木原 圭梧、木下 允、奥野 龍禎、望月 秀樹 ≪神経内科学≫ 視神経脊髄炎、重症筋無力症における 新型コロナウイルスmRNAワクチン接種後の免疫応答を解明
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2023年1月3日
掲載誌 Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry
スパイク蛋白に特異的なCD4+T細胞の比率
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研究成果のポイント
- 免疫抑制薬を服用している視神経脊髄炎※1 (NMOSD)および重症筋無力症※2 (MG)患者では新型コロナウイルスmRNAワクチン(以下、「SARS-CoV-2 mRNAワクチン」)接種後のSARS-CoV-2に対する抗体産生は低下しているが、細胞性免疫応答は保たれることを確認
- NMOSD患者では特定の濾胞性ヘルパーT細胞※3(Tfh)細胞集団がSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種後に増加することを解明
概要
大阪大学大学院医学系研究科の木原 圭梧さん(博士課程)、木下 允 特任講師(常勤)、奥野 龍禎 准教授、望月 秀樹 教授(神経内科学)らの研究グループは、代表的な自己抗体介在性神経免疫疾患である視神経脊髄炎(NMOSD)と重症筋無力症(MG)におけるSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種後の免疫応答を明らかにしました。
免疫抑制薬を服用中のNMOSDとMG患者では、SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種に対する液性免疫応答の低下を認めましたが、細胞性免疫応答は維持され、ワクチンの有効性が期待されました。ワクチン接種後のSARS-CoV-2のスパイク蛋白に対する抗体価は、濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)におけるTfh1分画の比率と正の相関がありました。NMOSDやMG患者ではTfh1分画が減少しており、ワクチン接種後のSARS-CoV-2に対する抗体産生の低下の要因と考えられました。またNMOSD患者ではワクチン接種後にICOS(Inducible T-cell co-stimulator) ※4を発現するTfhが増加することが分かりました。
研究の背景
視神経脊髄炎(NMOSD)と重症筋無力症(MG)はともに自己抗体が関連する神経免疫疾患です。治療には免疫抑制薬の使用が必要な場合があります。免疫抑制薬投与中の他の自己免疫疾患ではSARS-CoV-2 mRNAワクチンの有効性が低下することが報告されていますが、NMOSD、MGでの知見は限られていました。また自己抗体介在性神経免疫疾患におけるSARS-CoV-2 mRNAのワクチン接種後の疾患活動性に関連する免疫応答の解明が課題でありました。
研究の内容
免疫抑制薬を投与中のNMOSDとMG患者では、免疫抑制薬の投与がない他の神経疾患の患者と比較して、2回のSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種後のSARS-CoV-2スパイク蛋白に対する抗体の産生が低下していました。一方で、ワクチン接種後のスパイク蛋白に特異的なCD4+ T細胞や濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)は維持されました。このことから免疫抑制薬を内服しているNMOSDおよびMG患者においてもSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種により、SARS-CoV-2の感染防御に寄与する免疫応答が一部維持されることが明らかになりました。またこれらの患者ではTfhの分画のうちTfh1が減少しており、Tfh1分画の比率とワクチン接種後のSARS-CoV-2スパイク蛋白に対する抗体価には正の相関があることを明らかにしました。NMOSDやMG患者ではTfh1分画の減少が、ワクチン接種後のSARS-CoV-2に対する抗体産生低下の要因となっている可能性が示唆されました。
一方でNMOSD患者において、NMOSD病態との関連が報告されている血中の抗アクアポリン4抗体価やインターロイキン6※5濃度、形質芽細胞※6を含むB細胞の分画はSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種前後で有意な変化はありませんでしたが、ICOS(Inducible T-cell co-stimulator)を発現するTfhがワクチン接種後に増加することが分かりました。ICOSを発現するTfhはNMOSDの疾患活動性との関連が過去に報告されています。ただし、今回の研究ではSARS-CoV-2 mRNAワクチンを接種することでNMOSDの再発率が上昇するかについては検討されていません。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、免疫抑制薬投与中のNMOSD、MG患者においても部分的にSARS-CoV-2ワクチンへの免疫応答が維持されることが確認されました。一方で、NMOSDの疾患活動性に関連する免疫変化も確認されました。今後、疫学的検討が望まれます。
用語説明
※1 視神経脊髄炎
視神経や脳、脊髄に病変が生じる自己免疫疾患。アクアポリン4と呼ばれる水チャンネルに対する自己抗体が陽性となる。
※2 重症筋無力症
末梢神経と筋肉の接合部が障害される自己免疫疾患。神経筋接合部における受容体に対する自己抗体が出現する。
※3 濾胞性ヘルパーT細胞
リンパ組織でB細胞の成熟を助け、抗体の産生に寄与するT細胞。
※4 ICOS(Inducible T-cell co-stimulator)
活性化受容体でありT細胞の活性化や増殖に寄与する。
※5 インターロイキン6
サイトカインと呼ばれる蛋白質の一種で、免疫反応増幅に関与する。
※6 形質芽細胞
抗体を産生する形質細胞の前駆細胞。
特記事項
本研究成果は、英国科学誌「Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry」(オンライン)に、2023年1月3日(日本時間)に公開されました。
【タイトル】
“Humoral and Cellular Responses to SARS-CoV-2 Vaccination in Patients with Autoantibody-mediated Neuroimmunology”
【著者名】
Keigo Kihara1, Makoto Kinoshita 1*, Tomoyuki Sugimoto 2, Shuhei Okazaki 1, Hisashi Murata 1, Shohei Beppu 1, Naoyuki Shiraishi 1, Yasuko Sugiyama 1, Toru Koda 1, Tatsusada Okuno 1*, Hideki Mochizuki 1 (*責任著者)
- 大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学
- 滋賀大学 データサイエンス学部 データサイエンス学科
【DOI番号】10.1136/jnnp-2022-330478
本研究は、本研究は、本研究結果は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究(S)」、「基盤研究(C)」などの支援を受けて行われました。