國井 政孝、鷲見 拓哉、原田 彰宏 ≪細胞生物学≫ タンパク質上の糖鎖合成はゴルジ体のどこで行われる? 最新技術で明らかにしたゴルジ体の真の姿 ~糖鎖合成異常から起こる病気の診断、治療法開発に期待~
2024年5月27日
掲載誌 Nature Communications
図1: ゴルジ体の新しい姿
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研究成果のポイント
- 主な細胞小器官のゴルジ体※1が小さな単位(「ゴルジユニット」と命名)から構成され、ゴルジユニットの中を糖鎖合成酵素※2の更に小さい集まり(「ゾーン」と命名)が動き回ることを発見
- これまでゴルジ体の中の糖鎖合成酵素の正確な位置は不明だったが、今回、糖鎖合成酵素の遺伝子に蛍光分子などを挿入し、高性能な光学顕微鏡による観察を行うことで、正確な分布や動きの観察が可能に
- タンパク質への糖鎖合成の異常によって起きる病気の診断、治療への応用に期待
概要
大阪大学 大学院医学系研究科の國井政孝 講師、鷲見拓哉 助教、原田彰宏 教授(細胞生物学)らの研究グループは、ゴルジ体が小さな単位 「ゴルジユニット」から構成され、その中を糖鎖合成酵素の更に小さい集まり「ゾーン」が動き回ることを明らかにしました。
タンパク質への糖鎖合成は、タンパク質の機能に必須であることが知られています。主要な細胞小器官であるゴルジ体は糖鎖をタンパク質上に合成する場ですが、これまで糖鎖を合成する酵素がゴルジ体のどこに分布するか解明されていませんでした。
今回、研究グループは、理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チームの中野明彦 副チームリーダーらと共同で、生きた細胞に対して、ゴルジ体中の糖鎖合成酵素の局在を高い空間・時間分解能を持つ顕微鏡(超解像顕微鏡※3)で観察することにより、ゴルジ体が小さな単位「ゴルジユニット」から構成され、そのユニットの中を糖鎖合成酵素の更に小さい集まり「ゾーン」が動き回ることを解明しました。今回の発見により、糖鎖を合成する酵素がゴルジ体のどこに位置するかがわかり、タンパク質上の糖鎖合成のメカニズムの解明に繋がることが期待されます。
本研究の背景
タンパク質上の糖鎖合成はタンパク質の機能に必須です。これまで、ゴルジ体は糖鎖をタンパク質上に合成するための細胞小器官であることが知られていました。しかし、糖鎖を合成する酵素がゴルジ体のどこに位置するかについては正確に知るための手段がなく、これまでほとんど解明されていませんでした。
本研究の内容
研究グループでは、最先端の遺伝子導入法(CRISPR/Cas9法)と高い空間・時間分解能を持つ超解像顕微鏡を用いてゴルジ体が以下の性質を持つことを明らかにしました。
①ゴルジ体が小さな単位「ゴルジユニット」から構成され、それらのゴルジユニットが切断、融合、変形などダイナミックに変化しながらゴルジ体全体を構成すること
②ゴルジユニットの中を、糖鎖合成酵素が、更に小さい集まり「ゾーン」となって動き回ること
③ゾーンの大きさや分布は糖鎖合成酵素の種類によって異なること
④小さなゾーンはゴルジユニット同士がくっついていると、その間を移動できるが、大きなゾーンは移動できないこと
⑤ゴルジユニット同士が離れると、小さなゾーンがユニット間を移動できなくなり、糖鎖合成に異常をきたすこと。
これらの知見は全く新しいゴルジ体の姿を示すもので、今後の生物学研究へ大きなインパクトを与えるものと期待されます。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、これまで不明だったタンパク質の糖鎖修飾のメカニズムが明らかになり、糖鎖異常による疾患への応用が期待されます。今回、特に、ゴルジ体のユニットがバラバラになると糖鎖合成に異常をきたし骨や軟骨の形成の異常につながる可能性を示しました。そのような病気の原因解明や治療への応用が期待されます。
研究者コメント
<原田 彰宏 教授のコメント>
どの位の量のタンパク質が細胞内にあれば、また、どのような分子をタンパク質に付ければ顕微鏡で検出可能か、過去の情報が殆どなく、最初から手探りで調べざるを得なかったのが一番苦労した点でした。この研究で、ゴルジ体の構造やその中の糖鎖合成酵素の分布を初めて解明できたため、生物学全般、ひいては医学に与える影響は非常に大きいと考えています。
用語説明
※1 ゴルジ体
真核生物の細胞の主な細胞小器官の1つ。扁平な袋状の膜構造(槽と呼ばれる)が重なって出来ており、細胞外へ分泌されるタンパク質に糖を結合させ(糖鎖修飾)、タンパク質の目的の場所への分別・輸送が行われ、タンパク質の移動の起点となる。
※2 糖鎖合成酵素
糖鎖とはグルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながったものを指し、糖鎖合成酵素は糖転移酵素とも呼ばれ、細胞内でタンパク質などの上に糖鎖を結合させたり、伸ばしたりする酵素である。
※3 超解像顕微鏡
従来の光学顕微鏡が持つ限界を超えた分解能(計測できる一番小さな長さ)を発揮する光学的手法全てを指す。本研究では主に、理化学研究所光量子工学研究センター生細胞超解像イメージング研究チームで開発されたSCLIMという高速超解像顕微鏡を使用して、生きた細胞を高い“時間・空間解像能”で解析している。
特記事項
本研究成果は、2024年5月27日(月)に英国科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Dynamic movement of the Golgi unit and its glycosylation enzyme zones”
【著者名】
Akihiro Harada1*(責任著者), Masataka Kunii1*, Kazuo Kurokawa2*, Takuya Sumi1*(*第一共著者), Satoshi Kanda1, Yu Zhang1, Satomi Nadanaka3, Koichiro M Hirosawa4, Kazuaki Tokunaga5, Takuro Tojima2, Manabu Taniguchi1, Kenta Moriwaki1, Shin-ichiro Yoshimura1, Miki-Yamamoto Hino6, Satoshi Goto6, Toyomasa Katagiri7, Satoshi Kume8, Mitsuko Hayashi-Nishino9, Miyako Nakano10, Eiji Miyoshi11, Kenichi G N Suzuki4,12, Hiroshi Kitagawa3, Akihiko Nakano2
- 大阪大学 大学院医学系研究科 細胞生物学
- 理化学研究所 光量子工学研究センター
- 神戸薬科大学 生化学研究室
- 岐阜大学 細胞生物物理学教室
- ニコンイメージングセンター
- 立教大学理学部 生命理学科分子生物学
- 医薬基盤・栄養・健康研究所 創薬デザイン研究センター 生体機能分子制御プロジェクト
- 理化学研究所 生命機能科学研究センター
- 大阪大学 産業科学研究所
- 広島大学 統合生命科学研究科
- 大阪大学 大学院医学系研究科 保健学専攻分子生化学
- 国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野
DOI:10.1038/s41467-024-48901-1
本研究は、科研費(重点領域研究「オルガネラゾーン」及び基盤研究B)の一環として行われ、前頁に記した多くの共同研究者の協力を得て行われました。
本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。