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堀谷 恵美、 喜多 俊文≪肥満脂肪病態学≫、下村 伊一郎 ≪内分泌・代謝内科学≫ がん免疫療法に付随する糖尿病の治療法を発見 ~間葉系幹細胞治療を応用する新技術~

2022年5月5日
掲載誌 Diabetologia


図. 間葉系幹細胞の投与により免疫チェックポイント阻害薬で誘発される1型糖尿病の発症が抑制される
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研究成果のポイント

  • ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞1が産生するエクソソーム2等の液性因子を介して、免疫チェックポイント阻害薬3により誘発される1型糖尿病4の発症を抑制することを発見
  • これまでがんの免疫療法に付随する1型糖尿病を含む自己免疫疾患に対する有効な補助療法は解明されていなかった
  • 免疫チェックポイント阻害薬の副作用として発症した1型糖尿病の治療をはじめ、間葉系幹細胞を用いた様々な治療への応用が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の堀谷恵美さん(博士課程)、喜多俊文寄附講座講師(肥満脂肪病態学)、下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科学)らの研究グループは、ロート製薬株式会社との共同研究によって、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞が産生するエクソソーム等の液性因子を介して、免疫チェックポイント阻害薬によって誘発される1型糖尿病の発症を抑制することを発見しました。

免疫チェックポイント阻害薬は幅広いがん種に対して適応拡大されていますが、自己免疫性の副作用を来すことが知られています。なかでも1型糖尿病は、インスリン産生細胞を完全に失うと、血糖コントロールは極めて不良となり、合併症の進行、患者のQOL、予後が著しく損なわれます。しかしながら、現在まで有効な予防・治療法は確立されていませんでした。

研究グループはこれまでに、間葉系幹細胞が産生するエクソソームの働きによって、心不全モデルの心機能を改善すること、脂肪細胞が産生するアディポネクチンがエクソソーム産生を制御することを明らかにしています。

今回、研究グループは、通常は糖尿病を発症しないが、免疫チェックポイント分子であるPD-1/PD-L1の結合を阻害することで高率に糖尿病を発症するマウスモデルを用いて、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞の投与が有効であることを解明しました。免疫チェックポイント阻害薬は糖尿病以外にも肝炎・大腸炎・間質性肺炎等の重篤な免疫関連有害事象が知られています。本治療法は、免疫チェックポイント阻害によって誘発される1型糖尿病に限らず、広範な免疫関連有害事象に対処する有効な治療法となることが期待されます。

研究の背景

間葉系幹細胞治療は移植片対宿主病、重症心不全、1型糖尿病など多様な疾患に対する臨床応用が期待されています。研究グループは、心不全モデルマウスにおいて、間葉系幹細胞の投与が心不全を改善することおよび、脂肪細胞が産生するアディポネクチンによって、間葉系幹細胞が産生するエクソソームを増加させることで、その治療効果も促進されることを明らかにしました(中村ら、Mol Ther2020)。そこで今回、免疫チェックポイント阻害薬によって引き起こされる1型糖尿病に対する間葉系幹細胞の投与効果について研究しました。

研究の内容

研究グループは、通常は糖尿病を発症しない雄性NODマウスのPD-1/PD-L1の結合を阻害することにより高率に糖尿病を発症するモデルを用いて、間葉系幹細胞の投与効果を解析しました。モデルマウスでは、免疫チェックポイント阻害薬により、膵臓インスリン産生細胞間隙への免疫細胞浸潤を認め、なかでも膵臓インスリン産生細胞を破壊するような細胞傷害性のマクロファージの増加が顕著でした。このマウスにヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を投与したところ、免疫細胞の浸潤が抑制され、糖尿病の発症が抑えられることが明らかになりました。さらに、間葉系幹細胞投与後のマウスの血液において、間葉系幹細胞由来のエクソソームの著明な増加を認め、エクソソーム等の液性因子が糖尿病発症抑制に関与している可能性が考えられました。また、細胞傷害性マクロファージなどの免疫細胞の浸潤は、免疫チェックポイント阻害薬投与後のヒトの膵島においても認められました。以上のことから、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞が産生するエクソソーム等の液性因子を介して、免疫チェックポイント阻害によって誘発される1型糖尿病の発症を抑制することを解明しました。

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、免疫チェックポイント阻害薬による1型糖尿病の発症が予測される患者に対して、間葉系幹細胞を投与することで、糖尿病発症を抑制できることが期待されます。また、様々な疾患に対する間葉系幹細胞投与療法の応用が期待されます。

研究者のコメント

<喜多俊文 寄附講座講師>

免疫チェックポイント阻害薬により誘発される1型糖尿病は、致命的となり得るにも関わらず、これまで根治的な治療法がありませんでした。今回の発見により、抗がん剤治療の副作用である1型糖尿病で苦しむ方が少しでも少なくなることを祈っております。また、今後この間葉系幹細胞投与治療がさらに多くの疾患に応用されることを期待します。

用語説明

※1 間葉系幹細胞
骨髄や脂肪組織をはじめ、全身のあらゆる組織に存在する体性幹細胞。脂肪細胞や軟骨細胞などに分化する多分化能を有しており、組織の修復や恒常性の維持に寄与していると想定されています。脂肪組織等から容易に分離培養可能で、非自己の間葉系幹細胞でも免疫原性が低く、投与することで、免疫調節機構や組織再生・修復機構が促進されるとされ、様々な疾患を対象として900以上の臨床試験が、進められています。

※2 エクソソーム
細胞内から産生分泌される直径100nm前後の微粒子であり、セラミドなどの細胞の余剰物質を細胞外に排出する機能と共に、様々な生理活性核酸やタンパク質を内包し、細胞間の情報伝達に機能することが知られています。エクソソームの血中濃度はアディポネクチンによって強く制御されること、アディポネクチンの骨格筋再生促進機能にも深く関係することを、同研究グループが発見しています。

※3 免疫チェックポイント阻害薬
抗がん剤の1種であり、免疫細胞とがん細胞の結合を阻害することで、免疫細胞の活性化を維持し、抗がん作用を発揮するものです。副作用の1つとして約0.5%の割合で1型糖尿病を発症し、時に致命的となることが知られています。

※4 1型糖尿病
主に自己免疫反応により膵臓のインスリン産生細胞が破壊され、インスリンが産生できなくなることで引き起こされる糖尿病。

特記事項

本研究成果は、2022年5月5日(木)に英国科学雑誌「Diabetologia」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“Human adipose-derived mesenchymal stem cells prevent type 1 diabetes induced by immune checkpoint blockade”

【著者名】

Emi Kawada-Horitani1, Shunbun Kita*1,2, Tomonori Okita1, Yuto Nakamura1, Hiroyuki Nishida3, Yoichi Honma3, Shiro Fukuda1, Yuri Tsugawa-Shimizu1, Junji Kozawa1, Takaaki Sakaue1, Yusuke Kawachi1, Yuya Fujishima1, Hitoshi Nishizawa1, Miyuki Azuma4, Norikazu Maeda1,5, and Iichiro Shimomura1 (*Corresponding Author)

【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 肥満脂肪病態学
  3. ロート製薬株式会社
  4. 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科・分子免疫学
  5. 大阪大学 大学院医学系研究科 代謝血管学

【DOI番号】10.1007/s00125-022-05708-3

本研究は、JST基盤研究、AMED橋渡し研究、上原記念生命科学財団助成研究、大阪大学IBグラント助成研究の一環として、ロート製薬株式会社との共同研究によって行われました。