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がん微小環境まで見える 高感度FAPI-PET画像検査 国内初の臨床研究を開始

図1:胃がんでのF-18 FAPI-74 PET/CT画像
従来のFDG-PET検査(左)に比べて、FAPI-PET検査(右)では、胃がんの残存病変(黄矢印)が明瞭に描出されている
(赤印:腎臓〜尿管への薬剤排泄)(無断転載不可)

研究成果のポイント

  • がんの進展や転移、免疫回避にはがん微小環境に存在するがん関連線維芽細胞(CAF)が大きく関係している
  • 大阪大学医学部附属病院において、CAFに発現している線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)に結合するPETプローブ (F-18 FAPI-74)の院内製造に成功した
  • FAPを標的としたPET検査であるFAPI-PET画像検査の臨床研究を開始し、がん患者さんに静脈内投与することで、明瞭にがん病変を可視化できることを確認した
  • 従来の画像診断よりもがんの転移を正確に描出できることが確認できれば、将来的には最適な治療選択につながることが期待される

概要

大阪大学 大学院医学系研究科の渡部直史助教(核医学)らの研究グループは、がん関連線維芽細胞(CAF) *1を標的とした新しい画像診断法であるFAPI-PET *2の臨床研究を国内で初めて開始しました。

がん組織内の微小環境にはがん細胞だけでなく、がんの進展や転移を促進させる働きを持ったCAFと呼ばれる細胞が存在します。本臨床研究では、CAFに発現する線維芽細胞活性化タンパク質(FAP) *3PETプローブ (F-18 FAPI-74) *4を投与してPET検査を実施し、従来の画像診断法との比較を行います。初回のFAPI-PET検査は614日に問題なく実施され、従来のブドウ糖標識体を用いたPET検査(FDG-PET)*5に比べて、がん病変を明瞭に描出できることがわかりました(図1)。

またPET検査薬は加速器(サイクロトロン)*6と標識合成装置*7を用いた院内製造が可能です。今回の臨床研究では大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)での国産の研究用標識合成装置(住友重機械工業製)を用いたFAPI-PET検査薬の製造の最適化、ならびに安定した製造にも成功しています。

今後の展開

線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)は様々ながんでの高発現が確認されている一方で、正常臓器への集積がほとんどありません。このため、保険診療で実施されている従来のFDG-PET検査よりも、転移・再発病変を明瞭に描出できることが期待されます。国外からのFAPI-PETに関する研究報告では様々ながんの正確な病期診断や原発不明がんにおける原発巣に検出に有用であることが報告されています。

またFAPIをα線やβ線放出核種で標識することで核医学治療*8を行う研究も大阪大学で実施されており、国外では既にがん患者さんへの投与も開始されています。これまでの核医学治療の対象となるがん種は比較的限定されていましたが、FAPは多くのがんで発現していることから、ほとんどのがんが対象となります。さらに多発転移を伴うがんにおいても、FAPを標的とした核医学治療は適応となります。このようにFAPはPET画像診断を行うだけでなく、核医学治療につながるセラノスティクス*9の標的としても大きく期待されています。

F-18 FAPI-74 PET臨床研究の概要

【試験名】がん関連線維芽細胞を標的としたFAPI-PETによる病態評価

【目的】悪性腫瘍と診断された患者に対してPET検査薬F-18 FAPI-74注射液を用いたPET/CT検査を行い、従来の画像診断(CTやFDG-PET検査)と比較することで、病態を詳細に評価する。

・目標症例数:50例
・実施期間:2022年5月9日~2024年3月31日
・研究責任医師:渡部直史(阪大病院 核医学診療科)

本研究は阪大病院 倫理審査委員会の承認を得て、実施されています。また研究の詳細はUMIN臨床試験登録情報に掲載されています(試験ID:UMIN000047509)。

本研究が社会に与える影響・意義

現在、保険診療で実施されているブドウ糖標識体を用いたFDG-PET検査は、多くのがんの病期診断や再発確認に用いられますが、転移・再発病変を正確に同定できないことがあります。今回の臨床研究は探索的研究として、CTやFDG-PET検査との比較を行いますが、将来的にはFAPI-PETを実施することで正確な転移・再発診断につながることが期待されます。

研究者のコメント

<渡部 直史助教>
本臨床研究で実施するFAPI-PET検査は従来のFDG-PET検査とは全く異なり、がん細胞そのものではなく、周囲の微小環境に存在するがん関連繊維芽細胞を標的とした新しいPETプローブを用いています。このため、がん患者さんにおける新たな病態解明につながることが期待されるとともに、将来的には高精度の画像診断として、患者さんの適切な治療選択につながることが見込まれます。さらに、FAPIを用いた核医学治療における患者選択や治療後のフォローアップ検査としての役割も期待されます。

用語説明

図2:がん組織中のがん関連線維芽細胞(CAF)のイメージ
がん細胞(青色)の周囲(微小環境)に多くのがん関連線維芽細胞(CAF:緑色)が存在し、
がんの進展や転移を促進させている(Altmann A, et al. J Nucl Med. 2021)。

※1 がん関連線維芽細胞(CAF)
がん組織中の微小環境に存在する線維芽細胞を指す(図2)。CAFはcancer-associated fibroblastの略称。がんの進展を支えていると言われている。

※2 FAPI-PET 
FAPIはFAP inhibitorの略であり、FAPに結合する物質を指す。FAPIを用いたPET検査を略してFAPI-PETと呼ぶ。

※3 線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)
がん間質の主要成分であるがん関連繊維芽細胞(CAF)に発現しているタンパク質を指す。FAPはfibroblast activation proteinの略称。

※4 PETプローブ (F-18 FAPI-74)
FAPI-PET検査に用いる検査薬のことを指す。サイクロトロンで製造したPET用核種F-18(半減期:110分)をFAPI-74と呼ばれる化合物に標識して、静脈内注射した後に撮影を行う。

※5 ブドウ糖標識体を用いたPET検査(FDG-PET)
がんの病期診断や再発診断として、保険診療で実施されている画像診断検査である。F-18 FDGと呼ばれるブドウ糖標識体を静脈内投与して、撮影を行う。がん細胞がブドウ糖を多く消費する働きを利用しているが、中にはFDGが入りにくいがんも存在する。

※6 加速器(サイクロトロン) 
プラスの電荷を持った粒子を電磁力で加速させ、標的に照射することで、F-18などの原子を製造する装置。

※7 標識合成装置(医療機器)
サイクロトロンで製造したF-18を標識し、PET検査薬を製造するための装置を指す。製造されたPET検査薬、装置の有効性、安全性、ならびに品質が審査されたのち、医療機器として日本国内の製造販売が承認される。

※8 核医学治療
アルファ線やベータ線と呼ばれる短い飛程の放射性核種で標識された薬剤を全身に投与することで、全身のがんに対する治療のことを指す。

※9 セラノスティクス
セラノスティクス (Theranostics)とは、治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を一体化した新しい医療技術を指す。

特記事項

本研究は、大病院 消化器外科(土岐教授、江口教授、小林准教授、黒川准教授)、呼吸器外科(新谷教授、木村助教)、耳鼻咽喉科・頭頸部外科(猪原教授)、放射線部(巽准教授)の協力を得て、阪大病院 核医学診療科(加藤診療科長)において、実施されます。またF-18 FAPI-74注射液は阪大病院短寿命放射性薬剤製造施設において、院内製剤として製造され(担当:仲薬剤師)、PET/CT撮影は放射線部技師(神谷主任技師・佐々木主任技師)が担当します。

なお、本研究は独ハイデルベルク大・デュッセルドルフ大(Frederik Giesel教授)との共同研究として開始され、先行研究(PET検査薬の製造最適化)の成果として以下の論文発表を行っています。

【タイトル】 One-pot and one-step automated radio-synthesis of [18F]AlF-FAPI-74 using a multi purpose synthesizer: a proof-of-concept experiment

【著者名】 仲定宏, 渡部直史, Lindner T, Cardinale J, 栗本健太, Moore M, 巽光朗, Mori Y, 下瀬川恵久, Valla F Jr, 加藤弘樹, Giesel FL.

【掲載誌等】EJNMMI Radiopharm Chem. 2021 Aug 21;6(1):28.