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中村 隼、山本 毅士、高畠 義嗣、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学≫ 肥満に伴う腎臓病に対抗するメカニズムを発見 ~新しい疾患概念「肥満関連尿細管症」を提唱~

2023年1月18日
掲載誌 JCI Insight

図1. MLBは尿中に排泄される
高脂肪食を負荷した肥満マウスの電子顕微鏡画像を示す(: 腎臓、右: 尿)
近位尿細管に形成されたMLBは尿細管腔に排泄され、尿中で認められる。
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研究成果のポイント

  • 肥満の患者さんでは腎臓の近位尿細管*Multilamellar body(MLB) *2と呼ばれるリン脂質が蓄積し空胞を伴う病変(以下空胞病変と記載)が生じる(肥満関連尿細管症と命名)。この空胞病変に対抗する新しい機序を解明した。
  • 近位尿細管は飽和脂肪酸にさらされると転写因子*3TFEB(transcription factor EB)が活性化する。活性化したTFEBは、MLBの尿中への排泄を促し、空胞病変に対抗することが明らかになった。
  • TFEBを標的とすることで、肥満に伴う腎臓病に対する新しい治療法の開発が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の中村隼さん(博士課程、山本毅士 特任助教(常勤)、高畠義嗣 講師(研究当時)、猪阪善隆 教授(腎臓内科学)らのグループは、肥満患者で認められる腎臓の空胞病変に対抗する、新しいメカニズムを明らかにしました。  

これまで本研究グループは、肥満により近位尿細管に空胞病変が生じ、オートファジー*4が空胞病変形成に寄与することを明らかにしていましたが、空胞病変を制御する機構は不明でした。

今回、本研究グループは、オートファジーやリソソーム*5生合成を制御する転写因子TFEBに着目しました。飽和脂肪酸の一つであるパルミチン酸は、TFEBを活性化しますが、このTFEB活性化は脂肪酸毒性に対抗し細胞を保護することを見出しました。また、空胞病変はMLB蓄積により生じますが、TFEBはこのMLBを尿細管腔に排泄することで蓄積を減らすことがわかりました(1)。さらに、肥満患者では、尿細管のTFEB活性が低下していることが判明し、TFEB活性低下が空胞病変を悪化させることが示唆されました。これらの研究により、TFEBを標的とすることで、肥満や生活習慣病に伴う腎臓病に対する新しい治療の開発が期待されます。

研究の背景

肥満は腎機能低下の危険因子であることが広く知られています。肥満に伴う腎臓病は「肥満関連腎臓病」と呼ばれ、古くから糸球体が病変の首座として認識されてきました。しかし、近年、近位尿細管にも空胞病変が観察されることがわかってきました。肥満により血中で増加する飽和脂肪酸は、糸球体でろ過された後、近位尿細管によって取り込まれます。この脂肪酸は細胞毒性を持ち、オートファジーを持続的に活性化させるため、リソソームでは不消化のリン脂質(MLB)が蓄積し、結果として空胞病変が形成されます(「肥満関連尿細管症」と命名)。しかし、この病理病態に対抗しうる機構についてはこれまで不明でした。

研究の内容

まず、パルミチン酸を負荷した近位尿細管細胞の遺伝子発現変化を網羅的に解析したところ、転写因子TFEBが活性化し、その下流因子の発現が増加することがわかりました。そこで、肥満に伴う尿細管空胞病変に対してTFEBがどのように影響するかを明らかにするために、近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスを作成し、肥満モデルとして高脂肪食負荷を2カ月間行ったところ、近位尿細管の空胞病変(MLB蓄積)が、TFEBノックアウトマウスで著しく増加していました(2)

逆に、TFEBを活性化することが知られているトレハロース(二糖類の一種)やレスベラトロール(ポリフェノールの一種、赤ワインに含まれる)を高脂肪食負荷マウスに投与すると空胞が減少しました。また、TFEBがどのような機序でMLB蓄積に対抗するかを検討したところ、TFEBMLBの尿中排泄を促すことでその蓄積に対抗することを見出しました(1)。最後に、上記の知見をもとに当院で腎生検を施行した患者さんの検体を用いてTFEB発現と空胞病変を調べたところ、肥満患者ではTFEB染色の減少と多数の空胞病変を認め、肥満ではTFEB活性が低下してしまい、空胞病変が増加することが示唆されました(図3)。

図2. TFEBのノックアウトは空胞病変増悪・MLB蓄積をきたす
高脂肪食を負荷した野生型マウス・近位尿細管特異的TFEBノックアウトマウスのPAS染色画像(左)・電子顕微鏡画像(右)を示す。高脂肪食負荷時に形成される近位尿細管の空胞病変・MLB蓄積はTFEBノックアウトにより増悪する。
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図3.肥満患者の尿細管においてTFEB染色の減少と多数の空胞病変を認める
非肥満患者と肥満患者の染色画像を示す。
肥満患者の尿細管では核(青色)のTFEB染色性は低下しており(上)、多数の空胞病変を認める(下)。
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

肥満および慢性腎臓病は世界的に増加しており、多くの国で社会問題となっています。これまで肥満関連腎臓病の治療は、食事・運動療法による減量と一般的な慢性腎臓病管理でしたが、本研究により、肥満や生活習慣病に伴う腎臓病に対して、TFEBを標的とする新しい治療法の確立が期待されます。

研究者のコメント

山本 毅士 特任助教 >

飽食の時代である現代、肥満は世界規模で増加の一途をたどっています。肥満に伴う腎臓病では、これまで糸球体が着目されており、尿細管病変が注目されることはほとんどありませんでした。今後、肥満に伴う腎臓病の病理病態への理解が深まり、治療を視野に入れた腎生検組織評価が普及すれば幸いです。

用語説明

※1 近位尿細管
腎臓は主に糸球体と尿細管から構成される。糸球体で濾過された血液は原尿となり、近位尿細管・遠位尿細管・集合管からなる尿細管で水分や電解質、栄養素などの再吸収が行われ、尿として体外に排泄される。なかでも近位尿細管は糖やアミノ酸、アルブミンなどの再吸収を担っており、エネルギー代謝が盛んで、またストレスにさらされやすいことから、オートファジーが重要な役割を果たす。

※2 Multilamellar body(MLB)
多層の脂質の膜からなる膜構造の細胞内小器官。リン脂質が多く含まれるリソソームが主体と考えられており、塩基性両親媒性の薬物やリソソーム加水分解酵素活性低下によっても認められる。

※3 転写因子
DNAに配列特異的に結合することで、mRNAの発現を開始・停止させる、あるいはその量を増加・減少させるタンパク質の一群。

※4 オートファジー
細胞質構成成分を分解し、エネルギーの再利用や細胞内小器官の修復に携わる。分解基質がオートファゴソームという二重膜小胞に隔離され、分解酵素に富むリソソームに融合することで分解が生じる。

※5 リソソーム
細胞内小器官の一つであり、加水分解酵素を内部にもち様々な物質の分解を行う。ライソゾームとも呼ばれる。

特記事項

本研究成果は、2023年1月18日(水)4時(日本時間)に米国科学誌「JCI Insight」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“TFEB-Mediated Lysosomal Exocytosis Alleviates High Fat Diet–Induced Lipotoxicity in the Kidney”

【著者名】

Jun Nakamura, Takeshi Yamamoto, Yoshitsugu Takabatake, Tomoko NambaHamano, Satoshi Minami, Atsushi Takahashi, Jun Matsuda, Shinsuke Sakai, Hiroaki Yonishi, Shihomi Maeda, Sho Matsui, Isao Matsui, Takayuki Hamano, Masatomo Takahashi, Maiko Goto, Yoshihiro Izumi, Takeshi Bamba, Miwa Sasai, Masahiro Yamamoto, Taiji Matsusaka, Fumio Niimura, Motoko Yanagita, Shuhei Nakamura, Tamotsu Yoshimori, Andrea Ballabio, and Yoshitaka Isaka

【DOI番号】10.1172/jci.insight.162498