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  • 松井 翔、山本 毅士、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学≫ 糖尿病腎でフェロトーシス亢進するメカニズムを発見
    ~オートファジー不全とAMPK不活化によりフェロトーシス亢進~

松井 翔、山本 毅士、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学≫ 糖尿病腎でフェロトーシス亢進するメカニズムを発見
~オートファジー不全とAMPK不活化によりフェロトーシス亢進~

2025年11月28日
掲載誌 Diabetologia

図1: 研究概略
糖尿病腎ではオートファジー不全とAMPK-ACC系の不活化に至る。
オートファジー不全ではミトコンドリアROS蓄積によりフェロトーシスが生じやすくなる。
また AMPK-ACC系の不活性化によってフェロトーシスが生じやすくなる。
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研究成果のポイント

  • 糖尿病腎でフェロトーシスが亢進するメカニズムを解明。
  • 糖尿病患者の腎臓近位尿細管細胞1では、オートファジー※2不全とAMPK※3不活化に至っているとともに、フェロトーシス※4(過酸化脂質蓄積を特徴とする細胞死)の特徴である過酸化脂質が蓄積していることが判明した。糖尿病腎では、オートファジー不全によりミトコンドリアROSが蓄積しフェロトーシスが亢進し、またAMPK-ACC系の不活化によりフェロトーシスが亢進することを明らかに。
  • 糖尿病患者がAKIに脆弱になる機序が判明したことから、糖尿病腎のAKIリスクを減らし、腎不全進展を抑制する新しい治療法の開発に期待。

概要

大阪大学医学部附属病院 松井 翔 医員(腎臓内科学)、山本 毅士 特任助教(常勤)、猪阪 善隆 教授(腎臓内科学)らの研究グループは、糖尿病腎でフェロトーシスが亢進するメカニズムを明らかにしました。

糖尿病患者は急性腎障害(AKI)のリスクが高いことが知られていますが、AKIに対して脆弱になるメカニズムは十分にはわかっていません。近年、フェロトーシスという過酸化脂質蓄積を特徴とする細胞死が、腎尿細管のAKIにおいて重要な役割を果たしていることが明らかになりました。しかし、糖尿病腎においてフェロトーシスがAKI脆弱性に関与しているか、また関与していた場合、その機序は十分に解明されていません。

今回、研究グループは、糖尿病患者ではフェロトーシスの特徴である過酸化脂質が蓄積しており、オートファジー不全、またAMPK不活化していることがわかりました。またオートファジー不全ではミトコンドリアROSが蓄積しフェロトーシスが亢進することを明らかにしました。さらにAMPK不活化はその下流のACCを不活化させ、フェロトーシスが亢進することも明らかにしました。

糖尿病患者がAKIに脆弱になる機序が判明したことから、腎尿細管のフェロトーシスを抑制させる治療法の開発が期待されます。

本研究成果は、2025年1128日(金)に欧州糖尿病誌「Diabetologia」(オンライン)に掲載されました。

本研究の背景

糖尿病患者は急性腎障害(AKI)のリスクが高いことが知られていますが、AKIに対して脆弱になるメカニズムは十分にはわかっていません。近年、AKIにおいてフェロトーシスが重要な役割を果たしていることが明らかになりましたが、糖尿病腎においてフェロトーシスがAKI脆弱性に関与しているか、また関与していた場合、その機序は十分に解明されていません。

そこで糖尿病腎においてフェロトーシスが起こりやすくなっているという仮説を立て、ヒト腎生検検体や、虚血再灌流モデル※5によるマウス実験を用いて検証を行いました。

本研究の内容

腎生検を施行した患者の検体を用いることで、糖尿病性腎症の患者の尿細管細胞では、オートファジー不全(オートファジーにより分解されるp62の蓄積)やAMPK不活化になっており、さらにフェロトーシスの特徴である過酸化脂質(4HNEで評価)が蓄積していることが判明しました(図2)。

図2:糖尿病患者さんの尿細管細胞ではフェロトーシスの特徴である過酸化脂質が蓄積する
対照患者(上)と糖尿病患者(下)の腎尿細管細胞。4HNE(過酸化脂質)の染色性は糖尿病患者で上昇している。p62(オートファジー不全で蓄積する)の染色性もしくはdot数は糖尿病患者で上昇している。さらにAMPKの染色性は糖尿病患者で低下している。クリックで拡大表示します

次に糖尿病マウスモデル(STZ誘発性1型糖尿病モデルマウス、2型糖尿病モデルdb/dbマウス)に対してフェロトーシス抑制剤であるフェロスタチン1を使用して虚血再灌流障害を行うと、いずれの糖尿病モデルでもフェロトーシスが亢進していることが分かりました。

そして、オートファジー不全マウスを使用した実験では、オートファジー不全尿細管細胞においてフェロトーシスが亢進していることがわかりました(図3)。さらにオートファジー不全細胞ではミトコンドリア障害やミトコンドリアROS・ミトコンドリア過酸化脂質の蓄積があることが分かりました。ミトコンドリア除去したRho0細胞ではフェロトーシス亢進が抑えられることを見出し、オートファジー不全細胞ではミトコンドリアROS蓄積によりフェロトーシスが亢進することがわかりました。

図3:オートファジー不全尿細管ではフェロトーシスが亢進している腎臓に虚血再灌流傷害を行って2日後の野生型マウス(左)・近位尿細管特異的Atg5ノックアウトマウス(オートファジー不全マウス)(右)の免疫蛍光染色を示す。赤:4HNE、緑:p62(オートファジー不全で蓄積)、紫:メガリン。野生型マウスではp62蓄積や過酸化脂質(4HNE)蓄積は認めない一方で、オートファジー不全マウスではオートファジー不全尿細管細胞(p62が蓄積している尿細管)で過酸化脂質が蓄積しており、オートファジー不全細胞でフェロトーシスが亢進していることが分かった。クリックで拡大表示します

図4:AICARは虚血再灌流障害による糖尿病フェロトーシスを改善させる野生型マウス・STZ誘発性1型糖尿病モデルマウス・2型糖尿病モデルdb/dbマウスに対してvehicleもしくはAICAR投与を行い、腎臓に虚血再灌流傷害を行った2日後のPAS染色を示す。STZマウスとdb/dbマウスでは腎障害の悪化を認めるが、AICARにより腎障害の改善を認める。クリックで拡大表示します

糖尿病マウス腎においてAMPKとともにACCの低下を認めたことから、AMPK活性化させることにより、糖尿病で亢進するフェロトーシスが改善するかを検討するために、糖尿病モデルマウスに対してAMPK活性化薬であるAICARを投与して虚血再灌流モデルで評価しました。そして、12型いずれに関しても糖尿病群で悪化したフェロトーシスはAICARで抑制されたことを見出しました(図4)。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

AKIは発症頻度が高く、死亡リスクが上昇するほか、AKIから回復しても慢性腎臓病に移行しやすいことが知られている。AKIを減らすことで死亡リスクを軽減し、慢性腎臓病、ひいては透析導入を減らすことにつながります。オートファジー活性化やAMPK活性化、またフェロトーシス抑制剤により糖尿病腎のAKIリスクを減らし、腎不全進展を抑制する新しい治療が可能になると期待されます。

研究者のコメント

<山本毅士特任助教(常勤)のコメント

糖尿病腎におけるAKI脆弱性の機序はわかっていませんでしたが、今回オートファジー不全とAMPK不活化によりフェロトーシスが亢進することを解明しました。今後オートファジー活性化剤、AMPK活性化剤に加えてフェロトーシス抑制剤が糖尿病腎におけるAKIを減らす予防薬として発展すれば幸いです。

用語説明

※1  近位尿細管
腎臓は主に糸球体と尿細管から構成される。糸球体でろ過された血液は原尿となり、近位尿細管・遠位尿細管・集合管からなる尿細管で水分や電解質、栄養素などの再吸収が行われ、尿として体外に排泄される。なかでも近位尿細管は糖やアミノ酸、アルブミンなどの再吸収を担っており、エネルギー代謝が盛んで、また虚血再灌流傷害などのストレスにさらされやすいことから、オートファジーが重要な役割を果たす。

※2 オートファジー 

細胞構成成分を分解し、エネルギーの再利用や細胞内小器官の修復に携わる。分解基質がオートファゴソームという二重膜小胞に隔離され、分解酵素に富むリソソームに融合することで分解が生じる。

※3  AMPK
細胞のエネルギー状態を監する酵素で、「代謝のマスターレギュレーター」とも呼ばれる。細胞内のエネルギー状態に応じて糖・脂質代謝などを調節する。

※4  フェロトーシス
アポトーシスとは異なる、制御された細胞死の一種。過酸化脂質蓄積を特徴とする細胞死。2012年に提唱されたのち、がん細胞だけでなく、腎臓を含めた各種臓器障害に関与することが明らかになり、近年注目を集めている細胞死。

※5  虚血再灌流モデル
腎動脈・腎静脈を一定時間遮断したのち、血流を再開することで腎傷害を引き起こす実験手法。近年、腎虚血再灌流障害において、近位尿細管のフェロトーシスが関与することが明らかになった。

特記事項

本研究成果は、2025年9月4日(木)23時(日本時間)に米科学誌「Journal of Experimental Medicine (JEM)」に掲載されました。

【タイトル】

Defective Autophagy and AMPK Inactivation Drive Ferroptosis in Diabetic Kidney Disease

【著者名】

Sho Matsui1, Takeshi Yamamoto1,*, Yoshitsugu Takabatake1, Atsushi Takahashi1, Tomoko Namba-Hamano1, Jun Matsuda1, Satoshi Minami1, Shinsuke Sakai1, Hiroaki Yonishi1, Jun Nakamura1, Hideaki Kawai1, Takuya Kubota1, Isao Matsui1, Motoko Yanagita2,3, and Yoshitaka Isaka1

 *)責任著者

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
  2. 京都大学 大学院医学研究科 腎臓内科学
  3. 京都大学 ヒト生物学高等研究拠点

DOI:https://doi.org/10.1007/s00125-025-06612-2

【参考URL】

山本 毅士 特任助教(常勤)
研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/44d6ff1f0b8a80e4.html?k=%E5%B1%B1%E6%9C%AC