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舘野 丈太郎、松本 寿健 ≪救急医学≫ 外傷患者の潜在的なリスクを早期に同定する手法を開発 ~早期の治療介入によるリスク軽減に期待~

2022年8月6日
掲載誌 Critical Care


図1. 本研究の概略
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 日本外傷データバンク(Japan Trauma Data Bank; JTDB) *1データを用いて外傷による死亡率の高い集団(フェノタイプ*2)を機械学習*3により外傷診療の早期に同定する手法を開発した
  • 高死亡率フェノタイプの血清を用いた質量分析*4(プロテオーム解析*5)を行い、過剰炎症と凝固障害が死亡に関わることを解明した
  • 今後、外傷フェノタイプに応じた新たな外傷治療戦略や治療薬開発への応用が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の舘野丈太郎 特任助教(常勤)、松本寿健 特任助教(常勤)(救急医学)らの研究グループは、日本外傷データバンクから機械学習を用いて外傷死亡率の高いフェノタイプを同定する手法を考案しました。加えて、プロテオーム解析を行い、高死亡率フェノタイプには過剰炎症と凝固障害が関与することを解明しました。

これまで外傷死亡には患者背景、損傷の部位や重症度などの要因が複雑に組み合わさり、その異質性から病態の考察や治療介入による効果を正しく評価することが困難でした。

今回、研究グループは、外傷初期診療データを用いた機械学習による手法から、異なる11個のフェノタイプが存在し、そのうち4個の高死亡率フェノタイプが存在することを解明しました(図、上段)。加えて、血清を用いたプロテオーム解析を行うことで外傷死亡には急性炎症反応の増強、補体活性化経路の調節異常などの過剰炎症、凝固・血小板脱顆粒経路の調節低下などの凝固障害が関わることが示されました(図、下段)。初期の診療データから死亡率の高いフェノタイプを特定できることは先制治療の可能性を示唆するものであり、今後、外傷フェノタイプに応じた新たな外傷治療戦略の確立や治療薬開発への応用が期待されます

研究の背景

外傷診療の標準化が進み、治療成績向上のための取り組みが世界的に進められていますが、全世界では未だ年間約450万件の外傷関連死が報告されており、人類が克服すべき課題の一つとして考えられています。外傷において凝固・線溶系、免疫反応の病態生理学的な重要性はよく理解されていますが、治療標的としての臨床応用は限定的です。これは、患者背景や損傷の部位・程度から生じる複雑な病態生理が一つの要因として挙げられます。多発外傷において特定の損傷臓器の組み合わせが患者転帰に影響するという報告 (J. Tachino et al. J Trauma Acute Care Surg. 2021) は損傷部位のみならず、外傷患者が有する多種多様なリスク因子を加味することが外傷死亡の潜在的リスクを浮き彫りにする可能性を示唆しました。そこで、研究グループは異質性の高い疾患に対して近年、機械学習を用いることにより潜在的なフェノタイプを解明し、新規治療ターゲットへ繋げる取り組みに着目し、外傷患者データへの応用を行いました。さらに、研究グループは各フェノタイプの特性を検討するため、患者血清を用いたプロテオーム解析を行いました。

研究の内容

今回、研究グループはJTDBデータを用いて解析を行い、解析対象者は71,038人の鈍的外傷患者でした。外傷診療の初期に判明する情報からシルエット分析6によりまず、8つの外傷フェノタイプを導出しました。そのうち1つのフェノタイプは死亡率が約50%と突出した死亡率を有しており、より詳細な特性を評価するため、この高死亡率フェノタイプに対して潜在クラス分析7を行い、さらに4つのフェノタイプ(α~δ)に分類しました。演算量が大きいため、スーパーコンピュータ(OCTOPUS; Osaka university Cybermedia cenTer Over-Petascale Universal Supercomputer)を用いました。それぞれのフェノタイプは、「αは比較的若年者の多発外傷、「βは頭部外傷で体温が低い」、「γは高齢者の重症頭部外傷」、「δは多発外傷で予測死亡率が実際の死亡率より高いことが特徴的」でした。

次に、同フェノタイピングを大阪大学高度救命センターへ搬送された90人に適応し、各患者の血清を用いて質量分析(プロテオーム解析)を行いました。高死亡率フェノタイプは他のフェノタイプと比較して、急性炎症反応の増強、補体活性化経路の調節異常などの過剰な炎症、凝固および血小板脱顆粒経路の調節低下などの凝固障害を示すことが明らかとなりました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果には大きく二つの意義があります。第一に、初期の外傷診療データを用いて、死亡率の高い臨床を特定し、早期介入により恩恵を受ける可能性のある集団を特定したことです。将来的に臨床試験の組み入れ基準に取り入れることで既存の治療戦略の見直しや新規の治療戦略開発に役立つ可能性があります。第二に、プロテオーム解析により導出したフェノタイプの分子病態を評価したことで、高死亡率フェノタイプに凝固障害、過剰炎症が関与することが明らかになりました。初期の外傷診療データからこれらを特定できることは先制治療の可能性を示唆するものであり、新たな外傷治療戦略や治療薬開発のためのブレークスルーとなる可能性があると考えています。

研究者のコメント

<舘野 丈太郎 特任助教のコメント>

外傷は損傷臓器やその重症度、患者背景などが複雑に組み合わさり、どれ一つとして同じ外傷は無いと考えられます。本研究はそうした中にも一定のサブグループが存在し、導出された致死的フェノタイプは臨床的感覚に沿っていることが、興味深いと感じています。

臨床データを提供して戴いた方々、日々診療を行っている医療スタッフ、指導して戴いた先生方の多大なご協力により本研究を完成させることが出来ました。ご協力戴いた全ての方々に心より感謝を申し上げるとともに、本研究が今後の外傷診療発展の一助となれば望外の喜びです。

用語説明

※1 日本外傷データバンク (Japan Trauma Data Bank; JTDB)
日本外傷データバンクは日本外傷外科学会と日本救急医学会により、日本の外傷医療の質の向上と保証を目的に設立された全国規模の外傷登録で、2021年3月時点で292施設のデータが登録されています。AIS(Abbreviated Injury Scale)スコア3以上の傷害が疑われる外傷患者を対象として、主に三次医療機関や救急センターから登録されています。

※2 フェノタイプ
1つの疾患を臨床的特徴によって分類したサブグループのこと。

※3 機械学習
統計モデル手法の一つであり、計算機を使用してデータを学習し、そのパターンを推測することで任意の課題を効率的に実行するためのアルゴリズムのこと。

※4 質量分析
イオンの質量対電荷比を測定し、単純混合物や複合混合物中の分子の同定と定量化を行う技術で、本研究では血清タンパク質に対して同技術を用いました。

※5 プロテオーム解析
発現しているすべてのタンパク質を包括的に同定し、個々のタンパク質の機能およびタンパク質同士の機能的なつながりを解析すること。

※6 シルエット分析
データのクラスタ内の一貫性の解釈と検証のための方法。得られたクラスタ間の分離距離を評価し、クラスタ数のようなパラメータを視覚的に評価することを可能とします。

※7 潜在クラス分析
数値などの量的データだけでなくカテゴリカルな質的データを潜在的な変数として、データを統計的にクラス分けする手法です。様々な性質の変数が混在した膨大なデータから分析を可能とします。統計情報を基に分析結果を各クラスへの所属確率として算出するのが特徴です。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌「Critical Care」(オンライン)に、86日(土)に公開されました。

【タイトル】
“Development of clinical phenotypes and biological profiles via proteomic analysis of trauma patients”

【著者名】
Jotaro Tachino1, Hisatake Matsumoto1*, Fuminori Sugihara2, Shigeto Seno3, Daisuke Okuzaki4, Tetsuhisa Kitamura5, Sho Komukai6, Yoshiyuki Kido7,8, Takashi Kojima1, Yuki Togami1, Yusuke Katayama1, Yuko Nakagawa1, Hiroshi Ogura1  (*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 救急医学
  2. 大阪大学微生物病研究所・免疫学フロンティア研究センター(IFReC), 中央実験室
  3. 大阪大学大学院情報科学研究科 バイオ情報工学専攻
  4. 大阪大学微生物病研究所 遺伝情報実験センター
  5. 大阪大学大学院医学系研究科 社会医学講座 環境医学
  6. 大阪大学大学院医学系研究科 情報統合医学講座 医学統計学
  7. 大阪大学サイバーメディアセンター
  8. 岡山理科大学 情報理工学部

【DOI番号】10.1186/s13054-022-04103-z

本研究は、大阪大学クリティカルケアコンソーシアム Novel Omixプロジェクト,Occonomixプロジェクトの一貫として行われました。