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林 将文、林 克彦 ≪生殖遺伝学≫ iPS細胞から絶滅危惧種を保全する第一歩 ~絶滅危惧種キタシロサイの精子・卵子のもとになる細胞の誘導に成功~

2022年12月10日
掲載誌 Science Advances

図1.  (左)試験管内で誘導したPGC様細胞。分化誘導を示す緑および赤色の蛍光タンパク質を発現する。
(右)サイPGC様細胞の遺伝子発現解析。マウスやヒトと同じような過程でPGC様細胞が作られる。
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研究成果のポイント

  • 絶滅危惧種キタシロサイのiPS細胞から卵子や精子のもとになる始原生殖細胞様細胞(PGC様細胞)を試験管内で誘導しました。
  • すべての野生動物のなかでもPGC様細胞を誘導した例は世界初です。
  • キタシロサイは密猟や環境破壊により、メス2頭しか現存しておらず、自然繁殖は不可能です。今回の技術の進展により将来的にキタシロサイの繁殖・保全が期待されます。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の林将文特任研究員(常勤)、林克彦教授(生殖遺伝学)らの研究グループは、ミナミシロサイのES細胞※1およびキタシロサイのiPS細胞※2から精子・卵子のもとになる始原生殖細胞様細胞(PGC様細胞)※3を試験管内で誘導することに世界で初めて成功しました。

多能性幹細胞から卵子・精子のもとになる細胞を誘導することはマウスなどの実験動物やヒトでは可能でしたが、野生動物に応用することは細胞材料の不足や種の違いから困難でした。

本研究ではドイツ、チェコ、イタリアなどとの国際共同研究により細胞材料の作製と培養条件の検討を慎重に行うことにより、絶滅危惧種のキタシロサイとその近縁種であるミナミシロサイの多能性幹細胞からPGC様細胞を誘導する技術を確立しました。多能性幹細胞は体外培養で無限に増殖することから、ほぼ制限なく多数のPGC様細胞を作製することができます。この成果はキタシロサイの多能性幹細胞から卵子・精子を作製する第一歩となり、絶滅危惧種の保全に貢献することが期待されます。今後はPGC様細胞を卵子・精子へ成熟させる培養技術を確立することが課題です。

研究の背景

キタシロサイは密猟や環境破壊によりメス二頭 (Najin:母、Fatu:)が現存するのみとなっています。これらの自然繁殖は不可能であるため、キタシロサイの保全には生殖補助技術や細胞工学技術の開発が必須となっています。これまでの我々を中心とした研究により多能性幹細胞※4から卵子や精子のもとになるPGC様細胞を誘導することはマウスやヒトなどで行われてきましたが、この技術を絶滅危惧種に応用して、その種の保全に貢献することはできませんでした。その理由として、絶滅危惧種を含む野生動物において高品質な多能性幹細胞(ES/iPS細胞)の取得が困難であること、種間の違いにより培養条件が異なることが挙げられます。一般的に、ES細胞の品質はiPS細胞に比べて安定的に高いことが知られていますが、ES細胞の取得は初期胚を必要とするために野生動物では困難でした。我々のグループは、これらの困難を克服するためにミナミシロサイの初期胚の取得とES細胞の樹立を行いました (Hildebrandt , 2018)。またミナミシロサイのES細胞によく似たキタシロサイのiPS細胞の樹立にも成功しています(Zywitza , 2022)。これらの成果により、シロサイのPGC様細胞を試験管内で誘導するための準備が整えられました。

研究の内容

今回の研究において本研究グループははじめにミナミシロサイのES細胞からPGC様細胞を試験管内で誘導する手法の確立を目指しました。生物種によって誘導に必要な培養条件(培養液や培養時間)は異なりますが、それらをひとつひとつ慎重に検討することにより、ミナミシロサイのES細胞からPGC様細胞を誘導する手法を樹立しました。次にこの手法を応用してキタシロサイiPS細胞からPGC様細胞を誘導することにも成功しました。これらのPGC様細胞は遺伝子発現や細胞の形態において生殖細胞特有の性質を示しました。また、遺伝子機能の解析によりシロサイのPGC様細胞が分化する様子はマウスよりもヒトに近いことが明らかになりました。さらに本研究では、ゲノム編集技術を必要としない手法の確立を行い、野生のキタシロサイと同じゲノム情報をもつPGC様細胞を誘導することにも成功しました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、絶滅危惧種のキタシロサイの卵子や精子を多能性幹細胞から作製する第一歩が達成されました。すでにキタシロサイの生体から取得した卵子や精子を用いた体外受精技術は開発されており、これに多能性幹細胞から作製した卵子や精子を適用することにより、キタシロサイの保全に貢献することが期待されます。またキタシロサイ以外の絶滅の危機に瀕している哺乳類への応用も期待されます。

このほか、本研究により基礎生物学において多くの知見が得られると考えられます。これまで盛んに研究が行われてきたマウスやヒトと分類学上大きく離れたサイの生殖細胞の分化メカニズムの一部が明らかになったことで、哺乳類で広く保存された生殖細胞の性質や各種で独自に進化した機構を理解する研究に繋がることが期待されます。

研究者のコメント

<林 将文 特任研究員 >

シロサイはマウスやヒトから分類学的に離れた動物種であり、知見が少なく困難なことも多くありましたが、PGC様細胞の誘導に成功することができ嬉しく思います。
この成果をもとに、少しでも早く卵子・精子を作製する方法を確立しキタシロサイの絶滅を防ぐことができるよう一層研究に励みたいと思います。また、この誘導系がシロサイに限らず絶滅に瀕した動物にも応用され、それらの絶滅を防ぐ一手になることを願っております。

用語説明

※1 ES細胞
胚性幹細胞(Embryonic stem cells)。あらゆる体細胞へ分化する能力である多能性を有する。

※2 iPS細胞
人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells)。体細胞から作製したES細胞に相当する細胞。

※3 始原生殖細胞様細胞(PGC様細胞)
ES細胞やiPS細胞から試験管内で誘導した生体内の始原生殖細胞(Primordial germ cells: PGCs)に類似する細胞。始原生殖細胞は、卵子・精子など全ての生殖細胞のもとになる細胞。

※4 多能性幹細胞
ES細胞とiPS細胞を含む多能性を有した細胞の総称。

特記事項

本研究成果は、20221210日(土)午前4時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)で掲載されました。

【タイトル】

“Robust induction of primordial germ cells of white rhinoceros on the brink of extinction”

【著者名】

Masafumi Hayashi, Vera Zywitza, Yuki Naitou, Nobuhiko Hamazaki, Frank Goeritz, Robert Hermes, Susanne Holtze, Giovanna Lazzari, Cesare Galli, Jan Stejskal, Sebastian Diecke, Thomas B. Hildebrandt, and Katsuhiko Hayashi

      【DOI番号】10.1126/sciadv.abp9683

      なお、本研究は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
      JSPS新学術領域研究「配偶子インテグリティの構築」(18H05544)JSPS新学術領域研究「多能性幹細胞による配偶子産生システムのin vitro再構築」(18H05545)、武田科学振興財団、JSPS 特別研究員、The Open philanthropy Project, German government BMBF 01LC1902A/B BioRescue, Dr. Richard Mclellan, Nadace CEZ grants PR21/46514 and PR22/52613

      本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました