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  • 村上 真理、荒瀬 充、竹田 潔≪免疫抑制学≫ クローン病T細胞の性格を決める因子を発見
    ~腸管における転写因子 RUNX2 と BHLHE40 の重要性~

村上 真理、荒瀬 充、竹田 潔≪免疫抑制学≫ クローン病T細胞の性格を決める因子を発見
~腸管における転写因子 RUNX2 と BHLHE40 の重要性~

2025年9月4日
掲載誌 Journal of Experimental Medicine (JEM)

図1: 研究の概念
転写因子 RUNX2BHLHE40の過剰発現が腸内常在性のT細胞 TRMを誘導し、クローン病の炎症に関与する.
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研究成果のポイント

  • 細胞解析※1 を通じて、クローン病※2 患者さんの腸に蓄積する組織常在性記憶T細胞※3TRM)の特徴を明らかにし、疾患関連 TRMが誘導されるメカニズムを解明。
  • TRMの活性化はクローン病の病態に関与するが、これらのT細胞がクローン病でどのように誘導されるかは明らかにされていなかった。
  • クローン病患者さんの腸のT細胞の解析を行うことで、RUNX2 および BHLHE40 が疾患関連 TRM の形成を促すことを発見。
  • クローン病の炎症慢性化や再発を標的とした新たな治療開発に期待。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の荒瀬充特任研究員(常勤)、村上真理助教、竹田潔教授(免疫学フロンティア研究センター兼任)らのグループは、転写因子RUNX2 BHLHE40 がクローン病の病勢に関わるT細胞の誘導に重要な役割を果たすことを明らかにしました(図 1)。

クローン病は消化管に慢性の炎症を引き起こす難病であり、腸粘膜に長期に留まる記憶 T 細胞TRM)の活性化が病態に関与します。しかし、これらの T 細胞がどのように誘導されるかは明らかにされていませんでした。

今回、研究グループはクローン病患者さんの腸から採取した T 細胞を用いて 1 細胞レベルでの網羅的な解析を行ったところ、炎症性の性質を持つ TRM が患者さんの腸粘膜に蓄積していることが明らかになりました。さらに、これらの T 細胞では RUNX2 BHLHE40 の発現が上昇していることがわかりました。RUNX2 は骨芽細胞の分化・成熟のマスター因子として知られていますが、クローン病の TRM においては骨とは異なる型の RUNX2 が発現していました。

また、健康なヒトの血液から採取した T 細胞にこれらの転写因子を過剰に発現させたところ、炎症性サイトカイン IFN-γや細胞傷害性因子グランザイム B(GZMB)を高く発現し、組織に留まりやすい性質が誘導されました。一方、クローン病患者さんの腸から採取したT細胞においてRUNX2BHLHE40の発現を抑えたところ、患者さんのT細胞の特徴であった炎症性の性質や腸に留まる性質が軽減されました。本研究成果により、RUNX2 や BHLHE40 がクローン病の慢性炎症や再発に対する新たな治療規標的となる可能性が期待されます。

本研究成果は、米科学誌「Journal of Experimental Medicine」に 9 4 日(木)23:00(日本時間)に公開されました。

本研究の背景

クローン病は、T 細胞の過剰な活性化により消化管に慢性の炎症が引き起こされ、寛解と再燃を繰り返す原因不明の指定難病です。なかでも TRM は、感染や炎症の記憶を保持しながらバリア組織に長期間とどまる免疫細胞で、再刺激に対して迅速かつ強い反応を示すことが知られており、慢性炎症や病勢の遷延に寄与すると考えられています。研究グループは以前の研究(Yokoi T., et al., PNAS, 2023)において、クローン病の腸粘膜における CD4 陽性TRM の蓄積と病勢との関連について報告しましたが、これらのクローン病関連 TRM がどのように誘導されているのかは不明でした。

本研究の内容

研究グループは、クローン病患者さんと大腸がんの患者さん(コントロール:Ctrl)の大腸組織から採取した CD4 陽性 T細胞について、1細胞レベルのトランスクリプトーム・細胞表面タンパク質・クロマチンアクセシビリティ(CITE-seqscMultiome)の同時解析を行いました(図2)。 

その結果、クローン病患者さんの腸には、IFN-γGZMB を高発現する CD4 陽性 TRM が蓄積していることがわかりました。このクローン病関連TRM では、転写因子RUNX2およびBHLHE40の発現が顕著であり、これらの転写因子によって発現が制御される遺伝子群や生物学的経路も増加していました。

つづいて同一クローン病患者さんの腸粘膜、腸間膜リンパ節および血液から採取した CD4 陽性 T 細胞の TCR 解析を行ったところ、腸粘膜に存在するクローン病関連 TRM と同じ TCR を持つ T 細胞が、腸粘膜のみならず、血液や腸間膜リンパ節の特定のサブセットに確認されました。このことから、一部のクローン病関連 TRM は腸管に移入する前から TRM への分化が運命づけられていることが示唆されました(図3)。そこで、健康なヒトから採取した血液の T 細胞に RUNX2 あるいはHLHE40およびその両方を発現させたところ、クローン病関連 TRM と同様の発現型が再現されました(図4A)。

一方、クローン病患者さんの腸粘膜から採取したCD4陽性 T 細胞でいずれかの転写因子の発現を抑制すると、IFNGの発現が低下するとともに、T 細胞の腸管外への移動に関与するS1PR1の発現が上昇し、炎症腸管への滞留性が低下することが明らかになりました(図4B)。

以上のことから、クローン病患者さんの腸管において、RUNX2 および BHLHE40 の発現誘導が、クローン病関連 TRM の形成と腸炎の増悪のメカニズムの一端を担う可能性が示唆されました。

図2: 研究の概略図
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図3:クローン病患者の大腸粘膜(Colon)、腸間膜リンパ節(MLN)、および血液(Blood)由来のCD4陽性T細胞のシングルセルTCR-seq解析. 3組織間でクローン病関連TRM(TRM‗2)とTCRクローンを共有する上位6つのクローンを示す.クリックで拡大表示します

図4:(A)健康なヒトのCD4陽性T細胞にRUNX2/BHLHE40を過剰発現してフローサイトメトリーを施行. 組織滞留性のマーカーCD103とIFN-gの増加が認められた.(B)クローン病患者腸粘膜由来のCD4陽性T細胞でRUNX2あるいはBHLHE40をノックダウンしqPCRを施行. IFNGの低下と組織からの遊走マーカーS1PR1の上昇を認めた.クリックで拡大表示します

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、クローン病の病態に関わる T 細胞を制御する転写因子ネットワークの一端を解明したものであり、RUNX2 BHLHE40 を標的とした新規治療法開発に向けた基盤的知見となることが期待されます。

研究者のコメント

<村上 真理 助教>

今回の研究では、クローン病の病勢に関わるT細胞を誘導する因子を同定することができました。本研究の成果がクローン病の診断や治療法の開発につながることを願っております。全ての共同研究者と検体を提供いただいた患者様に深く御礼申し上げます。

用語説明

※1  1 細胞解析
個々の細胞ごとの遺伝子発現や機能状態を解析する手法。

※2 クローン病 
厚生労働省により難病に指定されている疾患。あらゆる消化管に慢性の炎症を引き起こし、消化管出血、下痢、体重減少、発熱などの症状をひきおこす。T細胞の過剰な応答が発症の直接的な誘因とされている。

※3  組織常在性記憶 T 細胞
感染や炎症によって組織に動員された後、長期にわたってその場に留まり、局所の免疫記憶を担う T 細胞。

※4  転写因子
特定の DNA 配列に結合して様々な遺伝子の転写を調整し、細胞の機能や分化を制御するタンパク質。

※5  記憶 T 細胞
一度認識した抗原を記憶し、再び同じ抗原に遭遇した際に迅速かつ強力な免疫応答を引き起こすT 細胞。

※6  TCR 解析 
T 細胞がどんな異物を認識しているかを調べるために、それぞれの T 細胞が持つ受容体類(TCR)の多様性や構成を網羅的に解析する手法。同じ TCR 配列を持つ T 細胞は同じ祖先から分化したと考えられる。

特記事項

本研究成果は、2025年9月4日(木)23時(日本時間)に米科学誌「Journal of Experimental Medicine (JEM)」に掲載されました。

【タイトル】

“Multi-omics uncovers transcriptional programs of gut-resident memory CD4⁺ T cells in Crohn’s Disease”

【著者名】

Mitsuru Arase1,2#, Mari Murakami1,2#, Takako Kihara3, Ryuichi Kuwahara4, Hironobu Toyota1, Naoki Sumitani1, Naohiko Kinoshita1, Kelvin Y. Chen5,
Takehito Yokoi6,Daisuke Motooka2,8,9, Daisuke Okuzaki2,7,8,9, Yuhe Zhao1, Hazuki Miyazaki10, Takayuki Ogino10, Seiichi Hirota3, Hiroki Ikeuchi4, Kiyoshi Takeda1,2,7,9*

#)同等貢献 *)責任著者

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 免疫制御学
  2. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(iFReC)
  3. 兵庫医科大学 病理学病理診断部門
  4. 兵庫医科大学 消化器外科学講座 炎症性腸疾患外科
  5. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 実験免疫学
  6. 大阪大学 大学院医学系研究科 小児科学
  7. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点 (CiDER)
  8. 大阪大学 微生物研究所(RIMD) ゲノム解析室
  9. 大阪大学 先導的学術研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
  10. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学

DOI:10.1084/jem.20242106

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED) 「腸内微生叢の宿主共生と宿主相互作用の解明」・「ヒト腸管免疫・上皮バリアの機能制御機構の解析」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究 S「糖鎖による腸管恒常性維持機構の解析」・基盤研究 B「炎症性腸疾患の免疫記憶を制御するエピゲノム機構の解明」・基盤研究 C「炎症性腸疾患における免疫細胞の分化可塑性の機序と病態の解明」・特別研究員奨励費「シングルセル解析による炎症性腸疾患の獲得免疫機構の解明」・研究拠点形成事業「ヒト免疫学を推進する先端研究ネットワーク形成」・国際共同研究加速基金(国際先導研究)「組織免疫寛容・恒常性導入による自己免疫・炎症性疾患治療開発」の支援により実施されました。