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西出 真之、島上 洋、熊ノ郷 淳 ≪呼吸器・免疫内科学≫ 研究成果を臨床現場へ! 免疫疾患シングルセル解析の羅針盤的総説を発表

2024年6月24日
掲載誌 Nature Reviews Immunology

図1: 患者検体を採取し1細胞レベルの遺伝子発現の違いを解析することは、
新たな病的細胞集団の発見や治療法につながり、
近年の医学研究に大きなイノベーションをもたらしてきた。
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 自己免疫疾患・アレルギー性疾患に関する全世界のこれまでのシングルセル研究の成果について、臨床応用への視点からまとめ解説した総説を発表。
  • シングルセル解析はひとつひとつの細胞の遺伝子発現などの違いを明らかにし、患者さんの中に存在する病的細胞や細胞どうしのネットワーク異常を解明する研究手法。免疫疾患をはじめ多くの研究領域で応用され、研究成果が発表されている。
  • これまでに発表された研究成果の多くは、膨大なシングルセル解析情報が臨床現場でどのように患者さんへと還元されうるのかという視点があまり組み込まれていなかった。
  • 本総説は疾患ごとに細胞集団の変化を総括・図示することによりバイオマーカーや治療標的となる情報を抽出。膨大なシングルセルデータを扱う上で、患者さんを意識した臨床的視点の重要性を世界に発信した。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 西出真之助教、大阪大学医学部附属病院 島上洋医員、大学院医学系研究科 熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学)のグループは、シングルセルRNAシーケンス※1scRNA-seq)を用いた自己免疫・アレルギー性疾患に関するこれまでの研究成果をまとめ、臨床応用への視点から解説した総説論文を発表しました。 

この総説では、全世界のこれまでのシングルセル研究の成果から特に免疫・アレルギー疾患における血液細胞・組織細胞の病的変化を疾患ごとに包括的に理解し図示することで、患者さんに還元しうるバイオマーカーや治療標的となる細胞群・遺伝子・分子情報の抽出を行いました。同時に、現在のscRNA-seqを中心とした研究の問題点、今後の方向性についても言及しています。膨大なシングルセル情報が今後どのようにベッドサイド(臨床現場)へと還元されうるのか、免疫疾患の病態・治療研究のひとつの道標となる成果です。

本総説により、シングルセル解析を用いた病態解明研究を行う上で、患者さんを意識した臨床的な視点の重要性がこれまで以上に世界に認知されることが期待されます。

本研究の背景

関節リウマチ・全身性エリテマトーデス・全身性強皮症などの自己免疫疾患は、免疫系の制御異常を端緒とし臓器の機能不全を生じる疾患群です。また、気管支喘息やアレルギー鼻炎をはじめとするアレルギー性疾患は、外来抗原に対する異常な免疫反応を主体とし、まさに国民病といえるような罹患率を呈しています。

scRNA-seqは単離したシングルセル(1細胞)毎で行う遺伝子発現解析のことを指し、患者さんの体内に存在する細胞ごとの遺伝子発現などの違いを明らかにする研究手法です。近年、免疫疾患だけでなく多くの研究領域で応用され、新たな治療法の開発などに結びついています(図1)。従来の細胞集団(バルク)として見てきた遺伝子発現解析では検出できなかった詳細な細胞の特徴が明らかになるとともに、その情報の網羅性から、細胞分化の系譜や細胞間の相互作用といった病態に迫る情報を得ることが出来るのが特徴で、特定の病気の進行や治療方法の開発に役立つ情報を得ることができます。一方で得られる情報が膨大であるがゆえに、膨大なデータの海から、患者さんを救うためにどのような切り口で結論を導くか、という点が曖昧になってしまうという問題もあります。実際に、これまで発表された多くのシングルセル研究の成果は、疾患群と健常者の細胞の違いを整理し説明するような内容にとどまるものが多く、scRNA-seqの技術で得られた情報を患者さんにとって適した治療方法を考えるというような役立つ内容へと落とし込む取り組みが十分とはいえませんでした。

本研究の内容

今回、研究グループは免疫・アレルギー疾患を対象としてscRNA-seqを適用した研究成果を広範囲にわたって調査し、臨床との架け橋となるようなバイオマーカーや治療標的として示唆された細胞・分子の情報を抽出しました。

関節リウマチでは、自己抗体陽性/陰性患者で異なる治療の方向性が示されるとともに、滑膜線維芽細胞の分化・増殖に着目し、特定の炎症性サイトカインや増殖因子、Notchシグナルなどが治療ターゲットとなる可能性が示されました。全身性エリテマトーデスでは従来提唱されてきたⅠ型インターフェロン関連シグナルの治療ターゲットとしても妥当であることがシングルセル研究から確認され、尿中ケモカインが全身性エリテマトーデスに関連する病勢評価マーカーとしての活用されうることが示されました。全身性強皮症では特定の皮膚線維芽細胞の分化・増殖が病態へ関与しているが示唆されるとともに、LGR5やオステオポンチンなど、線維芽細胞の分化・増殖を制御する因子が治療ターゲットとなりうることが示されました。気管支喘息では従来、アレルギーに関与するTh2細胞の重要性が指摘されていますが、シングルセル研究により、どのような周辺細胞やサイトカインが実際に気道局所でTh2細胞の増殖に関わっているのかが推定されるとともに、マクロファージなど自然免疫に関与する細胞の分化異常もその病態に大きく寄与していることが示唆されています。分子機能の実験的検証が成されている研究はまだ一部に止まっていますが、こうした成果を踏まえて今後の研究を進展することが、scRNA-seqの膨大なデータを患者さんに還元する近道であると考えられます。

また、現在のscRNA-seqを中心とした研究の問題点として、「正常対照となるアトラス樹立の重要性」「複数の免疫疾患にまたがる共通要素の解析」「1細胞に多様な情報を付与することにより、いかに因果関係や病変の摂動に結び付けるか」といった今後の方向性についても言及しています。

本研究の成果の意義

今回発表した総説は膨大なシングルセル情報が今後どのように臨床現場へと還元されうるのか、今後の免疫疾患の病態・治療研究のひとつの道標となる成果であり、臨床的な視点に基づいたシングルセル研究の重要性がこれまで以上に世界に認知されることが期待されます。

研究者コメント

<西出助教・島上医員のコメント>

現在のところ、シングルセル解析は臨床現場で幅広く適用できるものではありません。しかし技術の進化はめざましく、病変のシングルセルデータ+ベッドサイド所見を組み合わせた「究極の臨床情報」が患者さんの診療に用いられる未来は遠くないかもしれません。患者さんの体から1細胞へ、そして再びベッドサイドへと、臨床医と研究者が身近な距離で協働するシステムの確立が今後ますます重要であると考えます。

用語説明

※1 シングルセルRNAシーケンス
目的の細胞集団をシングルセル(1細胞)ごとに分離し遺伝子発現量や特徴を網羅的に解析することにより、従来はひとまとめにされていた細胞ごとの個性や多様性を明らかにする最先端の遺伝子発現解析の手法。

特記事項

本論文は、2024624日(月)(日本時間)に科学誌「Nature Reviews Immunology」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“Single-cell analysis in rheumatic and allergic diseases: insights for clinical practice”

【著者名】

Masayuki Nishide1,2,3*, Hiroshi Shimagami1,2,3*, Atsushi Kumanogoh1,2,4,5,6(* 同等貢献)

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  2. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
  3. 大阪大学 大学院医学系研究科 先端免疫臨床応用学
  4. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
  5. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER
  6. 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター

DOI:10.1038/s41577-024-01043-3

本論文は、日本学術振興会科研費、日本学術振興会研究拠点形成事業、宇部学術振興財団、武田科学振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)、日本財団・大阪大学感染症対策プロジェクト、日本医療研究開発機構戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)事業「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」の一環として執筆されました。