2025年

外海 洋平、坂田 泰史≪循環器内科学≫ 心房細動のオーダーメイド型治療法 “低電位領域アブレーション”の有効性を検証

2025年4月30日
掲載誌 Nature Medicine

図: 多施設共同ランダム化比較試験の概要
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研究成果のポイント

  • 持続性心房細動を持つ患者に対し、心臓の異常な部分を低電位領域※1として特定して処置を行う治療法の効果を検証。心房筋の傷みが進行した患者で効果が高いことを明らかに
  • 心房細動に対するアブレーション※2は近年急速に普及しているが、心房細動発症の原因となる傷んだ心房筋の分布は患者ごとに異なることから、従来の画一的な方法でのアブレーションでは効果に限界があった
  • 患者一人一人に対応したオーダーメイド型のアブレーションにより、より有効な心房細動アブレーションを行うことが可能に

概要

大阪大学大学院医学系研究科の坂田泰史教授(循環器内科学)、外海洋平助教(循環器内科学・多施設共同臨床研究グループ)、彦惣俊吾教授(研究当時、現:奈良県立医科大学循環器内科)、関西労災病院の増田正晴部長(循環器内科)らの研究グループは、持続性心房細動を持つ患者に対して、心臓の異常な部分(傷んだ心房筋)の分布を特定し処置する治療方法の効果を調査しました。

心房細動に対し、カテーテルで心臓の内部から不規則な電気信号を焼き切る治療法(アブレーション)は近年急速に普及しています。しかし、心房細動発症の原因となる傷んだ心房筋の分布は患者ごとに異なり、画一的な方法でのアブレーションでは治療効果に限界がありました。

今回、研究グループは、電気的なマッピング技術を利用し、患者ごとに傷んだ心房筋の分布を低電位領域として同定した上でアブレーションを行いました。

その結果、傷んだ心房筋の追加アブレーションを行ったグループは行わないグループと比べて心房細動の再発が少ない結果となりましたが、統計学的な有意差は示せませんでした。一方で心房の傷みが進行した患者では、低電位領域への処置の効果が示唆されました。

本研究の背景

心房細動に対するアブレーションは近年急速に普及しています。しかし、アブレーションの1つで、標準的治療方法である「肺静脈隔離術※3」だけでは心房細動を再発する患者さんが少なからず存在することが課題でした1。アブレーションの効果を高めるために、左心房を線状に焼灼するなど、解剖学的な指標を用いた様々なアブレーションが行われてきましたが、十分な心房細動の抑制効果が示されませんでした2

解剖学的アブレーションの効果に限界があることの一因として、心房細動発症の原因となる傷んだ心房筋の分布が患者さんごとに異なるにも関わらず、画一的な方法でアブレーションしていることが挙げられます。

一方、カテーテルで心房内の心電図を多数記録するマッピングによって、傷んだ心房筋の分布を低電位領域として同定する方法を用いて、個々の患者さんごとに心房細動の発症や持続に関わる傷んだ心房筋の分布を評価できるようになりました。この低電位領域を指標としたアブレーションは、オーダーメイド型アブレーションとして注目されています。しかし過去の小規模な研究では低電位領域アブレーションの有効性について、一貫した結果が得られていませんでした3,4,5

1) Hindricks G, et al. Eur Heart J 2021;42:373–498.
2) Verma A, et al. N Engl J Med 2015;372:1812–22.
3) Kircher S, Europace 2018;20:1766–1775.
4) Huo Y, et al. NEJM Evid 2022;1:EVIDoa2200141.
5) Masuda M, J Am Heart Assoc 2020:9;e015927.

本研究の内容

今回、研究グループは、多施設共同ランダム化比較試験を実施し、左心房に低電位領域が存在する持続性心房細動341人の患者さんについて、低電位領域アブレーションの有効性の検証を行いました(図)。

その結果、肺静脈隔離に低電位領域アブレーションを追加したグループでは、1年間の心房細動再発回避率が61%と肺静脈隔離単独グループの50%よりも高い結果となりましたが、両群間に統計的な有意差は認めず(p=0.127)、低電位領域アブレーションの有効性は示されませんでした。

一方で心房拡大した患者さんや低電位領域が広い患者さんに限れば、低電位領域アブレーションの有効性が認められました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、持続性心房細動に対する低電位領域アブレーションは、全体としては十分な効果が期待できないものの、心房拡大や広範な低電位領域を持っているなど、比較的心房筋の傷みが進行した患者では効果が表れることが示唆されました。

効果が表れやすい患者を適切に選択し、低電位領域によって同定した傷んだ心房筋を指標とするオーダーメイド型のアブレーションを行うことで、心房細動アブレーションがより効果的になることが期待されます。

用語説明

※1  低電位領域
アブレーション時にカテーテル先端の電極を使って心房内の全体の心電図を1000点以上記録する。電位波高値が減高(<0.50mV)している部位を低電位領域と定義する。このような領域は線維化などの組織変性を来たし、心房細動の発症や持続に関わるとされる。

※2 アブレーション
高周波電流の抵抗熱によって先端が高温になるカテーテルを用いて、不整脈の原因となる心筋に熱変性を起こすことで、心房細動などの不整脈を抑制する治療方法。

※3 肺静脈隔離術
左心房と肺静脈のつなぎ目をアブレーションすることで、肺静脈を電気的に左房から隔離する方法。心房細動に対するアブレーションにおける標準的治療方法である。

特記事項

本研究成果は、2025年4月30日(水)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Medicine」に掲載されました。

【タイトル】

“Low-voltage-area ablation for persistent atrial fibrillation: A randomized controlled trial”

【著者名】

Masaharu Masuda*1; Akihiro Sunaga2; Nobuaki Tanaka3; Tetsuya Watanabe4,5; Hitoshi Minamiguchi6; Yasuyuki Egami7; Takafumi Oka2; Tomoko Minamisaka5; Takashi Kanda1,6; Masato Okada3; Masato Kawasaki4; Yasuhiro Matsuda1; Koji Tanaka3; Tomomi Yamada8; Shungo Hikoso2,9; Tomoharu Dohi2; Koichi Inoue10; Yohei Sotomi2; Yasushi Sakata2; and the OCVC-SUPPRESS-AF investigators(*責任著者).

  1.  関西労災病院 循環器内科
  2.  大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学
  3.  桜橋渡辺未来医療病院 心臓血管センター
  4.  大阪府急性期・総合医療センター 心臓内科
  5.  八尾市立病院 循環器内科
  6.  大阪けいさつ病院 循環器内科
  7.  大阪労災病院 循環器内科
  8.  大阪大学大学院医学系研究科 医療情報学
  9.  奈良県立医科大学 循環器内科学
  10.  国立病院機構 大阪医療センター 循環器内科

DOI:https://www.nature.com/articles/s41591-025-03674-y

本研究は、バイオセンスウェブスター(the investigator-initiated study program IIS 510)の支援を得て実施された医師主導型研究です。