2022年

  • トップ
  • >
  • 研究活動
  • >
  • 主要研究成果
  • >
  • 2022年
  • >
  • 岡 樹史、貝森 淳哉、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学、腎疾患臓器連関制御学≫  慢性腎臓病患者の透析・腎移植の回避にアルドステロン拮抗薬が関連 ~歴史ある利尿薬に脚光~

岡 樹史、貝森 淳哉、猪阪 善隆 ≪腎臓内科学、腎疾患臓器連関制御学≫  慢性腎臓病患者の透析・腎移植の回避にアルドステロン拮抗薬が関連 ~歴史ある利尿薬に脚光~

2022年1月14日
掲載誌 Hypertension

図1. 本研究のデザイン
クリックで拡大表示します

研究成果のポイント

  • 慢性腎臓病(CKD)患者において、アルドステロン拮抗薬の投与が、透析や腎移植を必要とする末期腎不全への進展の回避に強く関連することを明らかにした
  • 動物実験ではアルドステロン拮抗薬の投与は腎臓に保護的な作用があることが知られていたが、今回の実臨床データの解析から糖尿病、非糖尿病、高度腎不全など多様なCKD集団において腎不全進行を抑制できる可能性を示唆
  • 歴史の長い利尿薬であるアルドステロン拮抗薬のもつ長期的な腎保護作用がCKDにおいて見直され、多様なCKD患者へより積極的に投与されるようになることが期待される

概要

大阪大学医学部附属病院の岡 樹史 医員、大学院医学系研究科の猪阪 善隆 教授(腎臓内科学)、貝森 淳哉 寄附講座准教授(腎疾患臓器連関制御学)らの研究グループは、慢性腎臓病(CKD)患者に対するアルドステロン拮抗薬の使用が、末期腎不全への進展の回避と強く関連することを明らかにしました。

これまで動物実験では、アルドステロン拮抗薬が腎臓に保護的に作用することが示されていました。しかし、同薬の使用がCKDの進行を抑制し、腎代替療法(透析・腎移植)の回避につながるのかについて実臨床でのエビデンスはありませんでした。

今回、本研究グループは、約3200人のCKD患者の診療録データを解析し(図1)、アルドステロン拮抗薬の投与が将来の腎代替療法導入の低リスクと関連し、さらにこの関連が、糖尿病、非糖尿病、重度の腎不全など多様な患者層で当てはまることを初めて明らかにしました。今後、歴史の長い利尿薬であるアルドステロン拮抗薬が、新たなCKD治療薬として脚光を浴びることが期待されます。

研究の背景

透析療法を必要とするCKD患者は年々増加しており、腎不全の進行を抑制するための新規治療法の開発は喫緊の課題です。アルドステロン拮抗薬は、長きにわたりCKD患者の浮腫や尿蛋白の軽減目的に頻用されてきました。動物実験では同薬の腎保護作用が示されていますが、CKDの重要な転帰である腎不全の進行や腎代替療法導入のリスクとの関連については実臨床でのエビデンスはありませんでした。そのこともあって、進行した腎不全では高カリウム血症などの副作用への懸念から、同薬の投与は早期に中止される傾向にありました。

最近、海外でのランダム化比較試験(RCT)によって、新世代アルドステロン拮抗薬であるフィネレノン(国内未承認)が、腎代替療法導入リスクを低下させることが示されました。しかしながらRCTには、試験参加のために厳格な参加基準が患者に設けられており、その基準に当てはまるごく一部の患者層にしか得られた知見を適用できない、という欠点があります。実際、本試験においてフィネレノンの腎代替療法の回避効果が示されたのは、CKD患者のうち「ACE阻害薬※1またはARB※2がもともと投与されており、かつeGFR※325mL//1.73m2以上に維持されている糖尿病の患者」に限定されます。また、国内で処方できるアルドステロン拮抗薬に関するデータでは無いことにも注意が必要です。

一方、実臨床で得られる診療録データをもとにした観察研究では、より幅広い患者層で投薬と予後との関連を検討することが可能ですが、残念ながらアルドステロン拮抗薬と腎予後について、観察研究から得られた知見はこれまで皆無でした。

アルドステロン拮抗薬の使用と予後の関係を解析するにあたり、腎機能の変化とともに服薬状況がしばしば変化(処方の開始、中止、再開)することに留意しなければなりません。つまり薬剤の使用とアウトカムとの関係に対して腎機能が時間依存性交絡※4を生じるため、質の高い検討を行うには以下に示す周辺構造モデル※5による解析が必要です。

研究の内容

本研究グループでは、大阪大学医学部附属病院腎臓内科に通院した約3200名のCKD患者を対象にコホート研究を行い、アルドステロン拮抗薬の投与と将来の腎代替療法導入リスクとの関連を検討しました。本研究では、国内で使用可能なスピロノラクトン、エプレレノン、カンレノ酸カリウムを調査対象としました。統計解析として周辺構造モデルを用いることにより、時間依存性交絡の問題に対処しました(図2)。

図2. 周辺構造モデル
クリックで拡大表示します

結果、これらのアルドステロン拮抗薬の投与が、腎代替療法導入の低リスクと関連することを初めて明らかにしました(ハザード比: 0.72, 95%信頼区間: 0.53-0.98)。さらにこの関連は、糖尿病患者のみならず、糖尿病を有しない患者やeGFR10-30 mL//1.73m2と既に腎不全が重度に進行した患者を含め、多様な患者層に当てはまることを示しました。特に後者の知見は、限定的な症例のみをエントリーさせた従来のRCTには含まれない集団であり、本剤が幅広い背景因子を持つ症例に効果があることを示唆する点で特筆に値します。尚、高カリウム血症の発症リスクについては、アルドステロン拮抗薬投与にてやや高かったものの統計学的に有意な差ではなく(ハザード比: 1.14, 95%信頼区間: 0.88-1.48)、同薬は安全に投与継続可能であることが示唆されました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果を受けて、歴史の長い利尿薬であるアルドステロン拮抗薬が、末期腎不全を回避するための新たなCKD治療戦略の一手として脚光を浴びることが期待されます。今後、糖尿病患者や非糖尿病患者、重度の腎不全患者まで含んだ多様なCKD患者に対してRCTが行われ、アルドステロン拮抗薬の投与による腎代替療法の回避効果について検証されることが望まれます。

研究者のコメント

<岡 樹史 医員>
アルドステロン拮抗薬は多くの医師にとって使い慣れた利尿薬ですが、腎不全が進行してくると高カリウム血症への懸念から早期に中止される傾向にありました。実臨床データに基づく本研究結果からは、こまめな採血フォローアップや食事指導、カリウム降下薬の調整等により、同薬は安全に継続可能であることが示唆されます。これまでは積極的な処方対象では無かった糖尿病非合併例や高度腎不全例に対しても腎予後への有用性が示唆された意義は大きく、今後のCKD診療に新たな灯をともす可能性があります。

用語説明

※1 ACE阻害薬
アンギオテンシン変換酵素阻害薬。糖尿病性腎臓病や蛋白尿を有するCKDの標準治療として用いられる。

※2 ARB
アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬。ACE阻害薬同様、糖尿病性腎臓病や蛋白尿を有するCKDの標準治療として用いられるが、特に本邦で多用されている。

※3 eGFR
推算糸球体濾過量(mL//1.73m2)。腎機能の指標の一つであり、CKDの診断や重症度分類に用いられる。90以上が正常値であり、腎不全の進行とともに値が低下する。

※4 時間依存性交絡
ある治療(暴露因子、ここではアルドステロン拮抗薬)がなされることで患者の状態(eGFR等)が変化し、その結果、その治療方針自体が変更される、というサイクルが時間経過とともに繰り返し起こる。このeGFR等が、暴露因子とアウトカム(腎代替療法)の間に存在する時間依存性交絡因子である。時間依存性交絡の存在下では、通常の回帰モデルでは効果推定にバイアスが生じる。

※5 周辺構造モデル
時間依存性交絡の対処法の一つ。もとの集団に重み付けを行い、交絡の取り除かれた仮想の集団を作り出す。この仮想集団にアウトカムモデルを当てはめることで真の効果推定を行う

特記事項

本研究成果は、2022114日に米国科学誌「Hypertension」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“Mineralocorticoid Receptor Antagonist Use and Hard Renal Outcomes in Real-World Patients With Chronic Kidney Disease”

【著者名】

岡 樹史 1, 坂口悠介 2, 服部洸輝 1, 朝比奈悠太 2, 梶本幸男 1, 土井洋平 1,貝森淳哉 2*,  猪阪善隆 1*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 腎疾患臓器連関制御学

【DOI番号】10.1161/HYPERTENSIONAHA.121.18360