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牧野 祐紀、疋田 隼人、竹原 徹郎 ≪消化器内科学≫ がん抑制遺伝子の働き過ぎでもがんに ~肝臓における新たな発がんメカニズムの解明~

2022年6月13日
掲載誌 Cancer Research

図1. 肝臓におけるp53活性化による発がん促進メカニズム
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研究成果のポイント

  • 肝臓ではがん抑制遺伝子1p53が過剰に働くとかえって周りの細胞から肝発がんが促進される可能性を見出した
  • 慢性肝疾患患者の肝臓ではp53の働きが活性化していることが知られていたが、p53の発がんを促進する作用についてはこれまで報告されておらず、その意義は不明であった
  • 慢性肝疾患患者において、活性化したp53を標的とした新たな肝発がん予防法への応用が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の牧野祐紀特任助教(常勤)(研究当時、現The University of Texas MD Anderson Cancer Center)、疋田隼人助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)らの研究グループは、肝臓ではがん抑制遺伝子p53が過剰に働くことで、かえってがんの発生が促進されることを明らかにしました(図1)。

慢性肝疾患は慢性肝炎から肝硬変へと進展し、最終的に肝細胞がんを発症する疾患です。これまで慢性肝疾患患者の肝臓ではp53遺伝子の働きが活性化していることが知られていましたが、その意義は分かっていませんでした。p53は最も重要ながん抑制遺伝子として知られ、肝細胞がんを含めた多くのがんがp53の機能が失われることで発生します。一方、逆にp53が働き過ぎでがんが発生することはこれまで知られていませんでした。

今回研究グループは、肝細胞がんを自然発症するマウスにおいて、遺伝子改変により肝細胞2p53を活性化させたところ、持続的な炎症が惹起され、発がんが著しく促進されることを見出しました。このマウスの肝臓では細胞非自律的3に肝前駆細胞4とよばれる細胞が出現してがん細胞に変化していることが分かりました。このマウスにこれまで肝細胞がんの発症を抑える効果が報告されている薬剤であるペレチノイン5を投与すると、肝前駆細胞の出現が抑えられ、がんの発生も減少しました。さらに慢性肝疾患患者においても、p53の働きの強い肝臓では高率に肝細胞がんが発生することが明らかとなりました。

これらの結果から、これまでがん抑制遺伝子として知られてきたp53の過剰な活性化は、肝臓の炎症を引き起こし、発がんを促進していることが明らかになりました。今後、慢性肝疾患患者におけるp53を標的とした新たな発がん予防法への応用が期待されます。

研究の背景

慢性肝疾患は肝炎ウイルス、アルコール、肝臓への脂肪蓄積、自己免疫など様々な病因により肝臓に慢性的な炎症を生じる疾患の総称で、長い年月を経て慢性肝炎から肝硬変へと進展し、肝細胞がんを発症します。肝硬変・肝細胞がんは慢性肝疾患の終末像であり、肝細胞がんは肝硬変患者の最大の死因となっています。

正常細胞ががん細胞になるときには、DNAの損傷、がん遺伝子の活性化など、細胞に対するストレス刺激を伴います。通常はこのような刺激が加わるとがん抑制遺伝子が働いてDNAの修復、細胞増殖の停止を誘導しますが、がん抑制遺伝子の機能が障害されると一部の細胞はがん細胞に変化します。がん抑制遺伝子には多くの種類がありますが、中でもp53遺伝子は「ゲノムの守護神」と称される最も代表的ながん抑制遺伝子であり、p53の機能喪失は肝細胞がんを含めたあらゆるがんの発生に密接に関わっています。

慢性肝疾患患者の肝臓では、正常な肝臓に比べてp53の働きが活性化していることが知られています。これは肝炎ウイルス、アルコール、脂肪など、慢性肝疾患の原因物質による肝細胞へのストレス刺激が原因と考えられています。一方、肝細胞でp53が活性化することでどのような影響があるのかこれまで分かっていませんでした。

研究の内容

研究グループは、肝細胞においてがん遺伝子のKras遺伝子6が変異し、肝細胞がんを自然発症するマウス(肝細胞特異的Kras変異マウス)において、p53の分解を促すタンパクであるMdm2を肝細胞で欠損させました(肝細胞特異的Mdm2欠損Kras変異マウス)。その結果、肝細胞においてp53が分解されずに蓄積してその働きが活性化するとともに、肝細胞がんの発生が著しく促進されました(図2中央)。このマウスにおいてMdm2に加えてさらにp53を欠損させると、肝細胞がんの発生は抑制されました(図2右)。このことから、肝細胞特異的Mdm2欠損Kras変異マウスにおいて、p53の蓄積・活性化が発がんを促進していることが分かりました。

肝細胞特異的Mdm2欠損Kras変異マウスの肝臓では、慢性肝疾患患者の肝臓と同じように、持続的な炎症が生じていました。また肝臓内において、サイトケラチン(CK)、AFPCD133などのタンパク質を発現し、Mdm2遺伝子型が保たれた肝前駆細胞が出現しており、この肝前駆細胞ががん細胞に変化していることが分かりました(図3)。さらに、このマウスにビタミンAの類縁化合物であるペレチノインを投与すると、肝前駆細胞の出現が抑えられ、肝細胞がんの発生も減少しました(図4)。

また、慢性肝疾患患者の肝組織検体では、p53の活性化の指標であるp21遺伝子7の発現量が、正常肝組織に比べて上昇していることが確認されました。さらにC型肝炎ウイルス8による慢性肝疾患患者の肝組織検体において、p21の発現量の多い症例では、高率に肝細胞がんが発生することが明らかとなりました(図5)。

これらの結果から、慢性肝疾患患者の肝臓においてp53が活性化すると、肝臓の炎症が惹起され、肝細胞がんの発生が促進されることが分かりました。

図2. 肝細胞特異的Kras変異マウスにおけるp53活性化による肝臓の発がんの促進(4か月齢)
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図3. 肝細胞特異的Mdm2欠損Kras変異マウスにおける肝前駆細胞の出現と腫瘍形成
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図4. 肝細胞特異的Mdm2欠損Kras変異マウスにおけるペレチノインの発がん抑制効果
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図5. C型慢性肝疾患患者144例における肝組織中p21発現量と累積肝発がん率
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

p53は最も重要ながん抑制遺伝子であり、非常に多くのがんにおいてその働きが失われていることが分かっています。そのためp53の機能を回復させることががんの治療に有効であると考えられ、p53の働きを増強する薬剤の開発が進められてきました。一方、本研究はp53の働きが過剰になると逆に発がんが促進されるという事例を示したものであり、これまでのp53の概念やp53を標的としたがん治療のあり方に一石を投じ得るものと考えられます。

また本研究成果により、慢性肝疾患患者において活性化したp53が発がん予防の標的になる可能性が示されました。肝細胞がんはひとたび発症すると治療しても再発率が高いことが特徴で、本邦におけるがんの死因の第5位を占める難治がんです。これまで肝細胞がんの予防には、肝炎ウイルスに対する抗ウイルス療法など、慢性肝疾患の原因に対する治療以外に方法がありませんでしたが、本研究により新たな肝発がん予防法の開発に繋がる可能性があります。本研究に用いたペレチノインはこれまで肝細胞がんの発症を抑える効果が報告されている薬剤であり、p53の活性化した慢性肝疾患患者において初の「がん予防薬」になる可能性が期待できます。

研究者のコメント

<疋田 隼人助教のコメント>
今回の結果はまだまだ基礎研究レベルで、肝がんの発がん予防治療として臨床応用するためには今後いくつものハードルを越えていかないといけませんが、肝がん患者さんを1日でも早く1人でも多く減らすことができればと、今後も研究に励みたいと思っています。

用語説明

※1 がん抑制遺伝子
細胞のDNAに生じた傷を修復したり、細胞の増殖を停止させたり、細胞死を誘導したりする機能を有し、細胞のがん化を防ぐタンパク質を作り出す遺伝子。

※2 肝細胞
肝臓の細胞の70~80%を占める上皮細胞。

※3 細胞非自律的
ある遺伝子を欠損した細胞が、他の細胞に対して作用して表現型を引き起こすさま。

※4 肝前駆細胞
肝臓が障害されたときに出現し、肝細胞または胆管上皮細胞への二方向に分化して肝臓の再生を促す細胞で、肝細胞がんの起源細胞にもなり得ると考えられている。サイトケラチン(CK)AFPCD133などのタンパクを発現していることが特徴とされる。

※5 ペレチノイン
非環式構造を有する、ビタミンAの類縁化合物(レチノイド)の一種。

※6 Kras遺伝子
癌遺伝子の一種で、細胞の増殖を促すシグナルを伝えるKrasタンパクを作り出す遺伝子。

※7 p21遺伝子
p53の働きによって発現が誘導され、細胞周期を停止させる作用をもつ遺伝子。

※8 C型肝炎ウイルス
C型慢性肝炎を引き起こすウイルス。本邦における慢性肝疾患の最大の原因であり、他の病因に比べ肝細胞癌の発生率が高いことが知られている。

特記事項

本研究成果は、2022613日に米国科学誌「Cancer Research」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“Constitutive activation of the tumor suppressor p53 in hepatocytes paradoxically promotes non-cell autonomous liver carcinogenesis”

【著者名】

Yuki Makino1; Hayato Hikita1; Kenji Fukumoto1; Ji Hyun Sung1; Yoshihiro Sakano2; Kazuhiro Murai1; Sadatsugu Sakane1; Takahiro Kodama1; Ryotaro Sakamori1; Jumpei Kondo3; Shogo Kobayashi2; Tomohide Tatsumi1; Tetsuo Takehara1(*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
  3. 大阪大学 大学院医学系研究科 生体病態情報科学講座 分子生化学

【DOI番号】10.1158/0008-5472.CAN-21-4390

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(JP22fk0310512 and JP21fk0210064)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP19K17432JP21K08005JP21H02903)、大阪対がん協会研究助成の一環として行われました。