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八木 麻未、上田 豊 ≪産科学婦人科学≫ このままではWHO目標値の半分以下に… 積極的勧奨再開も効果薄? 伸び悩むHPVワクチン接種率

2024年7月17日
掲載誌 JAMA Network Open

図1: HPVワクチンの接種環境の変化  〇:高接種率、△:低接種率、X:停止状態
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研究成果のポイント

  • HPVワクチンの生まれ年度ごとの定期接種の累積接種率(全国値)を算出した。
  • 個別案内を受けた20042009年度生まれでは平均16.16%まで累積接種率は回復していたが、公費助成で接種が広がった19941999年度生まれの53.31%79.47%に比べるとはるかに低率に留まっている。
  • 2022年度の各学年の接種率が2023年度以降も維持されたと仮定すると、定期接種終了の年度までの累積接種率は43.16%で頭打ちとなり、WHOの子宮頸がん排除のための目標値90%の半分に満たないことが判明。
  • 今後の日本における子宮頸がん対策を検討する際の重要な資料となりうる成果

概要

大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室の八木麻未特任助教(常勤)と上田豊講師らの研究グループは、各年度の接種時年齢ごとの接種者数を用いて2022年度までのHPVワクチンの生まれ年度ごとの累積接種率(全国値)を集計しました。

その結果、個別案内を受けた世代(2004~2009年度生まれ)では平均16.16%、積極的勧奨が再開された世代(2010年度生まれ)では2.83%と、積極的勧奨再開後も接種率が回復していない実態が初めて明らかとなりました。

さらに、2023年度以降も2022年度の接種状況が維持された場合、定期接種終了(高1終了)時までの累積接種率は、43.16%で頭打ちとなると推計され、WHOが世界の子宮頸がん排除(罹患率:10万人あたり4人以下)のために設定した目標値90%の半分にも満たないことも分かりました。

今後、子宮頸がんによる悲劇を少しでも減らすため、HPVワクチンの接種率を上昇させる取り組みに加えて、子宮頸がん検診の受診勧奨の強化も必要です。当研究結果は、今後の日本における子宮頸がん対策を検討する際の重要な資料となります。

本研究の背景

HPVワクチンの施策は大きく変遷してきました。2010年度に公費助成開始が開始され、2013年度に定期接種化されましたが、いわゆる副反応報道と厚労省の積極的勧奨差し控えにより接種率が激減し、事実上の停止状態となっていました。2020年度から対象者へ個別案内が行われ、2022年度から積極的勧奨が再開(同時にキャッチアップ接種が開始)されましたが、接種率の回復が課題となっています(図1)。

HPVワクチンの接種率について、厚労省が把握できているのは各年度の接種時年齢ごとの接種者数だけであり、施策を反映した正確な接種状況や生まれ年度ごとの累積接種率は示されていませんでした。

本研究の内容

厚労省が把握できているのは各年度の接種時年齢ごとの接種者数ですが、一つの接種時年齢は二つの生まれ年度の可能性があり(例:15歳は中学3年生と高校1年生の可能性がある)、当研究ではこれを生まれ年度(学年ごと)の接種者数に補正し、2022年度までの累積定期接種率を算出しました。

その結果、公費助成で接種が進んだ接種世代(19941999年度生まれ)では53.31%79.47%(平均7196%)、積極的勧奨差し控えによって接種率が激減した停止世代(20002003年度生まれ)では0.8414.04%(平均4.62%)、個別案内を受けた世代(20042009年度生まれ)では10.2025.21%(平均16.16%)、積極的勧奨が再開された世代(2010年度生まれ)では2.83%と、生まれ年度によって大きな格差が存在し、積極的勧奨再開後も接種率が回復していない実態が初めて明らかとなりました(図2)。

さらに、2023年度以降も2022年度の接種状況が維持された場合、定期接種終了(高1終了)時までの累積接種率は、個別案内を受けた世代(20042009年度生まれ)では10.2042.16%(平均28.83%)とやや上昇するも、それでも積極的勧奨再開に接した世代(2010年度以降生まれ)では4316%で頭打ちとなることが判明しました。これはWHOが世界の子宮頸がん排除(罹患率:10万人あたり4人以下)のために設定した目標値90%の半分にも満たない値です(図3)。

図2: 2022年度末時点の生まれ年度ごとのHPVワクチン累積接種率(定期接種)
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図3: 2028年度末時点の生まれ年度ごとのHPVワクチン累積接種率推計(定期接種)
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

当研究によって、全国の生まれ年度ごとの累積接種率が初めて明らかとなり、さらに、このままの接種状況が維持された場合の累積接種率は43.16%で頭打ちとなってWHOの掲げる目標の半分にも満たないことが判明しました。

日本においては、他の小児ワクチンの接種率やパンデミック下のCOVID-19ワクチンの接種率が世界的に見て高いことから、HPVワクチンの接種率だけが特異な状況にあることは明白であることが改めて浮き彫りとなりました。研究グループはこれまでに、低い接種率のままでは、本来は予防できていたはずの子宮頸がんに罹患する人や命を落とす人が数多く出現することを予測してきました(Tanaka Y et al. Lancet Oncol. 2016;17:868-869Yagi A et al. Sci Rep. 2020;10:15945)。今後、子宮頸がんによる悲劇を少しでも減らすため、HPVワクチンの接種率を上昇させる取り組みに加えて、子宮頸がん検診の受診勧奨の強化も必要です。当研究結果は、今後の日本における子宮頸がん対策を検討する際の重要な資料となります。

研究者コメント

<八木麻未 特任助教>

本研究は、日本においてHPVワクチンの接種率が、実は非常に危機的状況にあることを報告したものです。他の小児ワクチンの接種率やパンデミック下のCOVID-19ワクチンの接種率が良好であったことから、HPVワクチンの接種率だけが特異な状況にあることは明白です。

2015年にWHOは日本政府のHPVワクチン積極的勧奨差し控えの政策について、「policy decisions based on weak evidence, leading to lack of use of safe and effective vaccines, can result in real harm(弱い根拠に基づく政策決定は、安全で有効なHPVワクチンの非接種につながり、真の被害を招きかねない)」と警告しました。すでに接種率の低い生まれ年度の女性におけるHPV16/18型感染率および子宮頸がん検診における細胞診異常率の再上昇は報告されており、WHOの警告が日本で現実のものとなってきています。今後、子宮頸がんの増加が報告されるのを我々は懸念しています。

当研究では日本全国での接種率を扱いましたが、地域ごとの解析はしていないため、地域差は不明です。さらに、ワクチンの種類や接種開始時のHPVステータスも不明です。しかし、予防できるはずであった子宮頸がんのリスクに曝されている生まれ年度の女性が存在することは厳然たる事実であり、我々の報告内容が子宮頸がん対策の立案のために利用されることを願ってやみません。

特記事項

本研究成果は、米医学誌「JAMA Network Open」に717日午前0時(日本時間)にオンラインに掲載されました。

【タイトル】

“Human papillomavirus vaccination by birth fiscal year in Japan”

【著者名】

Asami Yagi, Yutaka Ueda, Emiko Oka, Satoshi Nakagawa, Tadashi Kimura

DOI:10.1001/jamanetworkopen.2024.22513

なお、本研究は、厚生労働科学補助金事業の研究の一環として行われました。