奥嶋 拓樹、井上 和則、松井 功、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学≫ 近位尿細管上皮細胞の細胞極性を維持するメカニズムを解明
~ファンコニー症候群の新たな原因遺伝子を同定~
2025年9月29日
掲載誌 Kidney international

図1:近位尿細管上皮細胞においてSyntaxin 3が欠損すると管腔側膜蛋白の局在異常から再吸収機能が低下し、ファンコニー症候群を呈する
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研究成果のポイント
- 腎臓の「近位尿細管上皮細胞」における、細胞極性(細胞内の方向性)を司る新規蛋白(Syntaxin 3)を同定。
- 近位尿細管上皮細胞において原尿からの物質の再吸収に重要な管腔側の受容体、トランスポーターの局在を制御する因子は不明であった。
- Syntaxin 3が、ヒトならびにマウスの近位尿細管上皮細胞の管腔側細胞膜上に発現し、様々な受容体、トランスポーターの管腔側での発現に関わることを解明し、Syntaxin 3遺伝子変異をもつ患者がファンコニー症候群を呈することを明らかに。
- Syntaxin 3を中心とした局在制御機構がファンコニー症候群の新たな治療標的となることに期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科腎臓内科学の奥嶋拓樹さん(研究当時大学院生(博士課程))、井上和則助教、松井功講師、猪阪善隆教授らの研究グループは、「腎臓近位尿細管※1上皮細胞」における原尿中物質の再吸収機構を制御する新規分子「Syntaxin 3」の機能を同定しました。
腎臓近位尿細管は糸球体でろ過された原尿中の様々な物質の再吸収を行い、生体の恒常性維持に重要な器官です。この近位尿細管での再吸収機能が障害されると、生体に必要な様々な物質が尿に漏出することで、ファンコニー症候群※2と呼ばれる、全身性の障害が引き起こされます。近位尿細管を構成する近位尿細管上皮細胞は“細胞極性”と呼ばれる「細胞の方向性」を有し、管腔側(原尿と接する側)の細胞膜上に再吸収に必須の受容体・トランスポーターを局在させることで、様々な物質の再吸収を可能にしています。しかし、受容体やトランスポーターの管腔側での局在がどのようにして制御されているかは未解明でした。
今回、研究グループは、ヒト及びマウスにおいて、近位尿細管上皮細胞でのSyntaxin 3の機能欠損によりファンコニー症候群を呈し、Syntaxin 3が近位尿細管上皮細胞管腔側の細胞極性の維持に必須であることを解明しました。本研究成果により、今後Syntaxin 3を含む極性制御機構がファンコニー症候群の新規治療標的となることが期待されます。
本研究の背景
近位尿細管は糸球体から濾過された原尿が通過する管腔構造の器官であり、近位尿細管上皮細胞は原尿と接する管腔側と周囲の血管や間質と接する基底膜側という細胞極性(方向性)を有しています。近位尿細管上皮細胞は管腔側に再吸収に必須の輸送体や受容体を局在させることで、原尿中から様々な物質を再吸収することが可能となり、生体の恒常性維持に寄与しています。
細胞膜上の輸送体や受容体は、細胞内で合成された後、輸送小胞によって細胞膜へ輸送されます。輸送小胞と細胞膜との融合は、輸送体や受容体の細胞膜への輸送に必須の過程ですが、その融合の際にSNARE蛋白※3と呼ばれる蛋白の相互作用が必要となります。これまでラットの近位尿細管上皮細胞では、SNARE蛋白の一つであるSyntaxin 3が細胞膜上に発現していることが報告されていましたが、その機能は解析されていませんでした。
また、ヒトにおいてSyntaxin 3は小腸での発現が報告され、Syntaxin 3遺伝子変異を有する患者は生後早期から難治性の下痢を呈することが報告されており、Microvillus inclusion disease(MVID) ※4と呼ばれます。MVID患児の小腸では、小腸微絨毛の萎縮や局在異常を認め、小腸での吸収障害を起こす結果、下痢を呈することが分かっています。しかしこれまでMVID患児における近位尿細管機能については十分に検討されていませんでした。
そこで我々は、ヒト検体ならびにマウスを用いて、近位尿細管上皮細胞におけるSyntaxin 3の機能を解析しました。
本研究の内容
研究グループでは、ヒトならびにマウスの腎臓免疫組織染色にて、Syntaxin 3が近位尿細管上皮細胞の管腔側に局在していることを確認しました(図2)。
次に近位尿細管上皮細胞におけるSyntaxin 3の機能を解析するため、ヒトSyntaxin 3遺伝子変異をもつ患児2例の血液・尿を解析したところ、2例ともファンコニー症候群の特徴を呈していることが分かりました。
続いて近位尿細管上皮細胞特異的にSyntaxin 3が欠損したマウスを作製しました。Syntaxin 3欠損マウスでは対照マウスと比較して、リン、糖、低分子蛋白、アミノ酸といった近位尿細管で再吸収されるべき物質の尿中への排泄が増加しており、ファンコニー症候群を呈していることが明らかとなりました。近位尿細管上皮細胞の電子顕微鏡像では、Syntaxin 3欠損マウスにおいて、近位尿細管上皮細胞管腔側に存在する刷子縁の短縮と局在異常を認め、また管腔側細胞膜直下に小胞が蓄積していることが分かりました(図3)。
図2:ヒトとマウスの腎臓におけるSyntaxin 3の局在。緑色のLTLあるいはPhalloidinは近位尿細管管腔側を示し、Syntaxin 3が同じく管腔側に発現していることを示す。白スケールは100µm。
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図3:マウスの近位尿細管上皮細胞の電子顕微鏡画像。対照群に比べて、Syntaxin 3欠損マウスでは刷子縁の短縮と局在異常、小胞の蓄積が認められた。黒スケールは5 µm。
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さらに近位尿細管の再吸収に関与する、管腔側の受容体や輸送体について、腎免疫組織染色にて近位尿細管での発現と局在を評価しました。Syntaxin 3欠損マウスにおいて、管腔側の受容体や輸送体はいずれも、その発現が低下もしくは管腔側細胞膜に限局しなかったことから、Syntaxin 3の欠損により近位尿細管管腔側の受容体や輸送体の発現低下や局在異常をきたすことで近位尿細管での再吸収が障害され、ファンコニー症候群を呈することが明らかとなりました(図4)。
図4:マウスの近位尿細管上皮細胞の免疫組織染色画像。緑色のLTLあるいはPhalloidinは近位尿細管管腔側を示し、リンのトランスポーターである赤色のNaPiII-aは、対照マウスに比べて、Syntaxin 3欠損マウスではより細胞質側に広がって分布している。白スケールは20 µm
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、Syntaxin 3は近位尿細管上皮細胞における細胞極性に重要であり、Syntaxin 3の機能異常がファンコニー症候群を引き起こすことが明らかになりました。今後、本研究成果をもとに近位尿細管機能のさらなる分子機序の解明と、ファンコニー症候群を包括した診療によりMVID患者へのより良い治療の提供が期待されます。
研究者のコメント
<奥嶋 拓樹さんのコメント>
近位尿細管は生体の恒常性維持にとって重要な器官ですが、近位尿細管自体の恒常性を維持するメカニズムは十分に解明されていませんでした。今回その一端が明らかにできたことで、今後近位尿細管の研究がさらに進み、ファンコニー症候群の治療がより良くなることを期待しています。
用語説明
※1 近位尿細管
血液が糸球体で濾過されて作られる原尿が腎盂まで通過する管状の構造体が尿細管であり、糸球体側の尿細管を近位尿細管と呼ぶ。近位尿細管を通過する際に、原尿中のリン、糖、低分子蛋白、アミノ酸、炭酸水素イオンなどの生体に必要な様々な物質が再吸収される。その過程を経たのちに、不要な水分や物質は尿として排泄される。
※2 ファンコニ―症候群
様々な原因で近位尿細管の再吸収機能が障害を受けると、様々な物質の再吸収ができなくなる。その結果、本来近位尿細管で再吸収するべき物質が尿中に排泄されることで、低リン血症、くる病、代謝性アシドーシスなどの全身性の障害をきたす。
※3 SNARE蛋白
細胞内小器官や細胞膜の融合の際に必須の蛋白質。上皮細胞の細胞膜においては、輸送小胞側に1種類、細胞膜側に2種類のそれぞれ異なるSNARE蛋白が存在し、それらが近づき絡まりあって輸送小胞と細胞膜の融合が進み、結果的に輸送小胞内の蛋白が細胞膜上に届けられる。今回解析したSyntaxin 3は細胞膜上に存在するSNARE蛋白である。
※4 Microvillus inclusion disease(MVID)
生後早期に重度の難治性下痢を呈する稀な遺伝性疾患。いくつかの原因遺伝子が同定されており、Syntaxin 3はその原因遺伝子の1つとして報告されている。対症療法以外に有効な治療法が存在しない。
特記事項
本研究成果は、2025年9月29日に国際医学誌「Kidney international」に掲載されました。
【タイトル】
“Syntaxin 3 regulates apical membrane integrity in proximal tubule epithelial cells and prevents Fanconi syndrome development”
【著者名】
Hiroki Okushima1, Kazunori Inoue1, Atsuhiro Imai1, Ayumi Matsumoto1, Natsune Tamai1, Masataka Kunii2, Nobuhisa Iriuchijima3, Rüdiger Adam4, Yusriya Al Rawahi5, Siham Al Sinani6, Takeshi Yamamoto1, Masayuki Mizui1, Akihiro Harada2, Motoko Yanagita7,8, Yoshitaka Isaka1, and Isao Matsui1,9* (*責任著者)
所属:
1. 大阪大学大学院医学系研究科 腎臓内科学
2. 大阪大学大学院医学系研究科 細胞生物学
3. 桐生厚生総合病院 麻酔科
4. Heidelberg大学医学部 Mannheim病院 小児科
5. Sultan Qaboos大学病院 小児科
6. Oman University Medical City
7. 京都大学大学院医学研究科 腎臓内科学
8. 京都大学ASHBi
9. 大阪大学先導的学際研究機構 超次元ライフイメージング部門
DOI:https://doi.org/10.1016/j.kint.2025.08.027
参考URL:
松井 功 講師 研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/96444741b5ddf5a9.html
