河合 喬文 ≪統合生理学≫ 従来の常識を覆す新発見! 高濃度ニコチンが一部の神経活動を急停止させる
2025年3月19日
掲載誌 Science Advances
図1: ニコチン投与と内側手綱核の神経活動
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研究成果のポイント
- 「ニコチン忌避行動※1」に関わる重要な脳領域(内側手綱核※2)が、高濃度ニコチンにより神経活動を消失させることを発見
- これまで内側手綱核は忌避レベルのニコチンを感知することでその神経活動を上昇させると考えられていた
- ニコチン依存症や禁煙治療などへの応用に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の河合喬文助教(統合生理学/米国Duke大学研究員(研究当時))、Duke大学医学部Huanghe Yang准教授(生化学)らの研究グループは、ニコチンが脳に及ぼす作用について研究を行い、忌避レベルの高濃度ニコチンの投与が従来のモデルと逆に神経活動を消失させる現象を明らかにしました。
ヒトを含む多くの動物では、低濃度のニコチンには嗜好性を示す一方、高濃度のニコチンに対しては忌避行動をとることが知られています。この「ニコチン忌避行動」には、ニコチン受容体を多く含む脳の内側手綱核と呼ばれる領域が関係していることが知られており、内側手綱核はニコチンを感知することでその神経活動を上昇させると考えられていました。
今回、研究グループが生きた動物の内側手綱核からニコチン応答を計測したところ、忌避レベルのニコチン投与は逆に神経活動を消失させることを見出しました(図1)。
さらにこの神経活動の消失には、内側手綱核に存在する独自の神経活動制御機構が関わっていることを見出しました(図2)。
本研究の背景
ニコチンはタバコに含まれる代表的な化学物質であり、健康面への影響も大きく、このため喫煙は重要な社会問題になっています。ヒトを含む多くの動物では、低濃度のニコチンには嗜好性を示す一方、高濃度のニコチンに対しては忌避行動をとることが知られています。このニコチン忌避行動には、ニコチン受容体の多く存在する「内側手綱核」が重要な役割を果たすことが分かっていました。またこれまでの研究から、ニコチンは内側手綱核の神経活動を上昇させることが示唆されていました。しかし、生体内での直接的な神経活動の計測は行われておらず、その詳細なメカニズムは不明でした。
本研究の内容
本研究では、生きたマウスの内側手綱核から神経活動を計測し、個体に忌避レベルのニコチンを投与しました。その結果、従来のモデルとは逆に、ニコチンによって内側手綱核の神経活動が消失する現象を観察しました(図1)。
このメカニズムを詳しく検証するために、内側手綱核の脳スライス※3を用いた実験を行い、ニコチンを投与しました。その結果、わずか5秒の高濃度ニコチン刺激によって、数十秒から数分にわたる神経活動の消失(長期不応期)が引き起こされる様子を確認しました(図2)。このような神経活動の抑制様式は、他の神経細胞では報告がなく、そのメカニズムの解明が求められました。
そこで、研究グループは内側手綱核に高発現する2種類のカルシウム活性化イオンチャネル※4に着目しました。その結果、長期不応期はCa²⁺活性化Cl⁻チャネルによって引き起こされる一方、Ca²⁺活性化K⁺チャネルがこの抑制作用を緩和する働きを持つことが明らかになりました。本研究により、ニコチンが内側手綱核に与える生理作用について、従来の常識を覆す新たなメカニズムが存在することが明らかとなりました(図2)。
図2: 高濃度ニコチンが神経活動を消失させる仕組み
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、ニコチン依存症や禁煙治療、さらには精神疾患の理解と治療において新たな可能性を提供すると期待されます。
研究者コメント
<河合喬文 助教>
本研究は、コロナ禍でDuke大学に留学していた際に行った研究の成果です。イオンチャネルは神経活動の制御に重要な分子群ですが、内側手綱核は特有のイオンチャネルの発現様式を示すことが報告されていました。そこで神経活動制御にも特有の機構が存在するのではないかと考えて実験を行いました。今回、予想以上にエキサイティングな機構を見つけることができて嬉しく思っています。
用語説明
※1 ニコチン忌避行動
高濃度のニコチン摂取を忌避する行動
※2 内側手綱核
間脳に位置する小さな神経核。多くのニコチン受容体を含み、ニコチンへの忌避行動に寄与するほか、情動調節や報酬、ストレス応答にも寄与する。
※3 脳スライス
動物から摘出した脳を数百マイクロメートルほどのスライスにしたもの。記録用電極のアプローチや溶液交換などが可能となり、神経細胞の性質について詳細な実験を行うことができる。
※4 カルシウム活性化イオンチャネル
細胞内のカルシウムイオンに反応して細胞膜でのイオン透過を行う。代表的なものとしてカリウムイオンを特異的に透過するものや塩素イオンを特異的に透過するものがある。
特記事項
本研究成果は、2025年3月19日(水)(米国時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Calcium-Activated Ion Channels Drive Atypical Inhibition in Medial Habenula Neurons”
【著者名】
Takafumi Kawai, Ping Dong, Konstantin Bakhurin, Henry H. Yin, Huanghe Yang.
Science Advances, Vol 11, Issue 12 (2025)
本研究は、2021年度 日米科学技術協力事業(「脳研究」分野)および国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A)) (20KK0376)などの支援を受けて行われました。