島上 洋、西出 真之 ≪呼吸器・免疫内科学≫、楢﨑 雅司 ≪先端免疫臨床応用学≫ 指定難病「全身性強皮症」の命にかかわる病変を予測する 免疫細胞の「サイン」を発見
2025年6月17日
掲載誌 Nature Communications
図: 末梢血・臓器の単一細胞解析・空間解析によって、全身性強皮症患者さんの多様性を形作る免疫細胞異常を解明し、
腎クリーゼや間質性肺疾患といった重症臓器病変との関わりを示した。(ISG: interferon signature genes)
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研究成果のポイント
- 全身性強皮症患者さんの血液や臓器の1細胞解析を通じて「腎クリーゼ」や「進行性間質性肺疾患」などの、重症例に特徴的な免疫細胞の集団を発見
- 指定難病「全身性強皮症」は患者さんごとの症状が様々で、命にかかわる症例や安定した症例が混在し、最適な治療選択および治療を開始する時期の判断が難しい病気である
- 患者さんの白血球を採取し、1細胞解析を行い、その結果、重症の腎臓病変である腎クリーゼを発症した患者さんの血液中では「EGR1」という遺伝子発現が上昇した単球が特徴的に認められた
- 命にかかわる全身性強皮症の病状を解明し、重度の内臓障害の発症予測や新たな治療法の開発に役立つ可能性に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の島上洋さん(博士課程)、西出真之講師(呼吸器・免疫内科学)、楢﨑雅司特任教授(常勤)(先端免疫臨床応用学共同研究講座)、熊ノ郷淳総長らの研究グループは、日本に2万人以上の患者さんがいるとされる指定難病「全身性強皮症」に着目し、患者さんの血液や臓器の1細胞解析を行いました。その結果、強皮症腎クリーゼ※1と呼ばれる命にかかわる腎臓の病変や、強皮症関連(進行性)間質性肺疾患※2を発症する患者さんにおいて、血液中に特殊な細胞集団が増加する「サイン」を発見し、これらの細胞集団がそれぞれの臓器のダメージに大きく関わっている可能性を示しました。
これは、命にかかわる全身性強皮症の病状を解明し、発症を予測するバイオマーカーや個別化医療への応用が期待できる研究成果です。
自己免疫の異常による全身疾患を「膠原(こうげん)病」と総称します。全身性強皮症は特に生命予後不良な膠原病の一つですが、病状は患者さんごとに大きく異なります。重症の腎臓病変や肺病変を生じ致命的となる患者さんがいる一方、無治療で長期に安定している患者さんも存在します。そのため、個々の患者さんにおける最適な治療選択および治療を開始する時期の判断が難しい病気でもあります。
今回、研究グループは多彩な臓器障害を呈する未治療の強皮症患者さんの白血球を採取し、1細胞解析を行いました。その結果、重症の腎臓病変である腎クリーゼを発症した患者さんの血液中では「EGR1」という遺伝子発現が上昇した単球が特徴的に認められました。これらの細胞は腎臓の中へ入りこみ、病的なマクロファージ※3へ分化して高度な腎障害に関与する可能性を示しました。一方、進行性間質性肺疾患を呈する患者さんではⅡ型インターフェロンという信号分子の刺激を受けたT細胞が増加し、肺の中へと入りこんで病気を進行させている可能性を示しました。このような重症臓器病変に特異的な細胞とその発現遺伝子は、それぞれの臓器病変合併を予測するバイオマーカー、および新規の治療ターゲットとなる可能性を秘めています。
本研究の背景
全身性強皮症では、免疫異常を基盤として皮膚、肺、腎臓、消化管といった多臓器に血管の異常と組織の線維化を主体とした病変を生じます。様々な全身性自己免疫疾患の中でも、ステロイドや免疫抑制剤といった治療法が十分に奏功せず、特に生命予後不良な疾患の一つです。臓器病変の組み合わせや進行速度は患者さんごとに大きく異なり、一見軽症に見えた患者さんの病態が途中で進行することもしばしば経験されます。このような患者多様性が形作られる機序は良く分かっておらず、その結果、個々の患者さんに最適な治療薬の選択や治療開始時期の決定が十分に成されていないのが現状です。
本研究の内容
研究グループでは、新規発症の全身性強皮症患者さんおよび健常人の末梢血を採取し、1細胞解析(遺伝子およびタンパク質発現の網羅的な同時解析)を実施しました。得られた各種細胞集団の頻度を患者さんごとに算出した結果、腎クリーゼの患者さんと単球系細胞集団、間質性肺疾患を有する患者さんとリンパ球系細胞集団の関連が示唆されました。
さらに詳細な解析の結果、腎クリーゼ患者さんの末梢血中では「EGR1」というマクロファージ分化に重要な転写因子が高発現するCD14陽性単球が特異的に増加していることが判明しました。腎クリーゼの発症前・発症直後・治療後の3時点で単球の「EGR1」発現を検討したところ、発症直後に上昇し、治療後に低下することが分かりました。さらに研究グループは大阪大学医学部附属病院消化器内科、腎臓内科、泌尿器科との共同研究のもと、腎クリーゼ患者さんの病変腎組織を取得して、組織切片で発現する遺伝子の位置、種類、量を細胞単位で網羅的に解析しました(空間トランスクリプトーム解析)。その結果、腎クリーゼ患者さんの腎組織では、「EGR1」高発現単球から分化した「THBS1」高発現のマクロファージが尿細管周囲に集積し、傷んだ腎臓を高度に線維化させることで、重篤な腎機能障害に関与していると考えられました。
一方、間質性肺疾患を有する全身性強皮症患者さんでは、Ⅱ型インターフェロンによって活性化され、CXCR3高発現で病変肺組織へ積極的に移動する性質を持つCD8陽性T細胞が末梢血中で増加していました。進行性間質性肺疾患の患者さんの肺組織データを解析したところ類似した細胞の増加を認め、このCD8陽性T細胞が病変肺組織へと移動していることが示唆されました。
上記の結果は、全身性強皮症患者さんにおける多様な臓器障害の根底に、それぞれ異なる免疫細胞異常が存在するという我々の仮説を支持するものでした。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
全身性強皮症患者さんの臨床的多様性の根底に存在する免疫異常の相違を明らかとしただけでなく、命にかかわる内臓障害を克服するための新たなバイオマーカー・治療ターゲットを提案しました。難治性病態の代表格である腎クリーゼに関して、単球「EGR1」発現は発症予測マーカーとなり、「EGR1」や「THBS1」といった臓器線維化にかかわる分子が新規治療ターゲットとなる可能性が示されました。
研究者のコメント
<島上洋さん(大学院生)>
全身性強皮症の患者さんでは臓器障害の分布・自己抗体・時系列に沿った病勢の変化など、臨床的多様性が非常に大きく、個々の患者さんに適した治療法の選択が求められています。本研究では腎クリーゼや間質性肺疾患を有する患者さんに存在する免疫細胞異常の一端が明らかとなりました。これら難治性病態の発症予測や治療に役立つ成果へと結びつくよう、今回の成果を元にさらなる研究を進めていきたいと思います。
用語説明
※1 強皮症腎クリーゼ
全身性強皮症患者の1-14%程度に認められる、最も重篤な急性臓器障害の一つ。第一選択薬であるアンジオテンシン変換酵素阻害薬を用いても半年死亡率は30%程度と高く、救命できた場合も定期的な透析治療が必要となる患者さんが多い。レニン–アンジオテンシン–アルドステロン系の過剰な活性化と腎血流低下が病態の中心と考えられているが、発症頻度が低く、その本態はよく分かっていない。
※2 強皮症関連(進行性)間質性肺疾患
全身性強皮症患者の半数程度に認められる、線維化を中心とした慢性進行性の肺障害。免疫抑制剤・各種生物学的製剤・抗線維化薬などの登場で治療選択肢が広がっているものの効果は不十分であり、全身性強皮症患者さんの死因として最も多い。進行/非進行症例の区別が難しく、「どの患者さんを」「いつから」治療するのかはっきりしない、という問題点も残っている。
※3 マクロファージ
全身の臓器に分布し、体内の異物や傷んだ組織を取り込んで分解、免疫反応全体の調整を行う細胞。血液中の「単球」が臓器に移動してマクロファージに分化したものと、臓器に元々存在するマクロファージとに分けられる。単球からマクロファージへの分化には、EGR1を含む複数の制御因子が関与する。
特記事項
本研究成果は、2025年6月17日(火)18時(日本時間)に科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
【タイトル】
“Single-cell analysis reveals immune cell abnormalities underlying the clinical heterogeneity of patients with systemic sclerosis”
【著者名】
Hiroshi Shimagami1,2,3, Kei Nishimura3,4,5, Hiroaki Matsushita3,4,5, Shoichi Metsugi3,4,5, Yasuhiro Kato1,2,3, Takahiro Kawasaki1,2,3, Kohei Tsujimoto1,2,3, Ryuya Edahiro1,6,7, Eri Itotagawa1,2,3, Maiko Naito1,2,3, Shoji Kawada1,2,3, Daisuke Nakatsubo1,2,3, Kazuki Matsukawa1,2,3, Tomoko Namba-Hamano8, Kazunori Inoue8, Atsushi Takahashi8, Masayuki Mizui8, Seiya Kato9, Hayato Hikita9, Shigeaki Nakazawa10, Yoichi Kakuta10, Hachiro Konaka11, Kensuke Mitsumoto11, Nachi Ishikawa12, Jun Fujimoto12, Shinji Higa12, Ryusuke Omiya4,5, Yoshitaka Isaka8, Tetsuo Takehara9, Norio Nonomura10, Yukinori Okada6,7,13,14,15,16, Kunihiro Hattori4,5, Masashi Narazaki1,2,3, Atsushi Kumanogoh1,2,13,16,17,18, Masayuki Nishide1,2,3.
- 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)感染病態分野
- 大阪大学大学院医学系研究科 先端免疫臨床応用学
- 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)免疫創薬共同研究部門
- 中外製薬株式会社 研究所
- 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
- 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
- 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
- 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
- 大阪大学 大学院医学系研究科 泌尿器科学
- 日本生命病院
- 大阪けいさつ病院
- 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
- 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)免疫統計学分野
- 東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学
- 日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST
- 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
- 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
DOI:10.1038/s41467-025-60034-7
本研究は、日本学術振興会科研費(JP24K11596, JP 22H00476, JP18H05282)、宇部学術振興財団、武田科学振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR235B)、ムーンショット型研究開発事業、日本医療研究開発機構–戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)事業「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」の一環として行われました。また、本研究内容は中外製薬株式会社との共同研究講座である大阪大学医学系研究科先端免疫臨床応用学講座との共同研究成果であり、遂行にあたり同社から研究資金の提供を受けています。
本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。