山本 和義、黒川 幸典、土岐 祐一郎 ≪消化器外科学≫ 胃がん悪液質に対するアナモレリンの有効性と安全性を検証
~胃がん悪液質に対する世界初のランダム化比較試験~
2025年9月23日
掲載誌 eClinicalMedicine
図1: 試験シェーマ
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研究成果のポイント
- 胃がん悪液質に対するランダム化比較試験を実施(計10施設 患者203例)し、胃がん悪液質に対するアナモレリンの有効性と安全性を示した。
- 体重減少と骨格筋量の低下を特徴とするがん悪液質は、これまで有効な薬物治療がほとんど存在していなかったが、今回の試験によりアナモレリン投与群では、除脂肪体重が増加し、全体重も有意に増加したことから、アナモレリンが新たな治療法となる可能性が判明。
- アナモレリン投与群では、食欲・食事関連QOLの有意な改善に加え、化学療法関連の有害事象(食欲不振、嘔気)の発生割合も有意に低下した。
- 今後の薬物療法・栄養療法・運動療法を組み合わせた多面的アプローチの発展や、新規がん医療選択肢の提供に期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学の山本和義講師(研究当時)、黒川幸典准教授、土岐祐一郎教授らの研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科と関連病院の計10施設が参加したランダム化比較試験を実施し、胃がん悪液質に対するアナモレリン※1の有効性と安全性を示しました。
がん悪液質※2は、進行がん患者の50~80%に発症すると報告されており、特に肺がんや消化器がんで高頻度にみられる重篤な合併症です。体重減少と骨格筋量の低下が特徴で、代謝異常や異化反応の進行により、治療継続を困難にする臨床的課題があり、これまで有効な薬物治療はほとんど存在していません。
本試験では、標準治療に加え、悪液質を伴う切除不能進行または再発胃がんに対して1~3次化学療法を予定または実施中の患者203例を、アナモレリンを12週間投与する群(104例)と非投与群(99例)に無作為に割付け行いました。最終的にアナモレリン投与群101例と非投与群97例が解析対象となり、8週間後の除脂肪体重※3変化量を主要評価項目としました。
その結果、アナモレリン投与群では体重増加と食欲改善が示され、除脂肪体重については増加傾向を示し(+0.99 vs +0.14, P=0.063)、ANCOVA補正解析では有意差を認めました(+1.077kg, P=0.018)。握力や化学療法の奏効率には差を認めませんでしたが、化学療法に伴う食欲不振や嘔気といった副作用の発生率が低下し、安全性も良好でした。
これらの結果は、アナモレリンが悪液質を伴う進行・再発胃がん患者の栄養状態およびQOL改善に寄与する可能性を示唆するものです。
本研究の背景
がん悪液質(cancer cachexia)は、進行がん患者の50~80%に発症すると報告されており、特に肺がんや消化器がんで高頻度にみられる重篤な合併症です。特徴は、栄養補給のみでは回復できない持続的な体重減少と骨格筋量の低下であり、著しい身体機能の障害と予後不良をもたらします。腫瘍由来因子と宿主炎症反応が複雑に絡み合うことで代謝異常や異化反応が進行し、治療継続を困難にする臨床的課題となっていますが、これまで有効な薬物治療はほとんど存在せず、大きなアンメット・メディカル・ニーズが残されていました。
この背景のもと注目されているのが、日本人研究者・寒川賢治博士(国立循環器病研究センター名誉所長)らによって1999年に発見された消化管ホルモン「グレリン※4」です。グレリンは食欲刺激、体重増加、筋肉量増加、抗炎症作用など多彩な生理作用を持ちます。さらに、大阪大学大学院医学系研究科の土岐祐一郎教授は、胃切除後に血中グレリン濃度が著しく低下することを世界で初めて報告し、グレリンの臨床的重要性を明らかにしました。その後、寒川博士と土岐教授はグレリンと消化器がんの関連に関して多くの共同研究を行い、その成果は栄養学・腫瘍学の分野で高く評価されています。
このグレリンの作用を模倣する経口薬がアナモレリンであり、非小細胞肺がん悪液質を対象とした国際共同第III相試験(ROMANA 1・2試験)において、食欲、体重、除脂肪体重(LBM)の改善効果が報告されました。しかし、消化器がん、とりわけ胃がんにおけるアナモレリンの効果については、これまで小規模な第III相試験や観察研究に限られており、科学的エビデンスは乏しく、その有効性は依然として議論の余地がありました。
本研究の内容
研究グループは今回、切除不能または再発胃がん患者を対象とした世界初の多施設共同ランダム化比較試験を実施し、アナモレリンの有効性と安全性を検証しました。試験には大阪大学大学院医学系研究科と関連病院の計10施設が参加しました。
本試験では、悪液質を伴う切除不能進行または再発胃がんに対して1~3次化学療法を予定または実施中の患者203例を、アナモレリンを12週間投与する群(104例)と非投与群(99例)に無作為に割付けました。最終的にアナモレリン投与群101例と非投与群97例が解析対象となりました。
その結果、主要評価項目である8週間後の除脂肪体重の変化量について、アナモレリン投与群で非投与群に比べ増加傾向を示し(+0.99 vs +0.14, P=0.063)、ANCOVA補正解析では有意差を認めました(+1.077kg, P=0.018)。約1kgの除脂肪体重の増加効果は、非小細胞肺がん悪液質を対象としたROMANA1・2試験の結果と同等であり、アナモレリンの除脂肪体重に与える効果の再現性が確認されました。
また、アナモレリン投与群では8週間後の全体重および脂肪体重の増加を認めました。8週間後の握力変化量には差を認めませんでした。化学療法の奏効率には差を認めませんでしたが、化学療法に伴う食欲不振や嘔気といった副作用の発生率が低下し、食事関連QOL:「食欲はありましたか?」「食事が美味しいと思いましたか?」の項目で有意な改善を認めました。
安全性については、Grade 3の高血糖1例以外にアナモレリン投与による重篤な有害事象は認めませんでした。サブグループ解析の結果から、PS 0-1と体力が比較的保たれている症例や、化学療法歴が短い一次化学療法中の症例で、除脂肪体重の改善効果を認めやすいことが明らかになりました。
これらの結果は、アナモレリンが悪液質を伴う進行・再発胃がん患者の栄養状態およびQOL改善に寄与する可能性を示唆するものです。
図2: 除脂肪体重、全体重の変化量の推移
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ランダム化比較試験概要
対象: 悪液質を伴う切除不能・進行再発胃癌症例で1~3次化学療法を予定または実施中の患者
登録期間: 2021年11月17日~2024年7月4日
介入: アナモレリン投与群はアナモレリン100㎎/日 12週間投与
主要評価項目: 8週後の除脂肪体重変化量
副次評価項目: 体重、脂肪量、握力、栄養指標、QOL、化学療法関連副作用、安全性、サブグループ解析
主要評価項目(8週後の除脂肪体重変化量)
アナモレリン投与群:+0.99 (+0.34 to +1.64) kg
アナモレリン非投与群: +0.14 (-0.49 to +0.77) kg
補正前群間差(95%信頼区間): +0.85 (-0.05 to 1.75)kg (P=0.063)
補正後群間差(95%信頼区間): +1.077(0.184 to 1.969)kg (P=0.018)
補正前は有意差がなかったものの、ANCOVA補正解析では有意差を認めた。
副次評価項目
- 8週後の全体重変化: +1.17 (+0.56 to 1.78) vs. -0.59(-1.22 to +0.04) kg (P<0.0001)
- 8週後の脂肪量変化: +15 (-0.40 to +0.70) vs. -0.73 (-1.37 to -0.08) kg (P=0.040)
- 8週後の握力変化: -0.13 (-1.04 to +0.78) vs. -0.65 (-1.41 to 0.12) kg (P=0.39)
- 食事関連QOL: 「食欲はありましたか?」「食事が美味しいと思いましたか?」の項目が有意に改善
- 化学療法関連副作用: Grade 2以上の食欲不振(6% vs. 23.2%, P=0.022)、嘔気(0% vs. 6.3%, P=0.013)が有意に減少
- 化学療法の奏効率: 1次治療での奏効率7% vs. 28.1%、2次治療では12.5% vs. 21.1%、3次治療では14.3% vs. 0%で、いずれのラインでも群間に統計学的有意差は認めなかった。
- 安全性: 高血糖(Grade 3, 1例)以外に重篤な有害事象なし。安全性は良好。
図3: サブグループ解析
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PS(ECOG) 0-1の症例や1次化学療法中の症例で、除脂肪体重の改善効果がより顕著であった。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果によりアナモレリンが胃がん悪液質患者の体重や食欲を改善し、化学療法継続を支える可能性が示されました。これは、患者の生活の質の向上に直結する成果であり、社会的にも大きな意義を持ちます。さらに、グレリン研究の知見を基盤とする本成果は、今後の薬物療法・栄養療法・運動療法を組み合わせた多面的アプローチの発展につながり、がん医療に新しい治療選択肢を提供することが期待されます。
研究者のコメント
<土岐祐一郎 教授>
本試験は、大阪大学大学院医学系研究科消化器外科と関連病院の計10施設で行った世界初の胃がん悪液質に対するランダム化比較試験です。症例数は大規模ではありませんが、厳密な試験を実施することで臨床的に意義ある結果が得られたと考えております。
がん悪液質は治療継続や予後を左右する重要な課題であり、アナモレリンが患者さんの体重や食欲を改善し得ることを示せた意義はかなり大きいと考えています。
用語説明
※1 アナモレリン(anamorelin)
anamorelin、グレリンと同様の作用を持つ経口薬(グレリン受容体作動薬)。食欲刺激や体重増加効果を持ち、がん悪液質の新しい治療薬候補として期待されている。
※2 がん悪液質(cancer cachexia)
cancer cachexia、進行がん患者に多くみられる合併症で、食欲不振や代謝異常により体重や筋肉量が減少する。栄養補給だけでは改善しにくく、治療の継続や予後に大きな影響を及ぼす。
※3 除脂肪体重(lean body mass)
lean body mass、体重から脂肪を除いた筋肉・骨・内臓などの重量。がん悪液質の診断や治療効果判定において重要な指標。
※4 グレリン(ghrelin)
ghrelin、胃から分泌される消化管ホルモンで、日本人研究者・寒川賢治博士により発見された。食欲を高め、体重や筋肉量の増加、炎症抑制など多様な作用を持つ。
特記事項
本研究成果は、2025年9月23日(火)8時30分(日本時間)に英国科学誌「eClinicalMedicine」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Efficacy and safety of anamorelin for cancer cachexia in patients with unresectable or recurrent gastric cancer: a multicentre, open-label, randomised controlled trial” (悪液質を伴う切除不能または再発胃癌患者に対するアナモレリンの有効性と安全性:多施設共同、非盲検、無作為化比較試験)
【著者名】
山本和義1,2、黒川幸典1、宮崎安弘3、大森健2、柳本喜智2, 4、新野直樹4、竹野淳5、川端良平6、赤丸祐介7、杉村啓二郎8、松山仁9、木村豊10、山下公太郎1、西塔拓郎1、高橋剛1、山田知美11、江口英利1、土岐祐一郎1
- 大阪大学大学院医学系研究科 消化器外科学
- 大阪国際がんセンター消化器外科
- 大阪急性期総合医療センター消化器外科
- 市立豊中病院外科
- 国立病院機構大阪医療センター外科
- 堺市立総合医療センター外科
- 大阪労災病院外科
- 関西ろうさい病院外科
- 市立東大阪医療センター外科
- 近畿大学奈良病院消化器外科
- 大阪大学医学部付属病院未来医療開発部データセンター
DOI:10.1016/j.eclinm.2025.103500
なお、本研究は、小野薬品工業株式会社から資金提供を受け実施しました。
本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。