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西出 真之、熊ノ郷 淳 ≪呼吸器・免疫内科学≫、楢﨑 雅司 ≪先端免疫臨床応用学≫ 厚生労働省指定難病・血管炎の予後にかかわる  1細胞ごとの遺伝子発現の違いを世界で初めて明らかに

2023年10月11日
掲載誌 Nature Communications

図1: 細胞レベルの遺伝子発現の違いと臨床情報を組み合わせることにより、
新規発症の血管炎患者さんの治療反応性や予後を予測することを提案した。
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 顕微鏡的多発血管炎(MPA)は厚生労働省の指定難病であり、全身の小型血管に炎症を生じ、内臓機能の低下など多彩な症状を引き起こす。いまだ正確な予後予測が困難な免疫難病である。
  • 今回、世界で初めて治療開始前の血管炎患者さんの白血球1細胞解析※1を実施し、主に「単球」と呼ばれる細胞の遺伝子発現の違いによって、血管炎の症状や予後に大きな差があることを発見。
  • 患者さんの治療反応性や予後を病気の発症時から事前に予測し、診療に役立てることが可能に。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の西出真之助教(呼吸器・免疫内科学)、西村桂共同研究員(免疫学フロンティア研究センター免疫創薬共同研究部門)、楢﨑雅司特任教授(常勤)(先端免疫臨床応用学共同研究講座)、熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、わが国の指定難病である顕微鏡的多発血管炎(MPA)患者さんの白血球を1細胞レベルで解析し、主に「単球」と呼ばれる細胞の遺伝子発現の違いによって、患者さんの症状や予後に大きな差があることを発見しました。

1細胞ごとの遺伝子発現の違いに基づいた免疫難病・血管炎の表現型を世界で初めて明らかにし、実臨床での治療反応性や予後の予測に応用できる研究成果です。

抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎※2の一種である顕微鏡的多発血管炎(MPA)は、全身の小型血管に炎症を生じ、内臓機能の低下など多彩な症状を引き起こします。難病指定されており、正確な予後予測・再燃予測はいまだ困難とされています。

今回、研究グループがMPA患者さんおよび健常人に対し白血球の1細胞解析を行ったところ、血管炎の患者さんは単球と呼ばれる白血球が過剰に活性化している群(MPA-MONO)と、インターフェロンと呼ばれるタンパク質による刺激を多く受けている群(MPA-IFN)に大別されました。活性化した単球は重症細菌感染の際にも現れる未熟な単球であり、血管炎の治療後も血中に残存していることが特徴でした。MPA-MONO群は血液中の単球比率の増加や炎症反応高値を認め、治療後の再発率が高く、一方、MPA-IFN群は血液中のインターフェロン濃度が高く、腎臓の病変を高率に合併するが、免疫抑制治療には良好な反応を示すことが明らかになりました。この分類を実臨床に応用することにより、血管炎患者さんの治療反応性や予後を病気の発症時から事前に予測し、診療に役立てることが期待されます。

本研究の背景

抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎の一種である顕微鏡的多発血管炎(MPA)は、腎臓、肺、皮膚、神経などに分布する小型血管の血管壁に炎症を引き起こし、血流障害による内臓機能低下や、組織の壊死に繋がる病気です。多様かつ臓器横断的な症状をきたす自己免疫疾患であり、厚生労働省の指定難病となっています。実臨床では臓器障害の評価に加え、血清CRP値やANCA値などが疾患活動性マーカーとなりますが、正確な予後予測・再燃予測は困難であるとされてきました。

本研究の内容

西出助教、西村研究員らの研究グループでは、新規発症のMPA患者さんおよび健常人の末梢血を採取し、合計109,350個の末梢血単核球(PBMC)について、1細胞解析(シングルセルトランスクリプトーム解析および表面分子のプロテオーム解析)を実施しました。MPA患者さんの白血球を1細胞レベルで解析することによって、1細胞ごとの遺伝子発現の違いに基づいた血管炎の層別化に世界で初めて成功しました。

研究の結果、MPA患者さんでは活性化したCD14陽性単球、インターフェロン関連遺伝子(ISG)を発現する単球の割合が末梢血中で有意に増加していました。活性化したCD14陽性単球は重症細菌感染の感染の際にも現れる未熟な単球であり、血管炎の治療後も血中に残存していることが特徴でした。個別の症例についてさらに解析を加えると、MPA患者さんはCD14陽性単球に関連する遺伝子発現を特徴とする患者群(MPA-MONO)と、ISG発現が強い患者群(MPA-IFN)の2つに大別されました。

MPA-MONO群は再発率が高く、臨床的には血液検査における単球の比率の増加や血清CRP高値により特徴付けられました。MPA-IFN群は血液中のインターフェロン濃度が高く、腎臓の病変を高率に合併するが、免疫抑制治療には良好な反応を示すことが特徴でした。治療前に単球比率とインターフェロン濃度を測定することができれば、患者さんの再燃率を感度(病気がある群での検査の陽性率)82パーセント、特異度(病気が無い群での検査の陰性率)50パーセントで予測することができました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

1細胞レベルの遺伝子発現の違いに基づいた血管炎の表現型を世界で初めて明らかにしただけでなく、この分類を実臨床に応用することにより、新規発症の血管炎の患者さんの治療反応性や予後を事前に予測し、治療選択に生かせることが期待されます。

研究者のコメント

<西出 真之 助教のコメント>

シングルセル解析はまだまだ技術やコスト面でハードルの高い技術で、実臨床ではすべての患者さんに検査できるわけではありません。本研究の意義は、シングルセル解析からわかったことをベッドサイドの臨床情報とリンクさせ、かみ砕いて理解することで、医療現場で使える知見に結び付けたことであると思っています。臨床医として、免疫難病患者さんの診療に少しでも資することができるような研究を今後も続けていきたいと思います。

用語説明

※1 1細胞解析
目的の細胞集団を1細胞ごとに分離し遺伝子発現量や特徴を網羅的に解析することにより、従来はひとまとめにされていた細胞ごとの個性や多様性を明らかにする最先端の手法。シングルセル解析とも言う。

※2 抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎 
抗好中球細胞質抗体(ANCA)の出現を特徴とする、全身の小血管に炎症を起こし多臓器不全に陥る免疫難病。その一種である顕微鏡的多発血管炎(MPA)は本邦の指定難病となっており、発症頻度は10万人当たり約1.9人とされる。

特記事項

本研究成果は、2023年1011日(水)18時(日本時間)に国際科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

【タイトル】

“Single-cell multi-omics analysis identifies two distinct phenotypes of newly-onset microscopic polyangiitis”

【著者名】

Masayuki Nishide1,2,3*, Kei Nishimura3,4,5*, Hiroaki Matsushita3,4,5, Ryuya Edahiro1,6, Sachi Inukai5, Hiroshi Shimagami1,2,3, Shoji Kawada1,2,3, Yasuhiro Kato1,2,3, Takahiro Kawasaki1,2,3, Kohei Tsujimoto1,2,3, Hokuto Kamon3,4,5, Ryusuke Omiya4,5, Yukinori Okada6,7,8,9,10,11, Kunihiro Hattori4,5, Masashi Narazaki1,2,3, Atsushi Kumanogoh1,2,7,8,12,13
*) 同等貢献

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  2. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
  3. 大阪大学 大学院医学系研究科 先端免疫臨床応用学
  4. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)免疫創薬共同研究部門
  5. 中外製薬株式会社 研究所
  6. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
  7. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
  8. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER
  9. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)免疫統計学分野
  10. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
  11. 東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学
  12. 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業
  13. 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター

【DOI番号】10.1038/s41467-023-41328-0

本研究は、日本学術振興会科研費、宇部学術振興財団、武田科学振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)、ムーンショットR&D、日本医療研究開発機構戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)事業「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」の一環として行われました。また、本研究内容は中外製薬株式会社との共同研究講座である大阪大学医学系研究科先端免疫臨床応用学講座との共同研究成果であり、遂行にあたり同社から研究資金の提供を受けています。

本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。