研究内容

 神経心理研究室での臨床・研究活動

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脳神経外科とのbrain mapping
神経心理学とは、人の認知、行動、感情、思考、さらには自我意識や社会性などといった人の心の働きと脳の関連を調べる学問です。私たちのグループは、この神経心理学を基本として、様々な臨床・研究活動を行っています。対象となる疾患は、

  • 神経科精神科に受診される認知症、軽度認知障害など器質性精神障害
  • 認知症と鑑別を要する高齢発症の妄想性障害や統合失調症、うつ病
  • 解離性障害
  • 脳神経外科から紹介される脳腫瘍、てんかんに伴う高次脳機能障害
  • 救命救急センターから紹介される頭部外傷や脳卒中に伴う高次脳機能障害

などで、他科との連携による臨床・研究活動も行なっています。研究手法としても、

  • 神経心理学的に検討した詳細な症例検討
  • 神経心理検査や頭部MRI、脳血流SPECTを用いた多数例での研究
  • 情報通信技術(information and communication technology: ICT)を用いた研究
  • 認知症高齢者の方の地域連携に関わる研究

を行っています。

 臨床と研究の統合

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失書を呈した神経変性疾患の症例
私たちが行っている臨床研究は、患者さんをしっかりと診察することから始まります。まず患者さんの訴えをよく聞きます。次に神経学的診察や記憶、言語、認知などの神経心理学的な評価を行います。また脳の異常を捉えるためにMRI、脳血流SPECT、ドパミントランスポーター画像など幅広い画像検査を目的にあわせて施行します。そしてこれらの結果を総合的に検討して患者さんにおこっている異常を把握します。各患者さんの状態について、カンファレンスを通して正確な診断やよりよい治療法を皆で検討し、診療や研究の質の担保を行なうと同時に、若手のグループメンバーの臨床教育を行なっています。

臨床上重要と考えられる症候を呈した患者さんがおられれば、学会発表や論文投稿を通して症例報告も行なっています。 上の写真は高次脳機能障害学雑誌2017で報告した、初期に失書を呈したアルツハイマー病患者の脳血流SPECTにおける血流低下部位を表したものです。

また、一連の過程で得られる様々な情報を、そのまま多数例での研究に活かしています。

 主要な研究対象:MCI, AD, FTLD, DLB, iNPHなどの認知症疾患

患者さんの数が多い疾患は臨床的に重要な疾患と言えます。現在、精神科診療において認知症は避けては通れない疾患となっています。我々はアルツハイマー病(AD)、レビー小体型認知症(DLB)、前頭側頭葉変性症(FTLD)の研究を行っています。また、認知症では早期診断の重要性が指摘されていますが、我々も軽度認知障害(MCI)やそれより軽度の認知障害を主訴とする方を対象とした研究も行っています。

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健忘型MCI患者でアパシーと右尾状核の
体積が相関(J Alzheimers Dis.2017)
右の写真は、ADを背景病理に持つと考えられるMCI患者さんにおけるアパシーの重症度が、右尾状核の体積と相関したことを報告した論文です(J Alzheimers Dis. 2017))。別の論文では、特発性正常圧水頭症(iNPH)でも、シャント術後のアパシーの改善と尾状核の血流上昇が改善することを報告しました(Int J Geriatr Psychiatry 2019)。尾状核は前頭葉と密接なつながりを持ち、同部位の脳血管障害でアパシーが生じることが報告されていましたが、尾状核の障害とアパシーの関係がMCIやiNPHでも示唆されたことになります。

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DLBの睡眠障害と視床の機能
(Int J Geriatr Psychiatry 2020)

また、阪大精神医学教室の他研究室や、阪大の他講座と共同での研究も実施しています。レビー小体型認知症(DLB)では睡眠障害が多くみられることで知られているため、精神医学教室睡眠脳波研究室および医薬分子イメージング学寄附講座と共同し、アクチグラフを用いた睡眠状態の評価と、FDG-PETを用いた脳機能評価を実施しました。DLBでは健常高齢者と比較し、夜間の総睡眠時間が長く、睡眠中の体動が多く(Psychiatry Res 2016)、これらの異常はともに視床枕の機能障害と関係している(Int J Geriatr Psychiatry 2020)ことがわかりました。また、この論文は、International Journal of Geriatric Psychiatry誌Volume 35, Issue 8の表紙に掲載されました。このような各分野の専門家と共同した研究が、今後の認知症研究では欠かせません。

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大学院生も国際学会で発表
特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus: iNPH)は、脳神経外科と密接に連携して、当研究室が継続的に臨床研究を行なっている疾患です。iNPHは現時点で数少ない、治る可能性のある認知症として重要な疾患です。外科的治療が必要なため、脳神経外科疾患と考えられがちですが、精神科、神経内科、老年科でも、日常診療で出会うことのある疾患です。我々はiNPHに関する国際学会や多施設共同研究への参加、論文発表を継続的に行なっています。特にiNPHは脳神経外科疾患と捉えられているため、その精神症状に注目して研究を実施している機関は少なく、その点で世界に先駆けていると言えます。

 ICTの活用、地域連携

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私たちが行っている先駆的な研究としては、「認知症ちえのわnet」の開設があります。認知症患者さんの、①妄想、易怒性などの様々な行動・心理症状(BPSD)と、②この症状に対して介護者や医療者が行った様々な対応法、そして③その対応法が奏功したか否かという3つの情報のセットを日本全国から収集し、整理し、それぞれの対応法の奏功確率を明らかにし、公開するというICTを利用した研究事業です。本事業はBPSDに対する良い対応法を集積する研究という側面だけでなく、BPSDの対応に困った介護者の方々が、その困ったBPSDへの対処法を探すことができるシステムでもあります。身近に認知症介護に困られている方がおられましたら、認知症ちえのわnetのご案内(pdfファイル)で、本サイトをご紹介いただければ幸いです。

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また、兵庫県川西市と連携して、「認知症の地域連携システムの構築と、そのシステムの地方自治体における実際の導入」として、認知症診療における家族と医療職・介護職の情報共有を促進するための連携ファイル「みまもり・つながりノート」を導入し、家族や専門職の間での認知症に関する啓発や、ノートの有効な使用方法を検証する「連絡会」を毎月開催するなどの事業を展開してきました。

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同事業を通して、情報共有ノートや連絡会の有効性を報告(Psychogeriatrics 2018)し、当研究室としての同事業終了後も、川西市の介護保険におけるインフォーマルサービスとして継続され、我々も連絡会への継続的な参加をしています。ホームページ上で「みまもり・つながりノート」や、連絡会で行われた認知症・ケアガイド講義のビデオを公開中です。

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さらに、兵庫県川西市において、実際に認知症患者さんが自宅のみならず、公道や店などで見られる症状に対して、どのような対応をされて、どのような結果になったのかについてのアンケート調査を行いました。このアンケートを集計し、"生活場面別の認知症の症状への対応マニュアル"を作成いたしました。

 多施設共同研究

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SINPHONI-2のプレスリリース
認知症の行動心理症状(BPSD)やiNPHに関する多施設共同研究、認知症やiNPHの診療ガイドライン作成事業など、多くの多施設共同研究にも参加しています。

iNPHに対する腰部くも膜下腔-腹腔シャント術(LPシャント術)の有効性を検証した多施設共同RCT・SINPHONI-2に主要メンバーとして参加した当研究室の数井講師(現・高知大学教授)が、筆頭著者としてその結果を報告しました(Lancet Neurol. 2015)。

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BPSDに関する多施設共同研究では、全国の施設から2000を超える認知症症例のBPSDを検証し、4大認知症疾患の重症度別のBPSDの出現頻度を解析した「BPSD出現予測マップ」を報告し(PLoS One 2016)、「BPSD出現予測マップ」とともに、頻繁に遭遇する対処困難なBPSDに対する「BPSD対応法説明ビデオ」などもホームページ上で公開しています。
また、この研究に参加した大学院生が、BPSDに対して有効と考えられる介護サービスについて学位論文として報告(Psychogeriatrics 2018)するなど、大学院生も多施設共同研究に積極的に参加しています。

 お気軽にお問い合わせください

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カンファでは実際の診療データ
を参照しながら、活発な議論を
しています。
研究室の勉強会(症例検討カンファレンス、抄読会)は毎週水曜日16時から精神科医局で行っており、外部の様々な専門職の方や専門職を目指している学生さんもご参加いただけます。毎回、現在研究室に在籍しているメンバーだけでなく、研究室OBや近隣の医療施設に在籍されている医師・看護師・心理士・作業療法士・言語聴覚士など、多数の方にご参加いただいています。
興味のある方はneuropsychology.in.osakau@gmail.comまでご一報ください。