2023年

  • トップ
  • >
  • 研究活動
  • >
  • 主要研究成果
  • >
  • 2023年
  • >
  • 石井 優 ≪免疫細胞生物学≫、松井 崇浩 ≪病態病理学≫、新谷 康 ≪呼吸器外科学≫ マクロファージ は裏切り者!実は肺がんの味方だった ~肺胞常在性マクロファージが肺がんの増殖を促すメカニズムを解明~

石井 優 ≪免疫細胞生物学≫、松井 崇浩 ≪病態病理学≫、新谷 康 ≪呼吸器外科学≫ マクロファージ は裏切り者!実は肺がんの味方だった ~肺胞常在性マクロファージが肺がんの増殖を促すメカニズムを解明~

2023年1月17日
掲載誌 Nature Communications

図1. 肺胞常在性マクロファージは普段は肺胞の構造を維持する重要な
役割を担っているが、肺がんに対してはその増殖を助けてしまう。
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 肺の免疫細胞の肺胞マクロファージが肺がんの増殖を促していたこと、およびそのメカニズムを解明
  • 肺胞マクロファージが肺がんに与える影響はほとんど解明されていなかったが、実験系の工夫と次世代シークエンスを併用することで解析が可能に
  • 肺がんの新たな治療薬開発や、早期がんの診断、手術による根治の可能性を高めることに期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の石井優 教授(免疫細胞生物学)、松井崇浩 准教授(病態病理学)、医学部附属病院の谷口聖治 医員(研究当時、現大阪はびきの医療センター)、新谷康 教授(呼吸器外科学)らの研究グループは、肺胞マクロファージ1という、肺に多く常在している免疫細胞が、肺がんの環境ではアクチビンAActivin A2というタンパク質を介して、肺がんの増殖をむしろ促進させてしまう悪循環を形成していることを初めて明らかにしました。

肺胞マクロファージは、正常の肺では最も数の多い免疫細胞の1つです。一方で、肺だけにしか存在しない細胞でもあるため、肺がん環境の実験系を構築することが難しく、肺がん細胞と肺胞マクロファージとの詳細な関係については、これまでほとんど解明されていませんでした。

今回、研究グループは、外科的手法で肺がん環境を作る「肺がんモデルマウス」の研究で、RNA配列から遺伝子発現を網羅的に定量するRNAシークエンス(RNA-seq3を用いて解析しました。その結果、肺胞マクロファージは、肺がん環境におかれるとアクチビンAというタンパク質を産生し、これが肺がんの増殖を促進させてしまう悪循環を形成していることを解明しました。これにより、肺胞マクロファージの産生するアクチビンAの阻害が肺がんの治療候補となりうるとともに、肺胞マクロファージに着目した肺がんの早期診断、そして手術治療による根治の可能性を高めるのに貢献することが期待されます。

研究の背景

ヒトの体は病原体等の異物を排除するために免疫システムを利用していますが、がん細胞の排除にも同様の免疫システムが働いていることが知られています。がんの環境には、がん細胞の他に、リンパ球やマクロファージ、好中球などの多彩な免疫細胞が存在しており、がんに対する免疫システムを構築していると考えられています。正常の肺に最も多く分布する免疫細胞として肺胞マクロファージが知られており、この細胞も肺がんの環境では何らかの影響を肺がん細胞に与えているのでは、と考えられていました。しかし、肺胞マクロファージは肺だけにしか存在しておらず、肺がんの環境を詳細に研究できる実験系を構築することが難しい、という課題がありました。そのため、肺胞マクロファージが肺がん細胞とどのような相互作用をしているのかについては、これまでほとんど解明されていませんでした。

研究の内容

今回、研究グループは、外科的な手法を使ってマウス生体内に肺がんを構築する「肺がんモデルマウス」を用いて研究を行い、マウス生体内から肺胞マクロファージを枯渇させてしまうと、肺胞マクロファージが保たれた場合よりも、肺がんの増殖が緩やかになることを見出しました。そこで次に、肺胞マクロファージのRNA配列を読み取って、遺伝子発現を網羅的に定量する「RNAシークエンス」を行いました。その結果、肺胞マクロファージは肺がん組織ではアクチビンAというタンパク質を産生し、これが肺がんの増殖を促進していること、アクチビンAを抑制することにより、肺がんの増殖が緩やかになることを解明しました。さらに、ヒトの肺がん組織でも解析を行い、特に早期がんの場合において、肺胞マクロファージがアクチビンAを発現していることが確認されました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、肺胞マクロファージの産生するアクチビンAの阻害が、肺がんの治療候補となることが期待されます。また、本研究で解明されたメカニズムは、早期がんの段階から確認されており、肺胞マクロファージとアクチビンAに着目することで、肺がんを早期に診断することにも貢献できると考えられます。さらに、アクチビンAの阻害は、早期がんから進行がんへの進展を抑えることにも有用であると考えられ、肺がんを早期の段階で手術により根治する機会を増やすことにも貢献できると期待されます。

研究者のコメント

<石井 優 教授 >

本来、体を守るべき免疫細胞の一種であるマクロファージが、肺がんの病態においてはむしろがん細胞を守っているというショッキングな結果になってしまいました。がん細胞は単に増える力が強いというだけでなく、こんな形で本来は彼らの「敵」である生体内の免疫システムを巧妙に利用している“ずる賢さ”には感嘆するばかりです。しかしながら、今回我々はこの機構を明らかにしました。もう肺がん細胞の思うようにはさせません。肺がん細胞が肺胞マクロファージを悪用するシグナルを絶ち、肺がんを根絶する治療を我々が開発します。

用語説明

※1 肺胞マクロファージ
白血球の1種であるマクロファージのうち、肺胞内にのみ分布している免疫細胞。大気と接する肺胞の表面をきれいに保つのに重要な役割を果たしている。大気中の粒子状物質や微生物が、呼吸によって肺から侵入する場合は、これらを細胞内に貪食する(=取り込んでしまう)ことで、第一線の防御機能を担う。

※2 アクチビンA(Activin A)
細胞の増殖および分化の調節、神経細胞の生存など、様々な生物活性を有する分泌性タンパク質(サイトカイン)で、トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)ファミリーに分類される。INHBA遺伝子にコードされたinhibin subunit beta Aが2つ結合したホモダイマーの構造である。肺胞マクロファージ以外に、脳や肝臓、性腺など多くの臓器・細胞からも産生される。

※3 RNAシークエンス(RNA-seq)
RNAからcDNAを作製し、増幅後に次世代シークエンサーで塩基配列を読み取ることで、遺伝子発現を網羅的に定量解析する手法。通常は多細胞を対象にするバルクRNA-seqを指すが、近年は1細胞ごとのRNA-seqを行うシングルセルRNA-seqも技術として確立してきており、本研究でも両方の解析法を用いた。

特記事項

本研究成果は、2023年1月17日(火)午後7時(日本時間)英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“In vivo induction of activin A-producing alveolar macrophages supports the progression of lung cell carcinoma”

【著者名】

谷口聖治1,2,3, 松井崇浩1,4,, 木村賢二3, 舟木壮一郎3, 宮本佑1,2, 内田穣1,2, 數藤孝雄1,2, 菊田順一1,2,5, 原哲也6, 元岡大祐7,8, 劉祐誠8, 奥崎大介7,8, 森井英一4, 江本憲昭6, 新谷康3 and 石井優1,2,5, (*共同責任著者)

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 免疫細胞生物学
  2. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫細胞生物学
  3. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器外科学
  4. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
  5. 医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬イメージングプロジェクト
  6. 神戸薬科大学 臨床薬学研究室
  7. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター
  8. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)

      【DOI番号】10.1038/s41467-022-35701-8

      本研究は、JST戦略的創造研究推進事業「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」の一環として行われました。

       

      大阪大学(吹田キャンパス)およびオンライン同時配信にて記者発表を行いました。