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患者の視点を反映する研究・政策形成のための実践的な方法を提言 ~より多面的な患者の負担に焦点を当てた研究や 患者参画の実践・研究の普及に向けて~

図1: 「コモンズプロジェクト」の概要

研究成果のポイント

  • 患者の視点を反映した研究を実現していくために必要な政策についての提言をまとめた。
  • 患者やその家族のさまざまな負担の軽減や解決に繋がる研究や、患者参画型の研究や活動、患者参画のあり方を考える研究の推進を提言した。
  • 本提言は希少疾患領域のみならず、広く医療・医学研究の政策に役立つことが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の古結敦士助教、磯野萌子助教、加藤和人教授(医の倫理と公共政策学)らの研究グループは、「コモンズプロジェクト※1」の患者・行政経験者のメンバーらとともに、患者の視点を反映した研究を実現していくために必要な政策を提言としてまとめ、発表しました。

近年、政策立案におけるステークホルダー※2の関与が医学・医療の分野で注目されていますが、実践的な方法論はまだ確立されていませんでした。

そこで本研究グループは、より患者の視点を反映した、政策形成のためのエビデンス※3の創出と、そのためのステークホルダー間の協働の方法の開発を目的としてコモンズプロジェクトを開始しました(図1)。本研究で、10疾患の希少疾患の患者・患者家族、研究者、行政経験者がワークショップを通して継続的に熟議を行い、希少疾患患者やその家族が直面する困難について整理して提示しました。さらに、そのような困難に対して研究として取り組む際に、どのような研究テーマを優先して取り組むべきかという優先順位についても議論を行いました。本研究では、患者・患者家族も共に研究を進める立場として参画し、議論の進め方や結果のまとめ方についても共に検討を行いました。

本提言では、これらの結果を基に、より患者の視点を反映した研究や政策を実現するために特に重要なことを、1)より多面的な患者の負担に焦点を当てた希少疾患研究の推進、2)患者参画型の研究や活動の推進、3)患者参画のあり方を考える研究の推進という3項目にまとめています。本提言は、希少疾患領域のみならず、広く医療・医学研究の政策に役立つと期待されます。

研究の背景

近年、政策を形成する際に、何らかの根拠をもとに政策を立案し実装することが求められるようになってきています。それと同時に、その過程に当事者が関与することの重要性が認識されています。医療・健康分野においては、徐々に患者が医療現場における意思決定や医学の研究に積極的に参画できるように、流れが変わりつつあります。実際に、日本の生命倫理専門調査会におけるヒトゲノム編集の研究ガバナンスによる議論では、市民、専門家、患者などステークホルダーが関与していることが明らかになっています(2023.6.2発表)。このような流れは、この分野に関連する政策を形成する過程にも波及していくことが予想されます。しかし、どのようにすれば患者視点を政策の形成過程に効果的に取り込めるのか、というような問題についてこれまで明らかにされておりませんでした。特に、本研究で対象とした稀少疾患領域では、一部の、個々の患者会による陳情型で意見を伝えることに留まっており、患者会をもたない疾病の患者や、患者会活動が活発ではない疾病の患者の声も含め、希少疾患領域の政策に、より客観的な形で患者の声を反映させることが課題となっています。

本研究の内容

本研究グループでは、患者、患者家族といった当事者を含む様々な立場の人が継続的に意見を交わし、政策形成の際に参照可能なエビデンスを生みだしていくような「場=コモンズ」を作ることを目指して「コモンズプロジェクト」を開始しました。

本研究では、10疾患の希少疾患の患者・患者家族、研究者、行政経験者が計20回以上のワークショップを通して継続的に熟議を行いました。このような継続的な熟議の場を通して、参加者がお互いの視点や考え方を学び合い、自身の成長と信頼関係の醸成を実感し、そのことが議論の深化に大きく寄与しました。

本研究の結果、希少疾患を抱える患者やその家族は、診断や治療等の医療面に関することだけではなく、生活面や心理面の負担、繋がりや情報、認知・理解の不足をはじめとする、多岐にわたる、計り知れない困難に直面していることを改めて整理して提示することができました(図2)。このような困難は、既存の政策や研究だけでは十分に対応できていないことが議論を通して明らかとなりました。

図2: 希少疾患患者が直面する困難

さらに、そのような困難に対して研究として取り組む際に、どういった研究テーマに優先して取り組むべきかという優先順位についても議論を行いました。その結果、特に優先度の高いものとして、①日常生活の支障、経済的な負担、就労就学の悩みなどの生活面の負担の軽減や解決を目指すような研究、②不安や悲観、遺伝性疾患に特有の心理といった精神心理面の負担の軽減や解決を目指すような研究、③通院の負担(時間的・労力面の負担など)の軽減や解決を目指すような研究、が挙げられました(図3)。

図3: 本研究で示された「特に重要な研究テーマ」(図中赤字で示されたもの)

なお、本研究では、患者・患者家族も共に研究を進める立場として参画し、議論の進め方や結果のまとめ方についても共に検討を行いました。

これらの結果を基に、より患者の視点を反映した研究や政策を実現するために特に重要なことを3項目にまとめ、提言として公表しました。

提言1 より多面的な患者の負担に焦点を当てた希少疾患研究の推進
提言2 患者参画型の研究や活動の推進
提言3 患者参画のあり方を考える研究の推進

提言1は、本研究で特に重要とされた7つの研究テーマ(図3で赤字で示されたもの)をはじめとする、より多面的な患者の負担に焦点を当てた希少疾患研究の推進に関するものです。多面的な負担の軽減や解決を目指す研究に加え、現在行われている施策や研究の不十分な点を明らかにする研究の推進についても提言しています。  

提言2は、提言1で示されたような研究から患者のニーズに直接的に応えるような成果を生み出せるようにするための提言です。患者が研究の計画や実施のプロセスに関わること(患者参画)で、より患者の視点を反映した研究の実現が期待されます。そのために、政策として、患者参画型の研究の企画立案に対する助成や、患者参画のための活動資金の助成、患者参画のための準備期間の設定や研究期間の延長などを提案しています。  

提言3は、患者参画をさらに広げていく上で必要となる、患者参画そのものに関する経験や知見を深めることについての提言です。具体的には、①海外で実施されている患者参画が日本でも適用可能かどうかを実証する研究、②日本で萌芽的に実施されている患者参画の利点と課題を整理・分析する研究、③日本の医学研究のどのような部分に患者参画が導入できるかを実証する研究、④患者参画の効果に関する評価方法を明らかにする研究などを政策として推進することを提言しています。

本プロジェクトが社会に与える影響

本提言をもとに、より多面的な患者の負担に焦点を当てた希少疾患研究や、患者参画型の研究と活動、患者参画そのものについての研究が進むことで、より患者の視点を反映した研究や政策が実現することが期待されます。

研究者のコメント

<加藤 和人 教授>

患者や患者関係者と医学・医療の専門家、そして政策立案と実施の現場を経験した専門家という3つの属性の人たちが、3年にわたってお互いに学びあい、苦しみを分かち合い、また時には笑いあえる仲間となりながら、熟議を続けることができました。その結果、希少疾患を抱える患者や家族の困難に立ち向かうために何をすべきかが明らかになりました。医学研究者、政策担当者の方々が、明らかになった希少疾患患者の困難に関する研究を進めるとともに、患者参画を推進し、真に効果的な希少疾患研究と政策が推進されることを期待しています。

用語説明

※1 コモンズプロジェクト
JST-RISTEX 社会技術研究開発事業 科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム「医学・医療のためのICTを用いたエビデンス創出コモンズの形成と政策への応用」平成30年〜令和4年(代表:加藤和人)。

※2 ステークホルダー 
関与者、または利害関係者のこと。医療分野においては、患者や患者家族、医療・福祉分野の専門職、研究者、政策担当者などが含まれる。

※3 政策形成のためのエビデンス
本研究では、「政策形成の際に参照可能な情報」のことをエビデンスと呼ぶこととした。

特記事項

本研究成果は、Webサイト上で公開されました。
https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/research-project/results

タイトル:“患者の視点を反映した研究・政策形成に向けての提言”
代表:加藤 和人(大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学 教授)
編集:古結 敦士(大阪大学 大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学 助教)

本研究は、社会技術研究開発センター(RISTEX)「科学技術イノベーション政策のための科学」研究開発プログラムの一環として行われ、以下の方々と共に行いました。

  • 大阪大学大学院人間科学研究科 山本ベバリー・アン教授(NPO法人 HAEJ理事長)
  • 大阪大学大学院医学系研究科​ 
     高橋正紀教授、久保田智哉准教授、松村泰志招聘教授、​武田理宏教授、真鍋史郎(当時寄付講座准教授)、
     玉井克人寄附講座教授、山﨑千里招聘教員、濱川菜桜(当時大学院生)、相京辰樹共同研究員
  • 広島大学大学院医系科学研究科​ 田中暁生教授
  • 広島市立広島市民病院 秀道広病院長(兼)皮膚科 部長
  • プロジェクトにご参画いただいた患者・患者家族・患者グループ関係者の皆さま
  • 筑波大学 筑波大学医学医療系・医療情報マネジメント学 古田淳一講師
  • 長崎大学 移植・消化器外科 虎島泰洋客員研究員

本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。