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大阪大学発の軟骨再生治療法が臨床応用の最終段階、企業治験へ

研究成果のポイント

  • 大阪大学で開発された軟骨への再生医療研究シーズが阪大病院における臨床研究を経て、第III相企業治験実施に至り、その第一症例の手術が完了
  • 他家移植による組織再生治療の本邦初の治験、他家間葉系幹細胞バンク(大阪大学未来医療センター)を利用、幹細胞バンクが商業利用に用いられる本邦初の事例
  • 治験は株式会社ツーセルが実施。中外製薬株式会社はこれまでの臨床開発経験を生かし、ツーセルの臨床開発が円滑に進むよう助言を行っている。メガファーマ企業が再生医療の企業治験に参画する本邦初のケース 本格的再生医療実現への扉を開くものと期待

概要

大阪大学の中村憲正 招聘教授(国際医工情報センター、大学院医学系研究科 整形外科)、吉川秀樹 教授(大学院医学系研究科 整形外科)、澤芳樹 教授(大学院医学系研究科 心臓血管外科)の研究グループは、これまで難治性で有効な治療法がなかった軟骨損傷に対する新規治療法として滑膜由来の間葉系幹細胞(MSC)を用いたスキャフォールド1フリー三次元人工組織を開発しました。本組織は軟骨分化能に優れ、また組織接着性に優れ、関節鏡等による低侵襲手術による移植が可能です(図1)。また本人工組織は動物由来材料や化学合成品を一切用いずに作製された国際的に独創的なもの(日米欧特許取得済)で、バイオマテリアルを使用した従来の組織工学技術(競合製品)に比して、移植後の安全性、費用対効果>の面で強い競争力を保持しています。これまでの前臨床研究およびファースト・イン・ヒューマン臨床研究の結果(図2)により、軟骨再生の有効な治療法となることが期待されます。

 

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今回、本治療技術の実用化への最終段階として、株式会社ツーセルが、他家MSCを用いた人工組織の有用性を検証します。中外製薬株式会社はこれまでの臨床開発経験を生かし、ツーセルの臨床開発が円滑に進むよう助言を行っています。1人の細胞が1,00010,000人の再生医療に役立つ他家移植用細胞製剤を使用するという点で、我が国初の再生医療治療法です。今回、治療目的の他家細胞の保存を目的に、大阪大学未来医療センター4に幹細胞バンクが設立されました。将来の商業利用を可能とした幹細胞バンクの設立は我が国初です。本第III相臨床試験では、マイクロフラクチャー法5とのランダム化比較試験を、膝関節軟骨損傷の70例を対象に行います6。その第一症例の手術が1129日に実施されました。

 

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研究の背景

これまで関節軟骨は、血行に乏しく傷つくと治らない組織と考えられており、有効な治療法がありませんでした。世界中で幹細胞、組織工学的手法を用いた治療法の開発が進められていますが、修復組織の質、移植先の母床との生物学的癒合を同時に向上させることが困難であるという課題がありました。

中村招聘教授らの研究グループでは、通常の平面細胞培養と浮遊培養法を組み合わせることで間葉系幹細胞が合成する細胞外マトリックスのみを利用して分化能に富み、しかも組織接着性の高い三次元人工組織を開発しました。

これは間葉系幹細胞のアクチン細胞骨格の収縮能を利用して組織の自己収縮を誘導する技術を用いる世界初の組織化技術で国内外の特許を獲得しております。これの技術の利用により、これまで困難であった低侵襲で短時間の移植による軟骨再生治療が可能となりました。

今回は、大動物を用いた前臨床研究、ヒトでの第I/II相臨床研究に引き続き、実用化への最終段階として第III相臨床研究そして企業治験を進めます。また本治験は本邦初他家細胞培養を無血清培地(人工培地)で行う試みで、従来の自家移植に比べ、患者様の受ける侵襲治療(手術)は1回で済み身体の負担が軽く、また製造コスト削減ができるメリットを持つ治療法の開発として期待されています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本治療法が実用化されれば、多くのスポーツ外傷の患者様への福音となるのみならず世界で潜在人口3千万人といわれる変形性関節症の発症予防が期待されます。また我が国における他家細胞を用いた再生医療の扉を開くことが期待されます。

用語説明

1 スキャフォールド
細胞を移植するにあたり、その三次元環境を至適化させることを目的に作成される足場。通常は動物由来材料や化学合成ポリマーなどを材料とする。

2 ツーセル社 [代表取締役社長:辻 紘一郎]
2003年に起業したバイオベンチャー企業。再生医療の普及を目指し、体性幹細胞の一種であるMSCをターゲットとし、MSCを用いた細胞治療製品と、MSC周辺の培養技術や再生医療システムの構築に取り組んでいる。これまでに「膝軟骨再生細胞治療製品gMSC®1」(中外製薬株式会社とライセンス契約締結)、「MSC用無血清培地STK®シリーズ(研究用)」(DSファーマバイオメディカル株式会社より発売)の開発を行ってきた。2016年の売上高は8億円、経常利益は1.6億円。

3 中外製薬 [代表取締役会長 最高経営責任者:永山 治]
医療用医薬品に特化し東京に本社を置く、バイオ医薬品をリードする研究開発型の東京証券市場一部上場の製薬企業であり、ロシュ・グループの重要メンバーとして、国内外で積極的な医療用医薬品の研究開発活動を展開している。国内では、御殿場、鎌倉の研究拠点が連携して創薬研究活動を行う一方、浮間では工業化技術の研究を行っている。海外では、シンガポールに拠点を置く中外ファーマボディ・リサーチが革新的な抗体創製技術を駆使し新規抗体医薬品の創製に特化した研究を行っている。また、米国と欧州では、中外ファーマ・ユー・エス・エー、中外ファーマ・ヨーロッパが臨床開発活動実施。2016年の連結売上高は4,918億円、営業利益は806億円(Coreベース)。

4 大阪大学未来医療センター
2002年に本邦で初めて大学病院に設置された橋渡し研究機関。設立以来、知的財産戦略から製剤、非臨床試験、薬事、医師主導治験の支援を含む臨床開発支援などを通して、一貫してこのような革新的新規医療技術の実用化にむけた研究・開発の支援を行う。特に再生医療の実用化研究に必須である細胞培養調製施設は、その規模、品質、プロジェクト数、稼働率とも本邦の研究機関においてトップクラスで誇り、企業との共同研究や治験利用も積極的に受け入れている。2015年からセルバンクを開設し、基礎研究から臨床応用・実用化まで一貫して利用できる高品質同種細胞バンクとして、各種研究・開発に細胞を提供している。

5 マイクロフラクチャー法
軟骨欠損部から骨髄へ達する穴を開け、骨髄細胞を伴う出血を促して欠損部に軟骨組織を形成させる方法。骨穿孔法によって形成される軟骨組織は、正常な軟骨組織を構成する硝子軟骨ではなく、線維軟骨であるため、長期的には磨耗し、QOL が低下すると考えられる。

6 治験に関する参照先:財団法人日本医薬情報センター(JAPIC) 医薬品情報データベース

研究者のコメント

<中村招聘教授>
大阪大学発の研究成果をメガファーマが評価し、リスクが高いとされる再生医療領域への実用化(治験参入)に踏み出した最初の事例であり、再生医療への扉がこれにより本格的に開かれることを期待します。

 

 

本件に関して、126日(水)医学部附属病院オンコロジーセンター(吹田キャンパス)にて記者発表を行いました。

【発表者】中村憲正 招聘教授(国際医工情報センター)
     吉川秀樹 教授(大学院医学系研究科 整形外科
     澤 芳樹 教授(大学院医学系研究科 心臓血管外科
     名井 陽 センター長(大阪大学医学部附属病院 未来医療センター