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辻本 考平、高松 漂太、熊ノ郷 淳 ≪呼吸器・免疫内科学≫ 痛風などの新規治療に期待 ~リソソームによる新しい炎症制御メカニズムを解明~

2022年11月29日
掲載誌 The EMBO Journal

図1. 細胞は危険信号を感知すると、リソソーム上のRagulator複合体が足場となって
NLRP3インフラマソームを活性化させる。その結果、炎症応答が引き起こされる。
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研究成果のポイント

  • リソソーム※1上のRagulator複合体2というタンパク複合体がNLRP3インフラマソーム3と呼ばれる炎症応答を制御していることを明らかにした
  • 合成型ビタミンERagulator複合体の働きを阻害すると、マウスの痛風が軽減した
  • Ragulator複合体を標的とした薬剤の開発により、痛風や動脈硬化症、アルツハイマー型認知症などNLRP3インフラマソームが関与している様々な疾患の新規治療への応用が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の辻本考平 特任助教(常勤)、高松漂太 講師、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、痛風などの病態に重要な役割を有する炎症応答の仕組みの一端を明らかにしました。

私達の身体には、病原体や異物の侵入を「危険信号」として認識し排除するシステムが備わっています。その代表的な仕組みの1つに、NLRP3インフラマソームによる炎症応答があります。NLRP3インフラマソームは各種の感染症やCOVID-19の重症化、痛風、動脈硬化症、認知症など様々な病気に関与していることが知られていますが、その制御メカニズムは未解明な部分が多く存在します。

今回、研究グループはRagulator複合体と呼ばれるタンパク複合体(細胞の増殖や代謝をつかさどるmTOR(タンパク質)の制御に重要であることが知られている)に注目し、Ragulator複合体がNLRP3インフラマソームの活性を制御しているという新規のメカニズムの解明に成功しました。また合成型ビタミンERagulator複合体による活性化の働きを阻害し、マウスの痛風関節炎を軽減させることを明らかにしました。これらの研究成果により、痛風関節炎やCOVID-19感染症、動脈硬化症、アルツハイマー型認知症などの幅広い疾患の病態解明に繋がることが期待されます。

研究の背景

私たちの細胞は体内に侵入した病原体や尿酸・シリカ・アスベストなどの結晶成分などの異物を「危険信号」として認識し“インフラマソーム”と呼ばれるタンパク複合体を活性化させます。その代表的な仕組みの一つであるNLRP3インフラマソームは各種の感染症やCOVID-19の重症化、痛風、動脈硬化症、アルツハイマー型認知症など様々な病気に関与していることが知られていますが、その活性化のメカニズムには不明な点が多く存在しています。リソソーム上のタンパク複合体であるRagulator複合体がインフラマソームの活性化に関与しているかについては、近年、国内外の様々な研究グループが競って機能解明を行っていました。

研究の内容

研究グループはリソソーム上のRagulator複合体と呼ばれるタンパク質がNLRP3インフラマソームの活性を制御していると仮説を立てて研究を開始しました。

マクロファージと呼ばれる免疫細胞に対し、特異的にRagulator複合体の維持に必須のタンパク質であるLamtor1を欠損させ、マウスに痛風を発症させる実験を行うとその炎症の度合いが著しく減弱することを見出しました(図2)。

マウスの骨髄由来マクロファージやヒト単球様細胞株を用いた培養細胞の実験では、Lamtor1を欠損させると予想通りNLRP3インフラマソームの活性化が阻害されることを見出しました。

Ragulator複合体がどのようにNLRP3インフラマソームを制御しているかを解明するために、免疫沈降法や質量分析などの生化学的な手法を用いた検討を行なったところ、Lamtor1NLRP3およびHDAC64という二つのタンパク質にそれぞれ相互作用していることを見出しました。

また天然物ライブラリーを用いたスクリーニングにより、合成型ビタミンEであるDL-all-rac-α-Tocopherol5Lamtor1HDAC6の間の相互作用を阻害し、NLRP3インフラマソームの活性を低下させることが判明しました。また、合成型ビタミンEの投与によりマウスにおける痛風の炎症の度合いが低下することが明らかとなりました。

図2. Lamtor1を欠損させるとマウスの痛風の炎症の度合いが軽減する
上図:発赤や腫脹が軽快  下図:炎症細胞の度合いも軽減
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、Ragulator複合体によるNLRP3インフラマソームの制御を標的とした薬剤の開発が進むことで、NLRP3インフラマソームが関与するとされる痛風やCOVID-19感染症、動脈硬化症、アルツハイマー型認知症など様々な疾患の新規治療の開発につながる可能性が期待されます。

研究者のコメント

<辻本考平 特任助教>
Ragulator複合体はmTORの制御因子として世界の様々な研究グループに注目され、熾烈な研究競争の対象となっています。今回、Ragulator複合体のこれまで予想されていなかった機能が新たに明らかになり、驚くとともに興味深く感じています。本成果をもとに様々な疾患の治療解明につながることを期待しています。最後になりましたが本研究の実施にあたりご支援頂きました皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。

用語説明

※1 リソソーム
貪食した細菌の殺菌や、老廃物や異物の分解を行う細胞内小器官の一つである。近年、アミノ酸や脂質などの栄養センサーとしての役割も明らかにされ、代謝にも関与することが明らかにされてきている。

※2 Ragulator複合体
リソソーム膜上に存在し、Lamtor2(p14), Lamtor3(MP10), Lamtor4(p10), Lamtor5(HBXIP)をLamtor1(p18)が包むように複合体を形成する。栄養センサーであるmTORC1複合体と結合してリソソーム膜上にmTORC1を繋留し、栄養センシングに関与する。また、リソソームの細胞内局在や細胞接着などにも関係していることが示唆されている

※3 NLRP3インフラマソーム
体内に侵入した病原体や尿酸・アスベストなどの結晶成分を「危険信号」として検知して構成されるタンパク複合体。NLRP3、アダプター分子 ASC、タンパク分解酵素カスパーゼ 1 などが重合することで構成される。活性化されたインフラマソームは炎症性サイトカインの成熟や細胞死などの役割を担う。

※4 HDAC6 (Histone deacetylase 6)
細胞内に存在する微小管脱アセチル化酵素であり、ユビキチン-プロテアソーム系で分解できなかった細胞内の凝集体を微小管形成中心に運搬して分解を促す役割を有することが知られていた。また、近年NLRP3インフラマソームの活性化に重要であることから注目されていたが、その具体的な機序は不明であった

※5 DL-all-rac-α-Tocopherol (合成型ビタミンE)
脂溶性ビタミンの一種であり側鎖の立体構造から8種類の光学異性体の混合物から構成される。抗酸化作用を有することが知られている。

特記事項

本研究成果は、2022年11月29日(火)午後20時(日本時間)に欧州分子生物学機関誌「The EMBO Journal」(オンライン)で掲載されました。

【タイトル】

“The Ragulator complex regulates NLRP3 inflammasome activation through interactions with HDAC6”

【著者名】

辻本考平 1,2,3,*, 徐立恒 1,2,3, * , 柳楽大樹1,2,3, 小中八郎 1,2,3 , 朴正薫 4,吉村 信一郎 5, 杉原 文徳 6, 二宮 彰紀 6, 平山健寛 1,2,3, 糸田川英里 1,2,3, 松崎友星 3,7, 高市裕基 3,7, 青木航 3,7, 細田將太郎 8, 中村 修平 8, Andrea Ballabio 9, 名田茂之 10, 岡田雅人 10 , 高松漂太 1,2,3,#, 熊ノ郷淳 1,2,3,11,12,13,# (*共同筆頭著者、#共同責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  2. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
  3. 国立研究開発法人科学技術振興機構CREST
  4. 第二大阪警察病院
  5. 大阪大学大学院医学系研究科 細胞生物学
  6. 大阪大学 微生物病研究所 中央実験室
  7. 京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻 生体高分子化学分野
  8. 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝学
  9. The Telethon Institute of Genetics and Medicine
  10. 大阪大学微生物病研究所 発癌制御分野
  11. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
  12. 大阪大学ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
  13. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)

      【DOI番号】10.15252/embj.2022111389

      なお、本研究は、JST-CREST 「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」研究推進事業、AMED-CREST「慢性炎症研究事業」「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」、AMED「次世代がん医療創生研究事業」、基盤研究S研究の一環として実施され、大阪大学微生物病研究所 岡田雅人教授と名田茂之准教授の協力を得て行われました。

      本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました