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中西 由光、泉 真祐子、熊ノ郷 淳 ≪呼吸器・免疫内科学≫ 心の動きと代謝・慢性炎症を制御する分子を発見 〜心と身体をつなぐメカニズム〜

2024年7月13日
掲載誌 Neuron

図1: 扁桃体セマフォリン6Dは情動・代謝・炎症を制御する
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お読みいただく前に

心と身体の健康は密接にリンクしています。特に、代謝の働きが阻害される代謝性疾患(糖尿病、高血圧、肥満症など)や慢性炎症(腸炎など)と心の動きのつながりはこれまでから指摘されてきましたが、その詳細なメカニズムは明らかになっていませんでした。

研究成果のポイント

  • 代謝能が、気質や精神疾患など脳や心の動きと遺伝的に相関することを明らかにし、その原因遺伝子として神経ガイダンス因子であるセマフォリン6D※1を同定。
  • セマフォリン6Dが感情中枢である扁桃体※2の神経回路形成を担い、不安を感じる心の動きのみならず、交感神経を介して全身の代謝・炎症応答を制御することを明らかにした。
  • 代謝疾患や慢性炎症を脳の機能異常として捉え直すことにより、新たな治療法開発が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の中西由光 特任助教、泉真祐子 特任助教(常勤)(先端免疫臨床応用学共同研究講座)、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)、免疫学フロンティア研究センターの姜秀辰 寄附研究部門准教授(免疫機能統御学)らの研究グループは、ストレス下において心の動きと全身代謝・炎症応答を結びつける因子としてセマフォリン6Dを同定しました。

脳は記憶や心の動きだけではなく、代謝や免疫応答といった他臓器の機能も制御することが明らかとなりつつあります。しかし、心の動きと全身代謝・炎症応答を制御する脳内のメカニズムは明らかとなっていませんでした。

今回、研究グループは、ヒトの遺伝型および表現型の網羅的解析を行い、代謝系形質と精神系形質の間に遺伝的相関を見出すとともに、両者に共通する原因遺伝子としてセマフォリン6Dを同定しました。さらにマウスを用いて空間的トランスクリプトーム解析※31細胞トランスクリプトーム解析※4の統合を行い、扁桃体においてセマフォリン6Dが神経細胞のスパイン※5の形態を制御するとともに、神経伝達物質であるGABA※6の量を調節することで、ストレス下における不安な気持ち、全身代謝、炎症応答を調節することを明らかにしました(図1)。

本研究の背景

心と身体の健康は密接にリンクしています。これまで臓器別に理解されてきた肥満症、糖尿病などの代謝性疾患、腸炎などの慢性炎症疾患に実は脳が深く関わっていることが近年明らかとなり、「脳を介した多臓器連環」として注目されています。疫学的にも精神疾患と代謝異常の関連が報告されており、遺伝的要因と環境要因が複雑に絡み合っていることが示唆されていますが、その詳細なメカニズムは明らかとなっていません。

本研究の内容

今回、研究グループは、ヒトの遺伝型および表現型の網羅的解析を行い、代謝系形質(BMI、体脂肪率など)と精神系形質(ADHD、統合失調症、神経質気質など)に遺伝的相関があることを見出すとともに、共通する原因遺伝子として神経ガイダンス因子であるセマフォリン6Dを同定しました。

セマフォリン6Dは神経細胞の軸索が伸びる方向を決める分子で、血管形成や骨代謝、マクロファージ分化など多様な生理活性が報告されています。しかし、脳におけるセマフォリン6Dの機能は明らかとなっていませんでした。

そこでマウスを用いて行動試験を行なったところ、セマフォリン6D欠損により不安行動や恐怖行動(不安様行動)が増加することがわかりました。また高脂肪食による肥満モデルでは、セマフォリン6D欠損により交感神経が活性化し、肥満になりにくい一方で、全身の慢性炎症が強くなることがわかりました。

次に、脳のどの部位のどの細胞がこれらの現象に関わるのかを明らかにするために、空間的トランスクリプトーム解析と1細胞トランスクリプトーム解析データの統合解析を行いました。その結果、感情中枢である扁桃体の抑制性ニューロンがセマフォリン6Dを発現していること、セマフォリン6Dは扁桃体において神経細胞のスパインの成熟に必要であると同時に、神経伝達物質であるGABAの量を調節することを明らかにしました。

最後に扁桃体のセマフォリン6Dのみを欠損させたところ、上述の情動・代謝異常が再現されました。

以上の結果より、ストレス下における不安応答、全身代謝、炎症応答の調節にはセマフォリン6Dによる扁桃体神経回路の形成が重要であることが示されました。

本研究の成果の意義

本研究成果は、代謝疾患や慢性炎症を脳の機能異常として捉え直す必要性、および精神疾患の背景に代謝や慢性炎症などの疾患が潜んでいる可能性を示唆するものです。精神疾患、肥満症、糖尿病などの代謝疾患、腸炎などの慢性炎症疾患をまとめて一つの疾患概念として扱うことで、新たな治療法の開発が期待されます。

研究者コメント

<中西由光 特任助教のコメント>

「心の病」は内科的な疾患と異なり診断マーカーなどが乏しく、その診断・治療に難渋することが多いです。今回の研究結果をもとに、心と身体をひとまとまりに考えることで、新たな診断法や治療法開発の一助となればこれ以上の喜びはありません。

用語説明

※1 セマフォリン6D
神経の軸索が伸びる方向を決める分子。「手旗信号」が語源となっている。

※2 扁桃体
側頭葉の内側にあるアーモンド(扁桃)形の構造。大脳辺縁系の構成要素のひとつ。不安や恐怖などの感情制御を担う。

※3 空間的トランスクリプトーム解析
組織上での位置情報を保持したまま遺伝子発現を網羅的に解析する手法。

※4 1細胞トランスクリプトーム解析
遺伝子発現を1細胞レベルで網羅的に解析する手法。

※5 スパイン
神経細胞の細胞体から分岐した樹状突起に存在する多数の棘状の構造。神経細胞間の情報伝達を担う。

※6 GABA
代表的な神経伝達物質の一つ。神経細胞の活動性を低下させる作用を持つ。

特記事項

本研究成果は、2024713日(土)午前0時(日本時間)に米国科学誌「Neuron」に掲載されました。

【タイトル】

“Semaphorin 6D tunes amygdalar circuits for emotional, metabolic, and inflammatory outputs”

【著者名】

Yoshimitsu Nakanishi,1,2,3,4,* Mayuko Izumi,1,2,3,* Hiroaki Matsushita,3,5 Yoshihisa Koyama,4,6,7 Diego Diez,8 Hyota Takamatsu,1,2 Shohei Koyama,1,2 Masayuki Nishide,1,2 Maiko Naito,1,2 Yumiko Mizuno,1,2 Yuta Yamaguchi,1,2 Tomoki Mae,1 Yu Noda,1 Kamon Nakaya,1 Satoshi Nojima,9 Fuminori Sugihara,10 Daisuke Okuzaki,4,11,12,15,16 Masahito Ikawa,13,15,17 Shoichi Shimada,6,7 Sujin Kang,14,15 and Atsushi Kumanogoh1,2,4,15,16,17(* 同等貢献)

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  2. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
  3. 大阪大学 大学院医学系研究科 先端免疫臨床応用学
  4. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
  5. 中外製薬株式会社 研究所
  6. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経細胞生物学
  7. 大阪精神医療センター 依存症治療・研究センター
  8. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)定量免疫学ユニット
  9. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
  10. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)生体機能イメージング
  11. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)
  12. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) ゲノム解析室
  13. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) 遺伝子機能解析分野
  14. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC)免疫機能統御学
  15. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER
  16. 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業
  17. 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD) 

DOI:10.1016/j.neuron.2024.06.017

本研究は、日本学術振興会科研費、日本応用酵素協会、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、持田記念医学薬学振興財団、内藤記念科学振興財団、三菱財団、革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)、日本医療研究開発機構(AMED)、日本医療研究開発機構戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)事業「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)の一環として行われました。

本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。