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  • 安水 良明、奥野 龍禎、望月 秀樹 ≪神経内科学≫、大倉 永也 ≪基礎腫瘍免疫学≫、新谷 康≪呼吸器外科学≫、森井 英一 ≪病態病理学≫ 胸腺腫と重症筋無力症がなぜ合併するのか ~1細胞・多サンプル統合オミクス解析により解明~

安水 良明、奥野 龍禎、望月 秀樹 ≪神経内科学≫、大倉 永也 ≪基礎腫瘍免疫学≫、新谷 康≪呼吸器外科学≫、森井 英一 ≪病態病理学≫ 胸腺腫と重症筋無力症がなぜ合併するのか ~1細胞・多サンプル統合オミクス解析により解明~

2022年7月22日
掲載誌 Nature Communications

図1. 胸腺腫合併重症筋無力症の発症メカニズム
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研究成果のポイント

  • 胸腺腫※1と重症筋無力症※2の合併率が高いことが知られていたが、なぜ合併するのかは長らく不明であった
  • 重症筋無力症の原因となる、神経筋関連因子を発現する新規細胞を同定し、重症筋無力症合併胸腺腫内で、この新規細胞が異常なB細胞とT細胞の活性化を引き起こすことを発見
  • 重症筋無力症の病態をターゲットとした新規治療開発に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の安水良明 大学院生(博士後期課程)、大倉永也 特任教授(常勤)(基礎腫瘍免疫学)、奥野龍禎 准教授、望月秀樹 教授 (神経内科学)、免疫学フロンティア研究センターの坂口志文 特任教授(常勤)(実験免疫学)、医学系研究科の新谷康 教授(呼吸器外科学)、森井英一 教授(病態病理学)らの研究グループは、胸腺腫と重症筋無力症が合併するメカニズムを明らかにしました。

胸腺腫は胸腺上皮細胞から発生する腫瘍です。一方、重症筋無力症は、神経筋関連たんぱく質に対する自己抗体が産生されることにより引き起こされる自己免疫疾患です。これまで、これら二つの疾患の合併率が高いことが知られていましたが、その胸腺のなかで何が起こっているのかは不明でした。

今回、研究グループは、重症筋無力症と胸腺腫が合併する原因となる、神経筋関連因子を発現する新規細胞、神経筋胸腺髄質上皮細胞(nmTEC: neuromuscular medullary thymic epithelial cells)を 同定しました。さらに、このnmTECが胸腺内に蓄積することにより、自己抗体を産生するような環境を作り出し、その結果、自己免疫疾患である重症筋無力症を引き起こしていることが分かりました。これは、通常はリンパ球を産生する組織である胸腺が、免疫反応を誘導するような組織として異常に機能していることを示唆しています。本研究で胸腺と重症筋無力症の関連を示したことにより、重症筋無力症の病態をターゲットとする新たな創薬が期待されます。

研究の背景

これまで、重症筋無力症患者の21%が胸腺腫を合併し、逆に胸腺腫患者の25%が重症筋無力症を合併することが知られていました。重症筋無力症患者において、胸腺過形成や胸腺腫といった胸腺の異常を伴うケースがあることも知られており、胸腺と重症筋無力症の関連が強く示唆されていたものの、その意義は長らく不明でした。

研究の内容

研究グループでは、116例の胸腺腫サンプルのRNA-seq※3データを再解析することで、重症筋無力症合併胸腺腫において、神経関連抗原が特異的に高発現していることを明らかにしました。次に、神経関連抗原の由来細胞を探索するため、胸腺腫を対象とするシングルセルRNA-seqを行いました。これにより、重症筋無力症合併胸腺腫の中に神経筋関連抗原を発現するnmTECを同定しました。nmTECは腫瘍細胞であると同時に、T細胞に抗原提示を行っていることが示唆されました。また、nmTECは正常胸腺に存在するmTEC※4と似た性質を持っている事がわかりました。正常胸腺の中でmTECは自己抗原をT細胞に提示し、自己反応性T細胞を除去するネガティブセレクションに関わる細胞として知られています。重症筋無力症合併胸腺腫内ではこのmTECが異常に神経筋関連抗原を発現し、高い抗原提示能を有しているnmTECとして存在していることがわかりました。加えて、胸腺腫内で胚中心※5を伴うB細胞の活性化および、濾胞性T細胞 (Tfh) ※6 の集積、制御性T細胞 (Treg) ※7 の活性化を認め、重症筋無力症患者の胸腺腫内で異常な免疫システムの活性化が起こっていることを明らかにしました。また、腫瘍内浸潤リンパ球には特異的にCXCR4が発現していることも見出しました。

次に、細胞間相互作用解析により、重症筋無力症型胸腺腫内での細胞間の関係性を解析すると、nmTECや腫瘍関連線維芽細胞 (TAF)が特異的にCXCR4のリガンドであるCXCL12を発現しており、このリガンドレセプターの相互作用により腫瘍内にニッチを形成していることが示唆されました。また、nmTECVEGFAなどの血管新生誘導因子も発現しており、実際組織学的にもnmTECの周囲には血管内皮細胞が多いことも明らかとなりました。

デコンボリューションと呼ばれる、シングルセルRNA-seqのデータを用いてバルクRNA-seqを構成している細胞比率を推定する手法を用いて、TCGA116例の胸腺腫を解析すると、重症筋無力症合併例において有意にnmTECや胚中心B細胞、さらにTh2レスポンスに関わるcDC2が増加していました。重症筋無力症を対象とするゲノムワイド関連解析※8のシグナルをシングルセルデータに統合することで、重症筋無力症の感受性はCD4T細胞、特にTregB細胞に集積することがわかりました。更に、これらの検証として大阪大学医学部附属病院呼吸器外科で手術を受けた63例の胸腺腫検体の組織学的評価を行うと、重症筋無力症を引き起こすアセチルコリン抗体価はGABRA5陽性細胞数や胚中心の有無に相関することがわかりました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、重症筋無力症合併胸腺腫の中では、mTECから分化した異常なnmTECが神経筋関連抗原や抗原提示分子を発現していることを明らかにしました。さらに、nmTECは細胞間相互作用のために異常な胚中心形成およびT細胞の活性化、cDC2の動員を引き起こすこと、血管新生誘導をおこなうことにより、特殊なニッチを胸腺腫内に誘導することが示唆されました。更に、遺伝要因としてはTregB細胞が感受性を有していることがわかりました。これは、胸腺腫合併重症筋無力症の中心病態であると考えられます。今後、中心病態をターゲットとする新しい治療法の確立などが期待されます。

研究者のコメント

<安水 良明 大学院生のコメント>
胸腺はT細胞の教育を行う不思議な臓器です。本研究では胸腺の複雑な免疫機構の異常がどのように重症筋無力症につながるのかという疑問に答えることができました。今回の発見を通じて、将来的に同疾患に苦しまれる患者様に少しでも貢献できればと思います。

用語説明

※1 胸腺腫
胸腺腫は胸腺上皮細胞から発生する腫瘍。日本では10万人あたり0.5人程度が罹患する。胸腺腫患者の25%が重症筋無力症を合併する。

※2 重症筋無力症
神経筋関連たんぱく質に対する自己抗体が産生されることにより引き起こされる自己免疫疾患。全身の筋力低下を引き起こし、重症化すると呼吸筋麻痺による呼吸困難をきたすこともある。日本では10万人あたり23人が罹患する。重症筋無力症患者の21%が胸腺腫を合併する。

※3  RNA-seq
RNAをシークエンスすることで、遺伝子発現を網羅的に定量する手法。通常は多細胞を対象にするバルクRNA-seqを指すが、近年は1細胞ごとのRNA-seqを行うシングルセルRNA-seqも技術として確立してきた。

※4 mTEC(胸腺髄質上皮細胞: medullary thymic epithelial cells)
胸腺は上皮細胞が網目構造を取っており、この上皮細胞の間を通りながら前駆細胞がT細胞へと分化していく。この過程の中で、胸腺髄質上皮細胞は、自己抗原を提示し、自己反応性T細胞を除去する役割を担っている。

※5 胚中心
免疫応答の場として形成される微小構造で、T細胞や樹状細胞を介したB細胞の成熟が起きる。

※6 濾胞性T細胞(Tfh)
ヘルパーT細胞の一種で、 胚中心に存在し、B細胞の抗体産生やクラススイッチを誘導する。

※7 制御性T細胞
免疫応答を抑制し、自己免疫寛容の維持や過度の免疫応答による組織障害を防ぐ。

※8 ゲノムワイド関連解析
全ゲノム上で疾患・形質と関連する座位を網羅的に同定する手法。

特記事項

本研究成果は2022年7月22日に、国際科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

【タイトル】

“Myasthenia gravis-specific aberrant neuromuscular gene expression by medullary thymic epithelial cells in thymoma”

【著者名】

Yoshiaki Yasumizu1,2,3, Naganari Ohkura2,4*, Hisashi Murata1, Makoto Kinoshita1, Soichiro Funaki5, Satoshi Nojima6, Kansuke Kido6, Masaharu Kohara6, Daisuke Motooka3,7, Daisuke Okuzaki3,7, Shuji Suganami7, Eriko Takeuchi1, Yamami Nakamura2, Yusuke Takeshima2, Masaya Arai2, Satoru Tada1, Meinoshin Okumura8, Eiichi Morii6, Yasushi Shintani5, Shimon Sakaguchi2, Tatsusada Okuno1*, Hideki Mochizuki1,3 (*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学
  2. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 実験免疫学
  3. 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
  4. 大阪大学 大学院医学系研究科 基礎腫瘍免疫学
  5. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器外科学
  6. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
  7. 大阪大学 微生物病研究所遺伝情報実験センターゲノム解析室
  8. 国立病院機構大阪刀根山医療センター 呼吸器外科

【DOI番号】10.1038/s41467-022-31951-8

本研究は、日本学術振興会の特別推進研究「制御性 T 細胞による免疫応答制御の包括的研究」ならびに国立医療研究開発機構(AMED)の Leading Advanced Projects for medical innovation「制御性 T 細胞を標的とした免疫応答制御技術に関する研究開発」の一環として行われました。

 

本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。