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岩田 貴光、柳澤 琢史、貴島 晴彦 ≪脳神経外科学≫ ぼんやりと考え事をする時に 記憶を形成する海馬の活動が増えることを発見 ~記憶障害、認知症の診断・治療への応用に期待~

2024年5月22日
掲載誌 Nature Communications

図1: 海馬に頭蓋内電極が留置されたてんかん患者さんが長期間に渡って脳波を計測しながら思考内容について回答している様子
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研究成果のポイント

  • 人がマインドワンダリング※1するときに、記憶を形成する海馬の活動(sharp wave ripple※2:SWR)が増加することを発見した。
  • 海馬※3に電極を留置されたてんかん患者さんから、約10日間、海馬の脳波を計測し、同時に思考内容について調査した。
  • SWRの発生頻度は、思考内容によって変化することが明らかになった。
  • SWRの制御することができれば記憶障害や認知症の診断・治療への応用が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 岩田貴光さん(脳神経外科学、博士課程)、高等共創研究院 柳澤琢史 教授、大学院医学系研究科 貴島晴彦 教授 (脳神経外科学)、東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 池谷裕二 教授、Queen’s大学 心理学部 Jonathan Smallwood 教授ら9名の国際共同研究グループは、マインドワンダリング中に、記憶を定着する時に見られる海馬の活動(sharp wave ripple: SWR)が増加することを発見しました。。

これまでSWRは、睡眠中の記憶の定着を担っていることが知られていましたが、覚醒時の発生タイミングや機能についてはその大部分が解明されていませんでした。

今回研究グループは、てんかんの治療のために海馬の中に直接電極を留置された患者さんから、約10日間の頭蓋内脳波※4を計測しました。また、同時にアンケート方式で17項目の思考内容を調査し、SWRとの関係を調査しました(図1、図2)。

その結果、日中のSWRは思考内容と関連があることがわかり、中でも集中せず関係のないことを考えている状態、つまりマインドワンダリングの状態で増加することが明らかになりました。今後、SWRの制御が可能になれば、記憶障害や認知症の診断・治療に応用されることが期待されます。

本研究の背景

sharp wave ripple (SWR)は海馬と呼ばれる脳の深部にある場所で特徴的にみられる脳波で、睡眠中に多く発生し、記憶の定着に関与していることが示されています。また動物実験では、覚醒中にもSWRが観察され、特に動物が動かないでいるときに多く観測されることが知られています。しかし、動物が動かずにいるときに何を考えているかは分かりません。さらに、ヒトが覚醒している時のSWRの発生タイミングや機能についてはその大部分が解明されていませんでした。

一方、ヒトがぼんやりしていても何かを考えていることがあります。例えば、自動車の運転中や会議中などでついつい集中力が切れ、いつの間にか関係のないことを考えてしまうことがあります。このような状態をマインドワンダリングと言いますが、マインドワンダリングはしばしば海馬との関係性が示されていました。しかし、これまでヒトの海馬の脳波からSWRを検出し、考えている内容との関係性について検討した研究はありませんでした。

本研究の内容

研究グループは、てんかん治療のために海馬に直接電極を留置した10名の患者さんから、約10日間という長期間に渡り、頭蓋内脳波からSWRを検出しました。これほど長期間計測した海馬の脳波からSWRを検出した研究は極めて稀です。その結果、その頻度は夜間に増加し、日中に減少するという日内変動を示し、覚醒中にもSWRに変動があることを示しました。

さらに、マインドワンダリングを含む思考内容と海馬の活動の関係を調べるため、アンケート方式(図2)で思考や感情について回答するexperience samplingという方法を定期的に取り入れました。experience samplingを用いてSWRとの関係性を調査するのは世界でも初めてで、脳神経外科、神経科学、心理学の専門家による国際共同研究によって実現しました。

得られた思考内容の調査結果とSWRを照らし合わせることで、思考内容とSWRの頻度が関連していることを示しました(図3)。その中でも、特にマインドワンダリングの状態の時に海馬のSWRが増加していることが明らかになりました。比較対象としてウェアラブルデバイスを用いた身体活動のデータでSWRとの関係性を検討しましたが、思考内容とSWRの関係性の方が強いことが示されました。この研究結果は、ヒトの日常生活の中で自然に発生する思考、つまりマインドワンダリングが記憶を形成するSWRに関係していることを初めて示しました。

図2: 思考・感情の内容を質問するために用いた質問紙。
考えていたことや感じていたことを7段階で回答する。
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図3: 回帰分析によるsharp wave rippleと思考内容の関係。
(左図)棒グラフはそれぞれのアンケートの結果がsharp wave rippleに影響した程度を示している。
赤いバーはsharp wave rippleが増加、青いバーは減少する関係性であることを示している。
(右図)項目ごとにsharp wave rippleに影響した程度をワードクラウドで示している。
赤字はsharp wave rippleが増加、青字は減少する関係性であることを示している。
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、SWRを介したマインドワンダリングと記憶機能との関係が明らかになりました。またSWRはてんかん、記憶障害、認知症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など多くの精神神経疾患との関係が示されており、今後、SWRを制御が可能になることでこれらの疾患の診断・治療に応用されることが期待されます。

研究者コメント

<岩田貴光さん(大学院生)のコメント>

記憶は、人が生活する上で必要不可欠な機能です。それは過去の情報を蓄積し、その情報から未来を想像し、新たな社会を創造するための基盤となります。私たちの研究では、長期間の海馬の脳波と思考内容の記録から記憶や創造性に関する脳活動についての発見をしました。この研究結果が今後、てんかん、記憶障害、認知機能障害などで悩まれている患者さんのために役立つことを心から願っております。

用語説明

※1 マインドワンダリング
授業中や会議中にぼんやりとしたり、自動車を運転している最中に別のことを考え始めたりするような状態。これは脳が自動的に行うもので、創造性や未来の計画を立てるのに役立つこともあれば、集中を妨げる原因にもなる。

※2 sharp wave ripple
海馬で観察される特定の電気的活動パターン。主に睡眠中に発生し、記憶の固定や想起に関わっている。経験したことを長期記憶として脳に定着させる機能を持つ。

※3 海馬
海馬は、脳の中で記憶や学習に重要な役割を果たす部位。この部分は、新しい情報を記憶したり、それを長期記憶に変換する過程に関与している。

※4 頭蓋内脳波
脳から直接計測した電気信号(脳波)のことを指す。通常脳波は頭皮から測定されることが多いが、治療の難しいてんかんの診断などの場合はより正確なデータを得るために手術で直接脳内に電極を入れて脳波を測定することがある。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に、522日(水)18時(日本時間)に公開されました。

【タイトル】

“Hippocampal sharp-wave ripples correlate with periods of naturally occurring self-generated thoughts in humans”

【著者名】

Takamitsu Iwata1, Takufumi Yanagisawa1,2*, Yuji Ikegaya3,4,5, Jonathan Smallwood6, Ryohei Fukuma1,2, Satoru Oshino1, Naoki Tani1, Hui Ming Khoo1, and Haruhiko Kishima1(*責任著者)

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 脳神経外科学
  2. 大阪大学 大学院 高等共創研究院
  3. 東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室
  4. 東京大学 Beyond AI 研究推進機構
  5. 情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター
  6. Queen’s 大学 心理学部

DOI:110.1038/s41467-024-48367-1

本研究は、科学技術振興機構(JSTERATO 池谷脳AI融合プロジェクト(代表 池谷裕二、 JPMJER1801)、CERST共生インタラクション“脳表現空間インタラクション技術の創出” (代表 栁澤琢史、JPMJCR18A5)、JST ムーンショット型研究開発事業 (JPMJMS2012)、日本学術振興会科学研究費助成事業(20H0570522K1562322K21353)、日本医療研究開発機構(AMED)(19dm030700822gm15100019dm020707019dm0307103)の支援を受けて行われました。

本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。