山本 悠司、白井 雄也、岡田 随象 ≪遺伝統計学≫ 呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患の遺伝的背景の多様性を解析 〜東アジア系集団と欧州系集団では、両疾患が逆方向の遺伝的相関を示す~
2025年4月28日
掲載誌 Nature Communications
図1: 本研究の概要
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研究成果のポイント
- 約106万人の東アジア系集団と欧州系集団のゲノムデータを用いて12種類の呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患の大規模ゲノム解析を実施し、これらの疾患の合併(多疾患併存※1)の遺伝的関係を調査
- 東アジア系集団では、呼吸器・免疫疾患※2の遺伝的リスクが上昇すると、心血管代謝疾患※3の遺伝的リスクが低下することが示された。一方、欧州系集団では、呼吸器・免疫疾患の遺伝的リスク上昇が心血管代謝疾患の遺伝的リスク上昇と関連することが明らかに
- 疾患の遺伝的リスクをメタボローム※4、プロテオーム※5データと比較することにより、集団間での遺伝的多様性の影響を受ける生物学的パスウェイ※6や血中脂質、タンパク質のバイオマーカーを発見
- 呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患を同時に発症する患者への個別化医療の予測精度の向上への貢献に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の山本悠司さん(博士課程)(遺伝統計学/呼吸器・免疫内科学)、白井雄也 助教(遺伝統計学/呼吸器・免疫内科学)、岡田随象 教授(遺伝統計学/東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)、東京大学 大学院医学系研究科の山内敏正 教授、門脇孝 東京大学名誉教授(虎の門病院 院長)らの共同研究グループは、喘息などの3種類の呼吸器・免疫疾患と、関節リウマチ、脂質異常症などの7種類の心血管代謝疾患、およびこれらに関連する特徴や性質を対象に、遺伝的関連を調査しました。(図1)。
その結果、呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患の遺伝的リスクの関係が東アジア系集団と欧州系集団で異なることを発見しました。また、これらの疾患で遺伝的リスクが逆方向に関連する生物学的パスウェイを発見し、メタボロームやプロテオームなどとの統合解析により、遺伝的リスクとの関連が異なるバイオマーカーを発見しました。
本研究成果によって呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患を合併するメカニズムの理解が進み、将来的にこれらの疾患の予防や個別化医療へ貢献することが期待されます。
本研究の背景
多疾患併存とは、一人の患者が複数の疾患に罹患している状態を指します。多疾患併存を持つ患者は、持たない患者と比較し生活の質や生命予後が不良であり、医療・介護負担の増加の一因となっています。例えば、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)や関節リウマチなどの呼吸器・免疫疾患と、脂質異常症や2型糖尿病、冠動脈疾患などの心血管代謝疾患は多疾患併存を起こすことが知られていました。
しかしながら、多疾患併存を起こす疾患の組み合わせは集団や地域により異なることが一部の疾患で知られています。欧州系集団の喘息患者やCOPD患者は肥満症や脂質異常症を合併することが多く、東アジア系集団のCOPD患者は痩せている傾向があります。このように、多疾患併存を起こす疾患の組み合わせは集団により異なることが以前より報告されていました。
呼吸器・免疫疾患や心血管代謝疾患の発症には、多くの遺伝的変異(リスク変異)が関与することが知られています。そのため、ゲノムワイド関連解析(GWAS)※7によってリスク変異を同定する研究が欧米を中心に行われてきました。遺伝的変異の分布には集団間で差があるため、呼吸器–心血管代謝疾患の多疾患併存の多様性は、各集団の遺伝的変異の分布の違いに影響を受けている可能性があります。疾患同士の関係の多様性を解明することで、多疾患併存に罹患し生活の質が低下した患者に対する個別化医療に貢献することが期待されます。
本研究の成果
まず、本研究グループは、バイオバンク・ジャパン(BBJ)※8(日本)の第1コホートおよび第2コホート、東北メディカル・メガバンク計画※9 (日本)、UKバイオバンク※10 (英国)、フィンジェン※11 (フィンランド)などにより収集された約106万人のヒトゲノム情報を活用し、GWASを実施しました。解析対象は、これら全てのバイオバンクで登録されていた呼吸器疾患(喘息、COPD、間質性肺炎)、7種の心血管代謝疾患(脂質異常症、肥満症、2型糖尿病、高血圧症、冠動脈疾患など)、免疫疾患(関節リウマチ)、重喫煙が含まれました。疾患間の遺伝的な関係を解析したところ、呼吸器・免疫疾患の遺伝的リスク上昇が東アジア系集団では心血管代謝疾患の遺伝的リスクの低下と関連しましたが、欧州系集団では心血管代謝疾患の遺伝的リスク上昇と関連したことから、呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患の遺伝的関係は集団間で多様であることを発見しました(図2)。また、東アジア系集団では関節リウマチの遺伝的リスク上昇が高血圧症の遺伝的リスクと関連することを発見しました。
次に、これらの遺伝子変異の疾患への影響を積算することで、各疾患のポリジェニック・リスク・スコア(PRS)※12を計算しました。PRSを用いて呼吸器–心血管代謝疾患の多疾患併存がある人と無い人での呼吸器・免疫–心血管代謝疾患の遺伝的関係を解析したところ、東アジア系集団では呼吸器・免疫疾患の遺伝的リスクと心血管代謝疾患の遺伝的リスクが逆方向であることがわかりました。つまり、東アジア系集団では、呼吸器・免疫疾患の遺伝的リスクが上昇すると、心血管代謝疾患の遺伝的リスクが低下しました。一方、欧州系集団では、呼吸器・免疫疾患の遺伝的リスク上昇が心血管代謝疾患の遺伝的リスク上昇と関連しました。さらに、バイオバンク・ジャパン(BBJ)の東アジア系集団とUKバイオバンクの欧州系集団の血清から測定した325個の代謝物、および2,917個のタンパク質から成るプロテオームの血中濃度とPRSの関連を解析し、各疾患の遺伝的リスクが血中の分子プロファイルに与える影響を調査しました。その結果、東アジア系集団では、喘息とCOPDの遺伝的リスクと脂質異常症の遺伝的リスクは血中代謝物に逆方向の影響を与えることが明らかになりました(図3)。
最後に、各疾患における遺伝的関連の違いに寄与する生物学的パスウェイを探索しました。各疾患のGWAS結果に基づきパスウェイ解析を行い、それぞれの疾患と遺伝的に関連の強い生物学的パスウェイを抽出しました。興味深いことに、欧州系集団では喘息の遺伝的リスクと脂質代謝パスウェイの間に明確な関連は見られなかったものの、東アジア系集団では喘息リスクが脂質代謝パスウェイの活性低下と関連する傾向があることが判明しました。一方で、免疫系と脂質代謝の両方に関連するPPARαのパスウェイは東アジア系集団と欧州系集団に共通して逆方向の遺伝的な影響を示しました。PPARαは脂肪酸の代謝に関わる一方で、T細胞におけるインターフェロンγの産生を抑制することで、炎症の抑制に関連します。これらの結果から、機能レベルで解析すると集団間で共通して多様な影響を持つ生物学的パスウェイがあることが明らかになりました。
図2: 呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患の遺伝的相関
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図3: メタボローム-PRS関連解析
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、多疾患併存がある人とない人の両方で、呼吸器・免疫疾患と心血管代謝疾患の遺伝的関係には集団間で多様性があることを示しました。この結果は、多疾患併存への個別化医療の発展において集団の遺伝的特徴を考慮することの重要性を示しており、個別化医療の発展に貢献することが期待されます。
研究者コメント
<山本 悠司さん(大学院生)>
大規模バイオバンクの複数の集団から成るゲノムデータを解析することにより、多疾患併存の多様性の遺伝的な背景を明らかにしました。本研究の成果が、世界中の多くの研究者たちに利用され、多疾患併存の医学・生物学研究の発展に貢献できることを、心より願っております。本研究の成果はバイオバンク・ジャパンや東北メディカル・メガバンク計画などの複数の大規模ゲノムコホートのご協力により実現いたしました。本研究にご協力いただきました全ての共同研究者や研究支援機構、そして研究参加者の皆様に深く感謝を申し上げます。
用語説明
※1 多疾患併存
複数の疾患が一人の患者に併存する状態。
※2 呼吸器・免疫疾患
副鼻腔などの上気道や気管、気管支、肺などの下気道に起こる呼吸器系の疾患(呼吸器疾患)と、感染症や腫瘍から体を守る役割を持つ免疫系が自分の体の一部を異物と認識して働くことにより全身の様々な臓器に起こる疾患(自己免疫疾患)の総称。
※3 心血管代謝疾患
糖尿病や高血圧症、脂質異常症、肥満症などの代謝性疾患および、代謝性疾患に関連して発症する動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、心不全などの心血管疾患の総称。
※4 メタボローム
代謝物(metabolite)と、ギリシャ語の「全て」を意味するomeを合成した言葉で、生体内に含まれる代謝物質の総体(すべて)を指す。
※5 プロテオーム
タンパク質(protein)と、ギリシャ語の「全て」を意味するomeを合成した言葉で、生体内に含まれるタンパク質の総体(すべて)を指す。
※6 生物学的パスウェイ
ある生物学的な機能的関連を持つ遺伝子群のことを指し、遺伝子の生物学的な意義の解釈に使用される。
※7 ゲノムワイド関連解析(GWAS)
Genome Wide Association Study。ヒトゲノム配列上に存在する数百万~数千万か所の遺伝子変異と疾患や形質との発症の関係を網羅的に検討する、遺伝統計解析手法。
※8 バイオバンク・ジャパン(BBJ)
日本全国の協力医療機関の患者約27万人を対象とした生体試料バイオバンクであり、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報とともに収集・管理しており、研究者や企業に試料・情報の提供を行っている。2003年からの10年間で集められた第1コホートと2013年からの5年間で集められた第2コホートで構成される。本研究では収集された検体の一部を使用した。(https://biobankjp.org/index.html)
※9 東北メディカル・メガバンク計画
日本人集団15万人を対象とした生体試料バイオバンクであり、ゲノムDNAおよびその解析結果や血清サンプルを臨床情報とともに収集・管理しており、研究者や企業へのデータ提供や分譲を行っている。東日本大震災の被災地域住民の健康情報やゲノム情報をもとに医療復興に取り組んでいる。本研究では収集された検体の一部を使用した。(https://www.megabank.tohoku.ac.jp/)
※10 UKバイオバンク(UKB)
英国の40~69歳の50万人を対象とした世界最大規模の生体試料バイオバンク。世界中の研究者にリソースを提供しており、様々な疾患の遺伝的・環境的要因の解明に貢献している。本研究では収集された検体の一部を使用した。(https://www.ukbiobank.ac.uk/)
※11 フィンジェン(FinnGen)
フィンランドで実施されている国家的バイオバンク機構。フィンランドの大学、既存のバイオバンク、病院、国際的な製薬会社が協力し、50万人を目標にゲノムデータの収集を行っている。さらにフィンランド政府の健康状態のデータベースとの紐付けにより豊富な臨床情報の入手が可能である。本研究では収集された検体の一部を使用した。(https://www.finngen.fi/)
※12 ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)
ヒトゲノム配列上に存在する遺伝子変異のうち、疾患との関連が示唆された数十〜数十万の遺伝子変異について、効果量の重み付きの和を個人ごとに計算したスコア。このスコアは実際の疾患発症リスクと相関することが示されており、スコアを計算することで疾患にかかりやすい遺伝的体質を持っているかどうか調べることができる。
特記事項
本研究成果は、2025年4月28日(月)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Dissecting cross-population polygenic heterogeneity across respiratory and cardiometabolic diseases”
【著者名】
Yuji Yamamoto1,2,#, Yuya Shirai1,2,3,4,#, Kyuto Sonehara1,4,5, Shinichi Namba1,4,5, Takafumi Ojima1,4-8, Kenichi Yamamoto1,3,9, Ryuya Edahiro1,2,4, Ken Suzuki1,10, Akinori Kanai11, the BioBank Japan Project*, Yoshiya Oda12, Yutaka Suzuki11, Takayuki Morisaki13,14, Akira Narita8, Yoshito Takeda2, Gen Tamiya6-8, Masayuki Yamamoto6,8, Koichi Matsuda14, Atsushi Kumanogoh2,15-19, Toshimasa Yamauchi10,18,†, Takashi Kadowaki10,20,†, and Yukinori Okada1,3,4,5,17,19,21,†
*バイオバンク・ジャパン研究グループ全員のリストは論文中に記載
- 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
- 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
- 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
- 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
- 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
- 東北大学大学院医学系研究科
- 理化学研究所 革新知能統合研究センター
- 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構
- 大阪大学大学院医学系研究科 小児科学
- 東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
- 東京大学大学院医学系研究科 リピドミクス社会連携講座
- 東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 人癌病因遺伝子分野(研究当時)
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野
- 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態
- 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
- 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
- 日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業
- 大阪大学ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
- 虎の門病院
- 大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)
DOI:10.1038/s41467-025-58149-y
本研究は、JSPS科研費、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業、武田科学振興財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクス・イニシアティブ、大阪大学先導的学際研究機構(OTRI) 、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムの支援を受けて行われました。