2022年

戸上 由貴、松本 寿健、小倉 裕司 ≪救急医学≫ COVID-19重症化に関連するシグナルを同定 ~重症患者の早期層別化に期待~

2022年7月13日
掲載誌 Molecular Therapy Nucleic Acids


図. 本研究のまとめ
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研究成果のポイント

  • 重症新型コロナウイルス感染症患者1の全血メッセンジャーRNAmRNA2・マイクロRNA3を網羅的に解析
  • mRNAとマイクロRNAの統合解析の結果、健常者と比較して、重症COVID-19患者ではインターフェロン4シグナル伝達経路が活性化されていた
  • 新型コロナウイルス感染症重症化の病態解明、さらには、重症化を早期の段階で同定できるようになる可能性が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科 大学院生の戸上由貴さん(医学部附属病院 医員)、松本寿健特任助教(常勤)、小倉裕司准教授(救急医学)らは、重症新型コロナウイルス感染症肺炎患者の全血中にあるmRNAおよびマイクロRNAを測定・統合解析し、健常者と比べてインターフェロンシグナルが活性化していることを明らかにしました。

これまで、重症新型コロナウイルス感染症患者の全血中で、mRNA・マイクロRNAがどのような変化を起こしているのかは解明されていませんでした。

今回、研究グループは、新型コロナウイルス感染症に罹患して重症化した患者の血液と健常者の血液を比較することで、マイクロRNAmRNAを抑制する作用を通してインターフェロンシグナルが活性化していることを明らかにしました。また、中等症患者と重症患者の血漿中のインターフェロンタンパク質を比較することにより、新型コロナウイルス感染症の重症化においてIFN-β、IL-27IFN-λ1が重要な役割を担っていることを明らかにしました(図)。これにより、新型コロナウイルス感染症の重症化の病態解明が期待されます。

研究の背景

トランスクリプトーム解析※5 の発展により、RNAの約98%がタンパク質に翻訳されないノンコーディングRNAであることはよく知られるようになりました。その中でも、特に短いマイクロRNAは、RNA干渉作用を持っており、がんなどの慢性疾患や敗血症などの急性期疾患の病態にも関与していることがわかってきました。

新型コロナウイルス感染症において、マイクロRNAmRNAを制御する働きによりどのように病態に関与しているかはまだわかっていません。

本研究の成果

研究グループは、大阪大学医学部附属病院に入院となった重症新型コロナウイルス感染症患者の入院時の全血中からRNAを抽出し、mRNAおよびマイクロRNAを解析しました。今までにわかっているmRNAとそれを抑制するマイクロRNA組み合わせから、インターフェロンにかかわるmRNAやマイクロRNAが変化しており、インターフェロンシグナル伝達経路が活性化されていることがわかりました。また、2種類のマイクロRNA(miR-5196-3p、miR-143-3p)の変化が新型コロナウイルス感染症の死亡と関連していることもわかりました

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、新型コロナウイルス感染症が重症化する人としない人の違いがわかる可能性があります。また、この結果を応用して、新型コロナウイルス感染症の重症化しやすい人や死亡リスクの高い人が早期の段階でわかるようになる可能性があります。

研究者のコメント

<戸上 由貴大学院生のコメント>

新型コロナウイルス感染症はまだわかっていないことが多く、ときに致死的となるため病態の解明は非常に重要です。この研究が新型コロナウイルス感染症の病態解明の1ピースとなれれば幸いです。

最前線で治療にあたっている医療スタッフ、検体採取にご協力していただいた方々、また本研究のため快くご協力してくださった健常人ボランティアの方々、ご指導して頂いた先生方の多大なご協力に深く感謝いたします。本研究は皆様のおかげで完成することができました。

用語説明

※1 重症新型コロナウイルス感染症患者
この研究では、新型コロナウイルス感染症に感染し、人工呼吸器を用いて管理を行った患者を重症と定義しました。

※2 メッセンジャーRNA(mRNA)
タンパク質に翻訳されるRNA。DNAから転写されて作られます。全体のRNAの中の約2%でごく一部です

※3 マイクロRNA
タンパク質へ翻訳されないRNA(ノンコーディングRNA)の一種。20から25塩基長の微小RNAで、mRNAからタンパク質への翻訳過程を制御しています。

※4 インターフェロン
生体内でウイルスなどの病原体や腫瘍細胞など異物の侵入に反応して細胞が分泌する蛋白質。ウイルス増殖の阻止や細胞増殖の抑制、免疫系および炎症の調節などの働きをするサイトカインの一種。Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型に分類されます。抗ウイルス薬や抗がん剤として治療目的でも用いられています

※5 トランスクリプトーム解析
DNAから転写(トランスクリプト)されたメッセンジャーRNAやマイクロRNAなどの転写物全体を解析すること。生体細胞内における遺伝子の発現状況を網羅的に把握することが目的です

特記事項

本研究成果は、2022 年 7 月 13 日 水 に 米国科学誌「 Molecular Therapy Nucleic Acids 」(オンライン) に掲載されました。

【タイトル】
“Clinical Significance of Interferon Signaling Based on mRNA-microRNA Integration and Plasma Protein Analyses in Critically Ill COVID-19 Patients”

【著者名】
Yuki Togami1, Hisatake Matsumoto1*, Jumpei Yoshimura1, Tsunehiro Matsubara1, Takeshi Ebihara1, Hiroshi Matsuura1,2, Yumi Mitsuyama1,3, Takashi Kojima4, Masakazu Ishikawa5, Fuminori Sugihara6, Haruhiko Hirata7, Daisuke Okuzaki5,8, Hiroshi Ogura1*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 救急医学
  2. 大阪府立中河内救命救急センター
  3. 大阪急性期・総合医療センター 高度救命救急センター
  4. 大阪大学医学部附属病院 臨床検査部
  5. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)
  6. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 中央実験室
  7. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  8. 大阪大学微生物病研究所附属 遺伝子情報実験センター

【DOI番号】10.1016/j.omtn.2022.07.005

本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。本研究にご協力いただいた皆様に深く感謝いたします。