内藤 祐二朗、小山 正平、熊ノ郷 淳 ≪呼吸器・免疫内科学≫ がん免疫を増強する分子“セマフォリン4A”を同定 ~肺がんの新たな治療効果予測マーカーや治療標的として期待~
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2023年5月20日
掲載誌 Science Advances
図1: がん細胞に発現するセマフォリン4AがCD8陽性Tリンパ球を活性化する
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研究成果のポイント
- 免疫チェックポイント阻害薬はがん治療に大きな進歩をもたらしたが、奏効率は十分とは言えず、治療の効果に関わるバイオマーカーの樹立と、その効果を増強する新規治療法の開発が急務とされている。
- 肺がん細胞のセマフォリン4A※1発現が、腫瘍浸潤Tリンパ球※2の活性化と関連し、その発現によって免疫チェックポイント阻害薬※3が効きやすくなることを見出し、そのメカニズムを明らかにした。
- 肺がん細胞のセマフォリン4A発現を評価することは、免疫チェックポイント阻害薬の効果予測に有用な可能性があり、さらにがん免疫を増強する新たな治療標的としても期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の内藤祐二朗助教、小山正平特任准教授(非常勤)、熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学、免疫分子制御学共同研究講座)らの研究グループは、肺がんにおける免疫チェックポイント阻害薬の新たな効果予測バイオマーカー及び治療標的候補分子としてセマフォリン4Aを同定しました。
免疫チェックポイント阻害薬抗PD-1抗体は、様々ながんに治療適応が拡大され、肺がんにおいてもその有効性が証明されています。しかし、治療効果が得られる患者は一部であり、効果を予測するバイオマーカー及び効果を増強する新たな治療法の開発が必要とされています。
研究グループは、がんの公開データベースおよび大阪大学医学部附属病院とその関連施設で採取した抗PD-1抗体単剤投与前の肺がん検体を用いて解析を行いました。その結果、腫瘍内でセマフォリン4Aが高発現している非小細胞肺がん患者ではTリンパ球の増殖および活性が増加しており、免疫チェックポイント阻害薬の効果が高いことを見出しました。また、マウスモデルおよびヒト肺がん浸潤Tリンパ球を用いた解析では、セマフォリン4Aが共刺激分子としてTリンパ球の増殖・活性化を促すメカニズムを解明し、セマフォリン4A蛋白の投与により抗PD-1抗体の抗腫瘍効果が増強することを証明しました(図1)。
本研究の背景
肺がんに対する治療の進歩は目覚ましく、特に免疫チェックポイント阻害薬が登場したことで長期に生存を得られる症例も散見されるようになりました。しかしながら、その治療効果を認める症例は一部に限られています。治療効果を予測するバイオマーカーとしてがん細胞のPD-L1発現が臨床応用されていますが、予測精度は十分とは言えず、新たなバイオマーカーの探索が求められています。さらにバイオマーカーに基づいて、患者ごとにより適切な薬剤を選択すること、そして免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強する新規治療を開発することは非常に重要な課題です。研究グループは、もともと神経の分化や伸長などに関わる分子として同定されたセマフォリンが、免疫細胞において分化・遊走・代謝など多様な役割を果たしていることを明らかにし、研究成果として報告してきました。しかし、ヒトのがん細胞およびがん免疫応答においてセマフォリン4Aが果たす役割は解明されていませんでした。
本研究の成果
研究グループは、ヒトのがんデータベースであるThe Cancer Genome Atlas※4及び既報の論文で公開されているデータを用いた遺伝子発現解析により、セマフォリン4Aを高発現している非小細胞肺がん患者ではTリンパ球の活性化に関わる遺伝子群の発現が上昇しており、生存期間が長いことを見出しました(図2)。また、大阪大学医学部附属病院、国立病院機構大阪刀根山医療センター、大阪府立病院機構大阪国際がんセンターにおいて抗PD-1抗体単剤治療前に採取された非小細胞肺がん組織検体を用いて、セマフォリン4Aの発現を免疫染色にて評価したところ、セマフォリン4Aを高発現している患者では抗PD-1抗体の治療効果が高いことが明らかとなりました(図3)。
マウスモデルおよびヒト腫瘍浸潤Tリンパ球を用いた解析では、腫瘍に発現するセマフォリン4Aは、腫瘍内に浸潤したCD8陽性Tリンパ球に発現するプレキシンB※5を介して、mTORC1※6/ S6K※7経路の活性化やポリアミン※8合成経路の促進を誘導することでTリンパ球の細胞障害活性、増殖能を増強することを解明しました。
さらに、マウスモデルにおいてはセマフォリン4A蛋白を投与することでがんに対する免疫チェックポイント阻害薬の効果が増強されることを示しました(図4)。
図2: セマフォリン4Aを高発現している非小細胞肺がん症例ではTリンパ球の活性化に関わる遺伝子群の発現が上昇している
(がんデータベースの解析)
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図3: セマフォリン4Aを発現している非小細胞肺がん症例では抗PD-1抗体の治療効果が高い(自験例の解析)
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図4: セマフォリン4A蛋白投与は抗PD-1抗体の治療効果を増強する
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、セマフォリン4Aの発現を事前に評価することで免疫チェックポイント阻害薬の効きやすさを治療前に判定し、患者ごとに適した治療法を選択できるようになる可能性があります。また、セマフォリン4Aを標的分子とすることで、がん免疫療法の効果を増強する新規治療法の開発にもつながる可能性が期待されます。
研究者のコメント
<内藤 祐二朗 助教>
がん治療に大きな革新をもたらしたがん免疫療法ですが、実臨床においては奏効しない患者さんも多くおられます。私たちの研究成果が、治療効果を事前に予測するマーカー、さらには効果を増強する新規治療法の開発につながり、結果として患者さん一人ひとりに最適な治療方法を届ける一助となればこれ以上の喜びはありません。
用語説明
※1 セマフォリン4A
神経系の発生に重要な役割を持つセマフォリン分子群の中で、様々な免疫調整作用を持つ免疫セマフォリンの一つ。リンパ球などの活性化や分化に関与することが知られている。
※2 Tリンパ球
白血球の一種であるリンパ球のうち、半数以上の割合を占める細胞。がん抗原を認識することで抗原特異的な細胞障害性を持つCD8陽性T細胞などが含まれる。がん免疫において中心的な役割を果たす。
※3 免疫チェックポイント阻害薬
活性化したTリンパ球の表面上に発現する抑制性の免疫チェックポイントに結合し、抑制シグナルを阻害する薬剤。Tリンパ球の活性化を維持することで抗腫瘍効果を発揮する。抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体などが臨床応用されている。
※4 The Cancer Genome Atlas
2006年からアメリカで行われているがんゲノムプロジェクト。多数のがん種において、遺伝子情報や蛋白質発現情報などを集積し、ホームページ上に一般公開されている。
※5 プレキシンB
4型セマフォリンの受容体として知られる分子の一つ。T>細胞の活性化だけでなく、血管新生や細胞骨格の変形、細胞の移動などにも影響を持つことが知られている。
※6 mTORC1
mTOR complex 1の略称。mechanistic target of rapamycin (mTOR)を含む複合体の一つ。成長因子やエネルギー、ストレスなどの情報を感知し、蛋白質・脂質・核酸などの合成を制御する。
※7 S6K
S6 kinaseの略称。mTORC1の下流に存在する主要な標的分子。mTORC1の活性化によってリン酸化され、翻訳や蛋白質合成を誘導することで細胞の増殖や成長に重要な機能をもつ。
※8 ポリアミン
あらゆる細胞内に含まれる直鎖脂肪族炭化水素の総称。細胞分裂や増殖に重要であり、老化との関連も報告されている。
特記事項
本研究成果は、5月20日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Tumor-derived semaphorin 4A improves PD-1–blocking antibody efficacy by enhancing CD8+ T-cell cytotoxicity and proliferation”
【著者名】
内藤 祐二朗1,2,3, 小山 正平1,2,4*, 益弘 健太朗1,3, 平井 崇士3,5, 上浪 健6, 井上 貴子7, 長 彰翁1, 町山 裕知1, 渡邉 剛4, Nicolas Sax8, Jordan Villa8, 片山 由美9, 野島 聡10, 矢賀 元1,3, 細野 裕貴1,11,12, 奥崎 大介13,19,20, 佐藤 真吾1,3, 津田 武5, 中西 由光1,3, 菅 泰彦1, 森田 貴義1,3, 福島 清春1,14, 西出 真之1,3, 白山 敬之1, 三宅 浩太郎1, 岩堀 幸太1, 平田 陽彦1, 長友 泉1, 矢野 幸洋6, 田宮 基裕7, 熊谷 融7, 武本 憲彦5, 猪原 秀典5, 山崎 晶11,12, 山下 和男8, 青枝 大貴9, Esra A. Akbay15, 保仙 直毅16,17,19, 新谷 康18, 高松 漂太1,3, 森 雅秀6, 武田 吉人1, 熊ノ郷 淳1,2,3,19,20,21,22* (*責任著者)
- 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
- 大阪大学 大学院医学系研究科 免疫分子制御学共同研究講座
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態学
- 国立がん研究センター 研究所 先端医療開発センター 免疫TR分野
- 大阪大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
- 国立病院機構 大阪刀根山医療センター 呼吸器腫瘍内科
- 大阪府立病院機構 大阪国際がんセンター 呼吸器内科
- KOTAIバイオテクノロジーズ株式会社
- 大阪大学 微生物病研究所 細胞性免疫寄附研究部門
- 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 分子免疫学
- 大阪大学 微生物病研究所 生体防御研究部門 分子免疫制御分野
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 自然免疫学
- テキサス大学 サウスウェスタン医療センター 病理学
- 大阪大学 大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫細胞治療学
- 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器外科学
- 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門(iFremed)
- 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER) ヒト生体防御学
- 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業
- 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
【DOI番号】10.1126/sciadv.ade0718
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)、AMED-FORCE「革新的先端研究開発支援事業ステップタイプ」、AMED-CREST「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」、AMED「次世代がん医療創生研究事業」「次世代がん医療加速化研究事業」「革新的がん医療実用化研究事業」、高松宮妃癌研究基金研究助成、キャノン財団研究助成、三菱財団研究助成による研究の一環として行われ、大塚製薬株式会社の支援を得て行われました。