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岡 樹史 、貝森 淳哉、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学≫ 慢性腎臓病の救世主? BNPの継続的な測定は良好な腎予後と関連 ~BNP測定の心不全以外での有用性を明らかに~

2023年6月23日
掲載誌 American Journal of Kidney Diseases

図1: 本研究の概要
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研究成果のポイント

  • 心不全の体液量マーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP) ※1測定の意義を、初めて慢性腎臓病(CKD)で検討。
  • BNP値は、心不全患者のみならずCKD患者においても体液量を反映するため、BNPを指標にすることでCKD患者の体液管理が向上する可能性がある。しかし、これまでBNP測定の意義をCKDで検討した研究は無かった。
  • BNPの継続的な測定が将来の腎代替療法の導入回避と関連することを世界で初めて明らかにした。
  • BNPを指標にした体液量コントロールが末期腎不全への進行を防止する診療姿勢として脚光を浴びることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の岡 樹史 医員(研究当時)、猪阪 善隆 教授(腎臓内科学)、貝森 淳哉 准教授(腎疾患臓器連関制御学)(研究当時、現在は招へい教授[腎臓内科])らの研究グループは、米国タフツ医療センター腎臓内科と共同研究を行い、心不全の既往の無い慢性腎臓病(CKD)患者において「脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を継続的に測定する」診療が、腎不全の進行抑制と強く関連することを明らかにしました。

CKDにおいて、体内水分量に過不足があると腎不全の進行が早まってしまうことが知られています。したがって、これを適正な量に維持することは、将来の透析や腎移植を回避するために重要と考えられます。しかしながら、容易に体内水分量を判定できる客観的なマーカーがCKD診療では確立していないため、体内水分量の変化は特に早期ではしばしば見逃され、治療のさじ加減も個々の医療者の判断に委ねられてきました。

今回、研究グループは、約3000名のCKD患者の診療録データを解析し、心不全診療で一般的に行われる「BNPを継続的に測定する」診療を、心不全の既往の無いCKD患者に行うことが、将来の腎代替療法(透析・腎移植)導入の低リスクと関連することを世界で初めて明らかにしました。今後、BNPを指標にした体液量コントロールがCKD診療において広く行われるようになる可能性があります。

本研究の背景

透析療法が必要になるCKD患者は年々増加しており、より効果的な診療パターンを見出して腎不全の進行を抑制することが、CKD診療の喫緊の課題となっています。CKD診療において、体内の水分コントロールを適切に行うことは、非常に重要です。体液量が過剰になれば心不全や腎うっ血を介して、また逆に不足すれば急性腎障害を介して、しばしば腎機能低下が進行します。したがって、将来、腎代替療法の導入を回避するためには過不足のない体液量を長期間維持する必要があります。しかしながら、体液量を判定するための簡便で客観的なマーカーがCKD診療で確立していないために、これまで体液量異常の診断や治療は個々の医療者の判断に委ねられ、しばしば適切な治療介入がなされてきませんでした。

BNPは心不全の診療で体液量のマーカーとして頻用されます。心不全患者にはBNPを継続的に測定し、その値の変化に応じて、利尿薬の処方などの治療内容を調整することが推奨されています。ここで興味深いことに、BNPは心不全のみならず、腎代替療法を行っていない保存期CKD患者においても体液量を反映することが知られています。したがって、CKD患者のBNP値を継続的にフォローアップし、これを指標とすることで体液管理が向上し、結果として腎予後が改善する可能性があります。しかしながらCKD患者にBNPを測定する意義については、殆ど分かっていませんでした。

BNPの測定行為の有無と予後との関係を観察研究のデータを用いて解析するにあたり、その時々の測定結果を受けて治療方針が変更(例:利尿薬の開始・容量変更・中止)されると、以降の診察でBNPを測定するかしないかの判断が異なってくる可能性があります。このように、BNP値測定とアウトカムとの関係に対して利尿薬処方が時間依存性交絡※2を生じるため、質の高い検討を行うには以下に示す周辺構造モデル※3による解析が必要です。

本研究の内容

岡医員(研究当時)らの研究グループは、大阪大学医学部附属病院腎臓内科に通院した2998名のCKD患者を対象にコホート研究を行い、「BNPを継続的に測定する」診療と将来の腎代替療法導入リスクとの関連を検討しました。統計解析として周辺構造モデルを用いて、時間依存性交絡の問題に対処しました(2)

結果、BNPの継続的な測定が、腎代替療法導入の低リスクと関連することを明らかにしました(ハザード比[HR]: 0.44, 95%信頼区間[CI]: 0.21-0.92)。同様に、心不全入院発症の低リスク(HR: 0.37, 95%CI: 0.14-0.95)、急性腎障害発症の低リスク(HR: 0.36, 95%CI: 0.18-0.72)とも有意に関連していました。また、観察期間中の心不全入院や急性腎障害は、BNPの継続測定と腎代替療法との関連における中間因子であるとの結果を得ました。つまり、継続的にBNPの測定を行い、得られた値を指標にして体液管理を行うと、まず心不全入院や急性腎障害のリスクが低下し、その結果として、長期的に腎代替療法導入のリスクが低下するという機序が示唆されました(3)

図2: 周辺構造モデル
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図3: BNP測定が腎予後を改善する機序(推定)
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果を受けて、BNPを指標として体液量コントロールを行うという診療パターンがCKD診療において脚光を浴びることが期待されます。今後、BNP値の変化に応じて処方等を調整する「BNPガイド下治療」の腎保護効果を、ランダム化比較試験によって検証することが望まれます。

研究者のコメント

<岡 樹史医員(研究当時)のコメント>

体液量のコントロールは保存期CKD診療の中で重要な位置を占めますが、外来診察の現場で体液量の変化を正確に判断することは困難であり、簡易に測定できる客観的な体液量マーカーが求められてきました。その候補の一つとして、心不全で頻用されるBNPは以前から注目されており、エビデンスを欠きながらもBNP測定はCKD診療でしばしば行われてきました。今回、CKDにおいて「BNPを指標にした体液管理」と良好な腎予後・心予後との関連が示された意義は大きく、今後のCKD診療に大きな影響を与える可能性があります。

用語説明

※1 脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)
心臓から分泌されるホルモン。体液過剰による心臓の負担や心不全を速やかに反映すると考えられている。

※2 時間依存性交絡 
ある検査(暴露因子、ここではBNP測定)がなされることで治療方針(利尿剤の処方等)が変化し、その結果、以降にこの検査が実施される可能性が変化してしまう、というサイクルが時間経過とともに繰り返し起こる。この利尿剤の処方等が、暴露因子とアウトカム(腎代替療法)の間に存在する時間依存性交絡因子である。時間依存性交絡の存在下では、通常の回帰モデルでは効果推定にバイアスが生じる。

※3 周辺構造モデル
時間依存性交絡の対処法の一つ。もとの集団に重み付けを行い、交絡の取り除かれた仮想の集団を作り出す。この仮想集団にアウトカムモデルを当てはめることで真の効果推定を行う。

特記事項

本研究成果は、2023年6月23日に米国科学誌「American Journal of Kidney Diseases」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“Association of Longitudinal B-Type Natriuretic Peptide Monitoring With Kidney Failure in Patients With CKD: A Cohort Study”

【著者名】

岡 樹史1,3、坂口 悠介2、服部 洸輝1、朝比奈 悠太1、梶本 幸男1、Wendy McCallum3、Hocine Tighiouart4,5、Mark J. Sarnak3、貝森 淳哉*2、猪阪 善隆1 (*責任著者)

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎疾患臓器連関制御学
  3. Division of Nephrology, Tufts Medical Center
  4. Institute for Clinical Research and Health Policy Studies, Tufts Medical Center
  5. Tufts Clinical and Translational Science Institute, Tufts University

【DOI番号】10.1053/j.ajkd.2023.05.003