前澤 貴、吉田 健史 ≪麻酔・集中治療医学≫ \見えない肺傷害を可視化する新技術/
ARDSの“隠れたリスク”を発見するLung stress mapping
~ 画一的人工呼吸から個別化人工呼吸管理へ ~
2026年1月23日
掲載誌 American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine
図1:CT画像と人工呼吸器からの値をLung stress mappingのアプリに読み込ませることで、肺の中の見えないストレス(肺傷害リスク)分布を可視化、定量化が可能になります。クリックで拡大表示します
研究成果のポイント
- 急性呼吸促迫症候群(ARDS)※1患者の肺の中で傷害リスクの高い場所を可視化する新技術「Lung stress mapping」を開発。
- 従来の人工呼吸管理は肺全体の平均値に基づいていたが、Lung stress mappingにより肺の中の不均一性の評価が初めて可能に。
- 人工呼吸管理を肺全体の平均値に基づく画一的な医療から、肺ストレス分布に基づく個別化人工呼吸管理(precision ventilation)へと転換する基盤技術となる可能性に期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科 麻酔・集中治療医学の前澤貴さん(博士後期課程)、吉田健史教授らの研究グループは、食道バルーン※2で得られる生理学的情報とCT画像※3を融合し、肺内部のストレス分布を三次元的に可視化する新技術「Lung stress mapping」を世界で初めて確立しました(図1)。
これまでARDS患者の人工呼吸管理では、肺全体の平均値に基づいた指標(例:気道内圧を制限する、一回換気量を制限する)が中心でした。しかし実際の肺傷害は均一ではなく、局所的な過剰ストレスが肺傷害の進行に関与すると考えられています。これにより、肺傷害の進行を防ぎきれず、急性呼吸促迫症候群(ARDS)の患者の死亡率は依然として約40%という高い水準にとどまっています。
本研究では、ブタおよびウサギの動物実験によりLung stress mappingの生理学的妥当性を検証し、さらに臨床研究により、従来の指標を遥かに上回る患者予後予測精度があることを証明しました。この成果により、人工呼吸管理を「平均値に基づく管理」から「肺ストレスに基づく個別化管理」へと転換する可能性が明らかになりました。
Lung stress mappingは今後、患者ごとの肺の状態に応じた安全な人工呼吸設定を行う新しい臨床アプローチの実現を可能にする技術です。個別化人工呼吸管理(precision ventilation)を支援し、人工呼吸器関連肺傷害※4を減少させることが期待されています。
本成果は、米国科学誌「American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine」に2026年1月23日に掲載されました。
研究の背景
急性呼吸促迫症候群(ARDS)は重症呼吸不全の代表的な疾患であり、人工呼吸管理が不可欠です。低一回換気量などの標準化された人工呼吸管理戦略の導入により、ICU医療の安全性は大きく向上しました。しかしその一方で、ARDSの死亡率は過去20年以上大きく低下しておらず、依然として約40%と高い水準にあります。
その背景には、現在の人工呼吸管理は肺全体の平均的な指標に基づいており(気道内圧や一回換気量を制限する)、肺傷害の進行を規定する因子である肺ストレスに基づいた管理ができていないことが挙げられます。安全と言われている気道内圧・換気量設定であっても、実際には、肺の中では過剰なストレスが不均一に分布し、肺傷害が潜在的に進行する可能性があります。
この課題を解決するため、本研究では、肺傷害リスクである肺内部のストレス分布を可視化する新しい解析技術「Lung stress mapping」を開発しました。
図2:ARDS生存者(A)と非生存者(B)の胸部CT及びLung stress mapping。両者ともに、ARDSガイドラインで推奨されている気道内圧制限・換気量制限で人工呼吸管理を行っているが、肺傷害リスクである肺内部のストレス分布が大きく異なることが分かった。安全と言われている気道内圧・換気量設定であっても、実際には、(B)のように肺の中では過剰なストレスが不均一に分布し、肺傷害が潜在的に進行する可能性がある。クリックで拡大表示します
本研究の内容
研究グループでは、食道バルーンで得られる肺生理学データとCT画像を統合し、肺の各領域にかかるストレスを可視化・定量化する新しい技術を開発しました(図1)。
- ブタモデルにおいて、Lung stress mappingと実測ストレスとの高い一致性を確認
- ウサギモデルにおいて、高ストレス領域で炎症性サイトカインの発現増加を確認
- 臨床研究(図2)において、従来指標よりも予後と関連する可能性を示唆
これにより、これまで見えなかった肺傷害リスクの空間分布を可視化し、人工呼吸管理を「平均値に基づく管理」から「肺ストレスに基づく個別化管理」へと転換する可能性が示されました。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
Lung stress mappingは、肺傷害リスクそのものである「肺ストレス」を可視化し、それを指標として人工呼吸設定を最適化する新しい臨床アプローチを可能にする技術です。患者ごとの肺の状態に応じた個別化人工呼吸管理(precision ventilation)を支援し、人工呼吸器関連肺傷害の低減につながることが期待されます。
現在、本研究グループではLung stress mappingから得られるパラメータの安全閾値(safe threshold)を明らかにする全国多施設臨床研究を進めており、過剰な肺ストレスを生じさせない人工呼吸管理の指標確立を目指しています。将来的には、この安全閾値に基づき人工呼吸設定を調整する新しい換気戦略の構築につながることが期待されます。
今後、人工呼吸管理を肺全体の平均値に基づく画一的な医療から、局所ストレス分布に基づく個別化医療(precision ventilation)へと転換する基盤技術となる可能性があります。
研究者のコメント
<吉田 健史 教授のコメント>
人工呼吸管理は長年、気道内圧・一回換気量のような「平均値」に基づいて行われてきましたが、実際の肺傷害は非常に不均一です。本研究では、肺生理学とCT画像解析を融合することで肺の中の見えないストレス(肺傷害リスク)分布を可視化しました。将来的には、可視化された肺ストレスを指標として人工呼吸管理を最適化することで、「肺傷害ゼロ」を目指す新しい集中治療の実現が期待されます。
用語説明
※1 急性呼吸促迫症候群(ARDS)
肺に強い炎症が起こり、血液に十分な酸素を取り込めなくなる重症の呼吸不全。人工呼吸管理が必要となることが多く、死亡率が高いことで知られています。
※2 食道バルーン
食道内に小さな風船状のセンサーを入れて胸の中の圧力を測定し、肺にかかる力(肺ストレス)を推定する医療機器。
※3 CT画像
X線を用いて体の内部を断面の画像として詳しく観察できる検査方法。
※4 人工呼吸器関連肺傷害
人工呼吸によって肺に過度な負担がかかることで生じる肺の炎症や傷害。
特記事項
本研究成果は、米国科学誌「American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine」に2026年1月23日に掲載されました。
【タイトル】
“Lung stress mapping: An innovative technology to visualize the hidden risk of ventilator-induced lung injury”
【著者名】
Takashi Maezawa, Taiki Hoshino, Andi Muhammad Fadlillah Firstiogusran, Kriti Shrestha, Ryota Nukiwa, Haruka Hashimoto, Hirofumi Iwata, Hiroki Taenaka, Yukiko Koyama, Tomomi Yamada, P Kota Aoyagi, Masahiro Yanagawa, Noriyuki Tomiyama, Yuji Fujino and Takeshi Yoshida
DOI:https://doi.org/10.1093/ajrccm/aamaf146
なお、本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 創発的研究推進事業(FOREST)(研究者:吉田健史)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(スプリング)(研究者:前澤貴、星野太希)の一環として行われました。
日本麻酔科学会第72回学術集会 最優秀演題賞 受賞
第46回日本呼吸療法医学会学術集会 最優秀演題賞 受賞
The 3rd Joint Scientific Congress of TSCCM, TSECCM and JSICM Best Abstract Award 受賞
【参考URL】
大阪大学大学院医学系研究科 吉田 健史 教授
研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/267278c53243cd59.html
