2016年

 

山下 俊英≪分子神経科学≫ 痛みのシグナルを強めるタンパク質を発見

免疫制御学-1
クリックで拡大表示します

2016年11月18日 発表
掲載誌The Journal of Experimental Medicine(2016) doi:10.1084/jem.20160877

研究成果のポイント

■神経障害性疼痛の原因分子を発見し、これまで不明であった脊髄内の介在神経において、痛みが増幅されるメカニズムが解明された
■神経障害性疼痛および炎症性疼痛を発症したラットにおいて、脊髄内介在神経で発現するネトリン4の抑制により、持続的かつ強力な鎮痛効果が見られた
■慢性疼痛に対して高い鎮痛効果を示す治療薬の開発に繋がることが期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科分子神経科学の山下俊英教授、早野泰史元特任助教(現Max Planck Florida Institute for Neuroscience博士研究員)らの研究グループは、脊髄内の介在神経※1からネトリン4※2というタンパク質が分泌され、痛みを増幅させることを発見しました。

神経障害性疼痛3は、神経損傷、糖尿病、脳卒中などの疾患が原因で起こる難治性の慢性疼痛です。慢性疼痛の患者数は国内だけでも推定2000万人と非常に多いにもかかわらず、現行の治療に満足する患者さんは1/4程度に過ぎず、新たな治療薬の開発が待たれています。

今回、山下教授らの研究グループは、分泌性のタンパク質であるネトリン4が、痛みを伝える脊髄内の介在神経で特異的に発現することを突き止めました。ネトリン4を発現しないラットでは、神経障害による痛みの症状が現れませんでした。さらに神経障害性疼痛および炎症性疼痛※4を発症したラットでは、ネトリン4を抑制すると、持続的で強力な鎮痛効果がみられました(図1)。

今後、本研究成果により、既存の薬では治療しきれない慢性疼痛に対して、ネトリン4の発現を抑制することで、高い有効性と安全性を両立させた画期的な疼痛治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」に、11月18日に公開されました。

免疫制御学-1
クリックで拡大表示します

研究の背景

ケガや病気のあとに1~3ヵ月以上続く「慢性の痛み」は、近年の国内調査では人口の14~23%、約2000万人近くの方にあり、世界規模では15億人以上にも上る人々が慢性疼痛に苦しむとの推計もあります。また米国では、慢性疼痛による経済的損失が約9兆円と推測されるなど、大きな社会問題となっています。一方で、現在の治療に満足する患者さんは1/4程度に過ぎず、効果があり副作用の少ない治療薬の開発が待ち望まれています。

神経の痛みである「神経障害性疼痛」とは、何らかの原因により神経が障害され、神経が異常な興奮をすることで起こる痛みです。神経損傷、糖尿病、脳卒中などの病気が原因で、慢性的な痛みを引き起こし、重症かつ難治性とされています。
皮膚や内臓からの感覚情報は、末梢神経を伝って脊髄に到達します(図1)。感覚情報は、脊髄後角※5において修飾・統合され、二次痛覚神経を伝って脳に至り、痛みとして感じます。神経障害性疼痛は、主に、この脊髄後角の神経が異常に興奮することで起こると考えられています。

中枢神経系における疼痛に関するメカニズムについては、いくつかの仮説がありますが、それらに基づいた有効な治療薬は開発が進んでいません。今回、山下教授らの研究グループは、痛みシグナルの伝達や中継に重要な部位である脊髄後角において、介在神経に着目し、痛みの増幅に関わる分子や、そのメカニズムを調べました。

免疫制御学-1
クリックで拡大表示します

本研究の成果

研究グループは、ラットやヒトの脊髄後角の介在神経において、分泌性のタンパク質であるネトリン4が特異的に発現していることを見出しました(図2)。

次に、脊髄後角におけるネトリン4の役割を検証するために、ネトリン4遺伝子を欠損するラットを用いて痛みの反応を観察しました。通常のラットでは、末梢神経を障害すると、痛覚過敏(普通では痛みを引き起こさない刺激によって痛みを生じる)の症状が起こりますが、ネトリン4を欠損したラットではその症状が起こりませんでした(図3①)。また、末梢神経が障害され痛覚過敏の症状があるラット(神経障害性疼痛モデルラット)に、ネトリン4の機能を抑制する抗体やネトリン4の発現を抑える核酸(siRNA)を投与すると、持続的かつ強い鎮痛効果が見られました。これとは逆に、ネトリン4を脊髄内に投与すると、痛覚過敏が起こりました(図3②)。また、異なる痛みである炎症性疼痛を起こしたラットにおいても、同様の鎮痛効果が観察されました。以上より、ネトリン4は痛みの発症の原因となる物質であることが分かりました。

さらに、ネトリン4が強める痛みのシグナルが、どのように伝わっていくのか解析したところ、脊髄後角の介在神経から分泌されるネトリン4は、痛みを伝える二次痛覚神経に発現するUnc5B受容体に結合することで、この神経に神経興奮を引き起こし、神経障害性疼痛を発症させることが分かりました(図4)。これによりネトリン4によって痛みが増幅するメカニズムが明らかになりました。

免疫制御学-1
クリックで拡大表示します

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、既存の薬では治療しきれない慢性疼痛に対して、ネトリン4の発現を抑制することで、高い有効性と安全性を両立させた画期的な疼痛治療薬の開発が期待されます。

特記事項

【特記事項】
本研究成果は、2016年11月18日に米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】”Dorsal horn interneuron-derived Netrin-4 contributes to spinal sensitization in chronic pain via Unc5B.”
【著者】
Yasufumi Hayano1, Keiko Takasu2, Yoshihisa Koyama1, Moe Yamada1, Koichi Ogawa2, Kazuhisa Minami2, Toshiyuki Asaki2, Kazuhiro Kitada3, Satoshi Kuwabara4, and Toshihide Yamashita1.

1.大阪大学 大学院医学系研究科 分子神経科学
2.塩野義製薬株式会社 コア疾患研究 疼痛・神経領域
3.北海道大学 大学院理学研究院 生物科学部門
4.千葉大学 大学院医学研究院 神経内科学

なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)の一環として行われました。

用語説明

※1 脊髄(内)介在神経
介在神経は、他の神経細胞から情報を受け取り、近傍の神経に情報伝達をする。感覚を伝える脊髄介在神経は、脊髄の後角にあり、痛み情報を末梢神経から受け取り、二次痛覚神経にその情報を伝達する役割をもつ。

※2 ネトリン4(Netrin-4)
ネトリンは、神経の回路が作られる時に働く分泌性のタンパク質ネトリン1を代表とするファミリータンパク質である。ネトリンは神経の軸索をガイドし、適切な回路を形成する役割をもつ。また細胞移動、細胞生存、軸索の枝分かれ形成などの神経回路の形成に重要な役割を担うことがこれまでの研究から明らかになっている。疼痛との関わりは、本研究グループの成果で初めて解明された。

※3 神経障害性疼痛(しんけいしょうがいせいとうつう)
神経が異常な興奮をすることで起こる痛みである。坐骨神経痛や腰痛症、糖尿病性神経障害による痛みや痺れがある。1?3ヶ月以上と長く続く慢性疼痛の原因となる。

※4 炎症性疼痛
怪我や感染に伴う炎症や物理的刺激による痛み。炎症部位では、痛みを起こす物質が発生する。ほとんどは、急性の痛みで、切り傷、打撲、腱鞘炎、関節リウマチ、頭痛などがある。

※5 脊髄後角(せきずいこうかく)
脊髄における痛み伝達経路に関わる部位。末梢組織からの痛み情報は、感覚神経から、脊髄後角において二次痛覚神経に伝達され、脳に伝わる。慢性疼痛病態の形成に、脊髄後角での痛み伝達機構のさまざまな変化が関わると考えられている。脊髄後角での痛み情報伝達機構には、介在神経などが重要な役割を果たしていると想像されてきたが、実態は不明だった。

 

URLhttp://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/