症後早期に増強し、脳浮腫を引き起こすことを発見しました(図1)。

 Transependymal influxは上衣細胞の間隙を通る脳脊髄液の流入経路ですが、その増強の原因を探索する過程で、脳梗塞発症後30分以内に、上衣細胞の運動性繊毛が急速に消失することを同定しました。また、この上衣細胞の繊毛消失は、NMDAR2A(NMDA受容体2A)※4を介した細胞内カルシウム濃度上昇に伴うHDAC6(ヒストン脱アセチル化酵素6)※5の機能によって制御されることを突き止めました。さらにHDAC6阻害剤を脳梗塞後に投与して繊毛の再生を促すと、Transependymal influxと脳浮腫が軽減し、脳梗塞病変や運動機能が改善することが判明しました。

 これまで上衣細胞の運動性繊毛は、脳室壁に沿った方向の脳脊髄液の流れを生み出すことが知られていました。本研究結果では、脳室壁と直交する向きの脳脊髄液流入(Transependymal influx)を制限する“門番”としての機能も有することが示唆されました。さらにヒト上衣細胞にもNMDAR2Aが発現し、脳梗塞患者の死後脳組織でも上衣細胞の繊毛消失を確認しました。

 これらの結果は、マウスで見い出した機構がヒトの脳梗塞でも関与する可能性を示しており、脳浮腫に対する上衣細胞の繊毛を標的とした新規治療法開発に繋がることが期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「Cell Press Blue」に、10月20日(火)午前0時(日本時間)に公開されます。

研究の背景

 脳梗塞では、血流が途絶えた後、脳組織に水分が過剰に貯留する脳浮腫を生じます。重度の脳浮腫は命に関わることがありますが、発症直後にどこから水分が脳内へ流入するのか、その詳細な機序には未解明な部分が多く残されていました。

 近年、脳脊髄液が脳血管の周囲腔から脳組織内を灌流するグリンパティックシステム※6や、脳脊髄液の排出路としての硬膜リンパ管※7が注目されており、それらの異常が脳浮腫を含む様々な神経疾患の病態生理に関与することが相次いで報告されています。一方、グリンパティックシステムや硬膜リンパ管以外の脳脊髄液動態に着目した研究はこれまで乏しく、特に脳室から脳組織へ直接流入するTransependymal influxに焦点を当てた報告は、水頭症※8の文脈以外ではありませんでした。

研究の内容

 研究グループは、脳梗塞マウスモデルであるMCAO(中大脳動脈閉塞)※9を確立し、脳脊髄液に蛍光標識物質を注入することで、脳内での広がり方を調べました。その結果、脳梗塞直後にはグリンパティックシステムを経由する流入と硬膜への排出は低下する一方、脳室内から周囲の脳組織への脳脊髄液流入が増強することを発見しました(図2)。

図2. 脳梗塞後のTransependymal influx 増強
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 この増強の原因を探索する過程で、脳梗塞発症後30分以内に上衣細胞の運動性繊毛が消失することを同定しました(図3)。さらに薬剤による分子阻害実験に加え、上衣細胞に届きやすいウイルスベクター:アデノ随伴ウイルス(AAV)※10を用いて上衣細胞特異的な遺伝子ノックダウン実験を行い、NMDAR2Aを介したカルシウム濃度上昇とHDAC6が、脳梗塞後の繊毛消失とTransependymal influx増強を制御することを明らかにしました。

図3. 脳梗塞後の上衣細胞の繊毛消失
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 また脳梗塞後にHDAC6阻害剤を投与したところ、翌日以降に繊毛の再生が促され、Transependymal influxと脳浮腫が軽減し、脳梗塞病変と運動機能が改善することが判明しました(図4)。

図4. 上衣細胞の繊毛再生に伴う脳梗塞軽減
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 一方、繊毛再生によってグリンパティックシステムを経由する流入や硬膜への排出には明らかな変化が認められなかったため、Transependymal influxはグリンパティックシステムとは独立した機構で制御される可能性が示唆されました。また、ヒト上衣細胞にもNMDAR2Aが発現すること、脳梗塞患者の死後脳組織においても上衣細胞の繊毛が消失することを確認したため、マウスで得られた知見のヒト脳梗塞病態への橋渡しが期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究は、脳梗塞後の脳浮腫を「血管からの水分漏出」だけでなく、「脳室から脳組織への脳脊髄液流入」という新たな概念から捉えるものです。上衣細胞の運動性繊毛の維持・再生を促すことが、この流入経路を抑え、脳梗塞後の脳浮腫に対する新たな治療戦略となる可能性があります。さらに本研究を起点として、脳梗塞以外の様々な神経疾患における上衣細胞の繊毛及びTransependymal influxに着目する研究が増えることが予想されます。

特記事項

本研究成果は、2026年10月20日(火)午前0時(日本時間)に米国科学誌「Cell Press Blue」(オンライン)に掲載されます。

【タイトル】

”Rapid ependymal cilia loss drives transependymal CSF influx and brain edema after ischemic stroke”

【著者名】

Takeru Furumiya1,2,3†, Takahide Itokazu1,4, Toru Nakanishi1,4, Takumi Sakamoto1, Ayano Taguchi1, Ken Yasuda5, Nao Shibuya1, Ahmed KMA Ahmed1, Oluwaseun Fatoba1,2, Shigeyoshi Saito2,6,7,8, Takakuni Maki5, Timothy P Padera3, Abdellatif Abbaoui1,9, and Toshihide Yamashita1,2,4,10†(†責任著者)

所属:
1.大阪大学大学院医学系研究科 分子神経科学
2.大阪大学免疫学フロンティア研究センター (IFReC)
3.ハーバード大学医学部 マサチューセッツ総合病院 Edwin L. Steele Laboratories
4.大阪大学大学院医学系研究科 創薬神経科学
5.京都大学大学院医学研究科 臨床神経学
6.大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 生体物理工学
7.国立循環器病研究センター 先進医工学部門
8.大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点 (PRIMe)
9.モハメッド6世工科大学 Faculty of Medical Sciences
10.大阪大学大学院生命機能研究科

DOI:https://doi.org/10.1016/j.cpblue.2026.100147

なお、本研究はJSPS科研費(24K23435、26K19711、21H05049)の助成を受けて行われました。

用語説明

※1  上衣細胞
脳脊髄液で満たされた脳室を覆い、脳室壁を構成する細胞。脳脊髄液と脳組織の境界を成す。

※2 運動性繊毛
上衣細胞の表面にある細い毛のような多数の突起。規則的・同期的に動き、脳室内で脳室壁に沿った方
向の脳脊髄液の流れを生み出す。

※3 Transependymal influx
脳室内の脳脊髄液が上衣細胞の間隙を通り、周囲の脳組織へ流入する経路のこと。

※4 NMDAR2A(NMDA受容体2A)
神経伝達物質の一つであるグルタミン酸を受け取るNMDA受容体の構成要素。

※5 HDAC6(ヒストン脱アセチル化酵素6)
細胞内のタンパク質に付いたアセチル基を取り除く酵素の一つで、一次繊毛の分解に寄与する。

※6  グリンパティックシステム
脳脊髄液が血管の周囲腔を通って脳実質内を灌流する仕組み。脳内の老廃物の排出にも関わると考
えられている。

※7  硬膜リンパ管
脳を覆う髄膜の中で最外側の膜(硬膜)内にあるリンパ管。脳脊髄液を脳の外へ運ぶ排出路の一つ。

※8  水頭症
脳脊髄液の流れや吸収に異常が生じ、脳室に脳脊髄液が過剰にたまり、脳室が拡大する病態。

※9  MCAO(中大脳動脈閉塞)
脳の血管を一時的に塞ぐ操作により脳梗塞を再現する、最も一般的な動物モデル。

※10  アデノ随伴ウイルス(AAV)
遺伝子を細胞に届けるために研究で広く用いられるウイルスベクター。

 

【参考URL】

山下俊英 教授 (分子神経科学・創薬神経科学)
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/index.html