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世界規模の医療ニーズを日本のものづくり技術で解決!~携帯カイロ技術で手術用スコープの曇りと汚れを解消~

新製品「ラパホット」
大阪大学と大衛株式会社の共同開発品

研究成果のポイント

  • 日本が世界市場を独占する「使い捨て」の技術を活用し、「手術用スコープの曇りと汚れ」という長年の臨床ニーズを世界規模で解決する画期的な新製品の開発に成功した
  • スコープの曇り防止のための加温(ウォーミング)と汚れの除去(クリーニング)は、内視鏡手術の安全性や手術成績を左右する基本的、普遍的な課題であるにもかかわらず、未だ決定的な解決法が存在していない
  • 今回我々が企業と共同開発した新製品は、携帯カイロの不織布表面に界面活性剤処理を施した「ウォーマー兼クリーナー」であり、簡便、安全かつ長時間手術にも耐え、きわめて安価なことから、SDGs1ゴール3「健康と福祉」達成のカギとされるUniversal Health CoverageUHC2)、global surgery3の実現に世界規模で貢献するものと期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科 次世代内視鏡治療学共同研究講座 中島清一特任教授(常勤)らの研究グループは、「手術用スコープの曇りと汚れ」という長年の基本的、普遍的な臨床課題を、日本が得意とする携帯カイロ技術を活用して解決する画期的な新製品「ラパホット」を開発しました。本製品は大衛株式会社(大阪府)との産学連携による共同開発品で、2022128日から名古屋で開催される第35回日本内視鏡外科学会総会で公開、正式に発売開始されます。

手術用スコープは体腔へ挿入する前に加温しないと結露による曇りが発生し、視野が確保できず手術を安全に行えません。また、レンズに体液等の汚れが付着すると都度スコープを抜去し、クリーニングする必要があります。現在は特別に加温した生理食塩水を滅菌魔法瓶に詰めて使用する「温水法」や、外国製の専用機器を使用する等の対策がとられていますが、温水法には「準備するスタッフの負担が大きい」、「2時間毎の温水補充が必要」等、また専用機器には「持続時間が長くない」、「電池等の廃棄物が多い」等の問題があります。とくに後者の専用機器は単回使用(使い捨て)で数千円ときわめて高価なため、近年内視鏡手術が爆発的な拡がりを見せている新興国を含め全世界規模での普及は難しいのが現状です。

今回、研究グループは、携帯カイロの外装(不織布)表面に界面活性剤を浸透、乾燥させたうえで滅菌処理を施すことで、スコープを温めて曇りを防止するとともに、レンズの汚れも同時に除去できる「ウォーマー兼クリーナー」(商品名:ラパホット)を、企業との産学連携で共同開発することに成功しました。本製品は、パッケージを開けるだけで使用でき、加温庫も不要、保管におおきな場所を要さない、一日症例(7時間以上)に使える等の点から、現在主流となっている「温水法」にともなう加温水の準備・補充や魔法瓶の洗浄・滅菌等、手術スタッフの負担軽減におおいに寄与すると考えられます。とくに、これまで市場に投入された様々な専用機器・装置に比べてきわめて安価であることから、持続可能な開発目標SDGsゴール3「健康と福祉」達成のカギとされるUniversal Health Coverage UHC、なお外科領域においてはglobal surgeryと表現される)の実現に貢献するものと期待されます。なお、携帯カイロ市場は日本企業の占有率が高いことから、本製品は「世界規模の課題を日本のものづくり技術で解決する」UHCデバイスと位置づけられます

研究の背景

「キズが小さい」内視鏡手術が実用化されて30年以上が経過しましたが、体腔に挿入するスコープの「曇り」、「汚れ」は未だ決定的な解決策のない、長年の課題です。具体的な対策として、電熱ヒーターや化学的な発熱作用を利用した各種ウォーマー、加温水を滅菌魔法瓶に詰めて使用する温水法、バッテリ駆動のヒーターに界面活性剤を入れて使用する専用機器等、種々提案されてきましたが、それぞれに一長一短があり、ゴールド・スタンダードは未だに存在しません。医療現場では、取り扱いが容易で、準備するスタッフの負担が少なく、長時間の手術にも使用でき、かつ安価な対策品が長く求められてきたのです。

研究の内容

研究グループは、日本が世界市場を独占している「携帯カイロ」に、不織布表面に界面活性剤を浸透、乾燥、滅菌する「ものづくり」技術を適用し、曇りの予防(ウォーミング)と汚れの解消(クリーニング)をワンストップで同時に行える画期的な新製品「ラパホット」を開発しました。

本製品は、大阪大学大学院医学系研究科 次世代内視鏡治療学共同研究講座が大衛株式会社(大阪府)と共同で設計、試作、性能評価を行い、安全性や有用性を検証、知財確保(特開2021-058360)したものであり、すでに同医学部附属病院手術部、同消化器外科における小規模臨床評価を通じてその安全性、有効性が最終確認されています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本製品は、従来法ないし従来製品がかかえる「術前の煩雑な準備」、「術中のスタッフの負担」といった課題を解消するという点で、国が掲げる医療機器重点分野のひとつ「医療従事者の業務効率化・負担軽減に資するデバイス」(医療機器開発促進法「第2期基本計画」、令和4年5月31日)に位置づけられるものです。また、携帯カイロという既存製品に最小限の改良を加えて別用途に転用する「デバイス・リポジショニング」という開発手法(中島特任教授(常勤))により、研究開発に要する時間とコストを最小限に押さえることに成功した初の製品となります。

さらに本製品は、1)もととなる携帯カイロは日本が世界市場を独占し、圧倒的な技術優位を維持していること、2)我が国での臨床試用に加え、先月にはAll India Institute of Medical Sciences (全インド医科大学(ニューデリー))においても臨床評価が開始される等、海外展開を視野に入れたプロモーションを開始済みであること等から、世界規模の課題を日本のものづくり技術で解決し、SDGsの重要な柱の一つであるUHCの実現につなげる製品として将来の世界展開が期待されています。

用語説明

1 SDGs
Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)。2015年9月25日の国連総会で採択された国際目標

2 UHC 
Universal Health Coverage(すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられること)。

※3 global surgery 
世界規模で実施可能な外科手術。本稿ではUHCの外科的側面を意味する。安価かつ適切な性能を有したデバイスの普及が必須となる。

研究者のコメント

<中島 清一 特任教授>

ラパホット開発のきっかけとなった「携帯カイロで腹腔鏡を温めよう」という発想は、新興国の外科医らと積極的に交流しない限り、決して得られるものではありませんでした。デバイス・リポジショニングという独自の手法を採用することで比較的短期間、低コストで開発を進めることができた反面、「カイロを包む不織布表面に内容物(鉄粉)が漏れ出てきてレンズ面を傷つけないか」あるいは「滅菌過程でクリーニング性能が劣化しないか」等の検証について、企業とともにじっくりと取り組むことができました。ラパホットはすでに国の内外で臨床試用が開始され、非常に良好な成績が報告されています。本製品がUHCデバイスとして世界規模で普及することを期待しています。