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舘野 丈太郎、松本 寿健、織田 順 ≪救急医学≫ より最適なトラネキサム酸の投与対象者を早期に見つける ~機械学習×外傷フェノタイプの応用が開く外傷診療の新時代~

2024年3月20日
掲載誌 Critical Care

図1: 本研究成果の概要
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 特定の外傷フェノタイプ※1(患者の特徴群)において止血薬(抗線溶薬※2)であるトラネキサム酸※3と生命予後に関連があることを発見した
  • これまで外傷患者において、トラネキサム酸の最適な対象者を選定することは困難であった
  • 今回、機械学習4を用いて外傷フェノタイプを特定することで可能に
  • 外傷診療における個別化医療の進展・応用に期待

概要

大阪大学 大学院 医学系研究科の舘野 丈太郎  特任助教(常勤)、松本 寿健  特任助教(常勤)、織田 順  教授(救急医学)、大阪大学 大学院 情報科学研究科の瀬尾 茂人  准教授(バイオ情報工学)らの研究グループは、開発した外傷フェノタイプに基づき、特定の外傷サブグループにおいて抗線溶薬 (トラネキサム酸)の投与が生命予後に関連することを明らかにしました。

外傷による重篤な出血や一部の頭部外傷に対して、抗線溶薬であるトラネキサム酸を早期に投与することは転帰の改善効果が示されましたが、患者背景や損傷した臓器の種類や重症度が様々である外傷患者において客観性を持って投与対象を選択することは困難でした。加えて、これまでの研究が対象としてこなかった外傷サブグループにおいても効果が期待できる可能性がありました。

今回、研究グループは、機械学習を用いて開発した外傷フェノタイプを応用することにより特定の外傷サブグループにおいてトラネキサム酸の投与が生命予後に関連することを明らかにしました。これにより、外傷患者においてトラネキサム酸のより客観的で効率的な対象選択が可能となることが期待されます。

本研究の背景

外傷による死亡は世界的に重大な問題であり、年間約450万人が命を落としています。これらの死亡の多くは出血が原因であり、外傷後早期に起こる血液凝固障害が状況をさらに悪化させます。トラネキサム酸は出血を抑制する効果があり、外傷治療において世界中で広く用いられていますが、どの患者に投与するのが最適かはまだはっきりとしていません。我々の研究グループは以前、初期診療で得られる情報を基に機械学習技術を用いて、外傷患者の潜在的なサブグループ(フェノタイプ)を同定する方法を開発しました(J. Tachino et al. Critical Care. 2022)。本研究では、このフェノタイプ分類を用いて、トラネキサム酸の投与が生命予後にどのように関連するかを評価することを目的に行いました。

本研究の内容

今回、研究グループはトラネキサム酸の投与と外傷死亡の関連を、外傷フェノタイプに基づいて分析しました。日本外傷データバンク(Japan Trauma Data Bank; JTDB)5を利用して、2019年から2021年までに登録された53,703人を解析対象者としました。解析の結果、トラネキサム酸を投与された患者群では、特定の外傷フェノタイプ(1268型)において、死亡率が有意に低下することが示されました。一方で、他の外傷フェノタイプ(34型)では、トラネキサム酸の投与が死亡率を高める可能性が示唆されました(図1

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、外傷患者におけるトラネキサム酸の使用と生命予後の関係を、外傷フェノタイプ (患者の特徴群)に基づいて分析しました。結果として、トラネキサム酸の投与による影響が外傷フェノタイプ間で異なることが明らかとなりました。これは外傷患者において治療効果には異質性があることを示唆します。今後、海外のデータセットで結果の再検証を行うとともに、分子病態の側面から結果のメカニズムを解明することを目指します。これにより、トラネキサム酸が特に効果的な患者を早期に特定し、より最適化された治療を施すことが可能になります。このようなアプローチは個々の患者の状態に最も適した治療法を選択することを可能にする点において個別化医療を進める第一歩になると言えます。

研究者コメント

<舘野丈太郎 特任助教のコメント>

様々な外傷を負った方の中から特定のサブグループを見つけて治療介入の影響を評価するアプローチは、より最適化された外傷診療の実践に繋がります。質の高い外傷診療を届けられるよう、今後も本研究を継続して参ります。臨床データを提供して戴いた方々、日々診療を行っている医療スタッフ、研究にご協力いただいた先生方のおかげで本研究を完成させることが出来ました。ご協力戴いた全ての方々に心より感謝を申し上げます。

用語説明

※1 フェノタイプ
1つの疾患を臨床的特徴によって分類したサブグループのこと。

※2 抗線溶薬 
抗線溶薬は、凝固した血液を分解するプロセスを抑制する薬剤である。重症外傷の場合、体は通常よりもこの分解プロセスを活発に行い、出血を止めるのが難しくなることがある。抗線溶薬は、この過剰なプロセスを抑えて出血をコントロールするのに役立つ。

※3 トラネキサム酸
抗線溶薬として知られ、体内での過剰な血液の線溶活性を抑制することで出血を抑える医薬品。外傷をはじめとする出血病態に用いられ、急性出血時の血液損失を減少させる効果が知られている

※4 機械学習
統計モデル手法の一つであり、計算機を使用してデータを学習し、そのパターンを推測することで任意の課題を効率的に実行するためのアルゴリズムのこと。

※5  日本外傷データバンク (Japan Trauma Data Bank; JTDB)
日本外傷データバンクは日本外傷外科学会と日本救急医学会により、日本の外傷医療の質の向上と保証を目的に設立された全国規模の外傷登録で、202112月時点で303施設のデータが登録されている。AISAbbreviated Injury Scale)スコア3以上の傷害が疑われる外傷患者を対象として、主に三次医療機関や救急センターから登録されている。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌「Critical Care」に、2024320日(水)(日本時間)に公開されました。

【タイトル】

“Association between tranexamic acid administration and mortality based on the trauma phenotype: a retrospective analysis of a nationwide trauma registry in Japan”

【著者名】

Jotaro Tachino1*, Shigeto Seno2, Hisatake Matsumoto1, Tetsuhisa Kitamura3, Atsushi Hirayama4, Shunichiro Nakao1, Yusuke Katayama1, Hiroshi Ogura1, Jun Oda1(*責任著者)

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 救急医学
  2. 大阪大学 大学院情報科学研究科 バイオ情報工学専攻
  3. 大阪大学 大学院医学系研究科 環境医学
  4. 大阪大学 大学院医学系研究科 公衆衛生学

DOI:10.1186/s13054-024-04871-w